医療・福祉マネジメント研究科では、1年次後期の基礎演習からケースメソッド演習を開講しています。実践研究コースの院生はケースメソッド演習出席を必須とし、特別研究コースの院生も自由に参加できます。

ケースメソッドの定義・目的・条件

ケースメソッドは、高木晴夫氏によれば、「訓練主題の含まれるケース教材を用いてディスカッションを行う体系的な教育行動」と定義されています

訓練主題が埋め込まれたケース教材を用い、ディスカッションリードを受けながら受講生がその背景にある顕在的・潜在的な要因を討論し、解決策を相互に模索し、自らの問題分析力・意思決定力を向上させることを目的としています。

意思決定の本質は「よりよい方法の選択」であり、多くの選択肢を準備し、何を解決するのか、その価値判断やプロセスを言語化したり、問題の背景や要因などを多面的に分析することです。

ケースメソッド演習の条件は、次の4点を満たしているものです。

  1. ケース教材が用いられる
  2. 3つの学習ステップからなるディスカッション
  3. ディスカッションリーダーによる学びの舵取り
  4. 参加者は協働的な討論態度を貫く

※)出典 高木晴夫・竹内伸一「ケースメソッド教育ハンドブック」慶應義塾大学ビジネススクール

ケースメソッド演習とは?

ケースメソッド演習とは、多様な実践事例をもとに、教育課題を盛り込んで作成したケース教材を用い、多様な背景を持つ院生が参加し討論をする演習です。その中で院生は、ケース教材の中から解決すべき問題を見い出し、問題解決のために問題を分析した自らの意見を述べるとともに、多職種の意見を聞き、まとめあげる経験を通じ、互いの専門性や共同作業によるシナジー(相乗)効果を体験的に学べる演習です。

これによって、発言力、他者の発言を引き出す能力、論点を整理し討論をまとめる能力などとともに、多様な問題分析の視点や解決策の模索に向けた共同作業の方法を身につけることを目指すものです。

ケース教材とは?

ケース教材とは、討論の題材となるように仕立てられたもので、次の条件を満たしているものです。

  1. 事実の記述のみで、分析、考察、結論は書かれていない
  2. 教育主題が埋め込まれている
  3. 意思決定課題が入っている
  4. 読み手が登場人物の立場に立って考えられる
  5. 議論を醸し出す内容である

ケースメソッド演習の進め方

ケースメソッド演習では、ディスカッションを、(1)事前学習(個人学習)、(2)グループ討議、(3)クラス討議の3段階で進め、討論後に(4)振り返りをします。ただし、状況によってはグループ討議またはクラス討議のみの場合もあります。

クラス討議では、討論をリードする人としてディスカッションリーダーを置きます。ディスカッションリーダーは、参加者の主体性を引き出しながら、教育主題の着地点か少なくとも付近まで参加者を連れていくよう、意図的かつ計画的に討論をリードします。

ケースメソッド教材の例

使用しているケース教材のタイトルならびに概要を紹介します。

No.1 介護サービス事業における職員教育

大規模社会福祉法人で、独立した研修組織を立ち上げるものの、職員が現実には研修に参加できず、研修効果が出ない事例。福祉事業において、教育の重要性については万人が一致するものの、現実に教育体制をつくろうとした場合、現場の多忙と厳しい職員配置との間で矛盾が生じる。福祉サービスでは理念が高らかに謳われる一方、それを実現するための方法論、労働実態や限界について総合的な分析が必要であることを実感しつつ、体系的な教育システムのあり方を考える。また、トップの鶴の一声で物事が進められがちな社会福祉法人では、中間管理職との意思統一がされていないことが多い。トップダウンとボトムアップ、横のコミュニケーションの図り方について考える。

No.2 「誰も働いていない」「働かない生活」

小さな障害者就労支援施設の新人職員のもとに、福祉事務所から相談が持ち込まれた。「重度な知的障害のある青年を就職させてほしい」。授産施設に通っていたが不適応を起こした。その青年は、障害のため働く意思の確認ができない。他の家族も障害があり、家族の誰も働いていない家庭で育った青年をどのように支援すればいいのだろうか。また、就職の相談を受けた新人職員は、施設長に相談内容を伝えた。施設長は、働かない生活に慣れた青年を就職させるのは難しいと言うが、職員は釈然としない。障害者自立支援法により就労支援が強化された。国の「福祉から雇用へ」という政策にも後押しされ、企業就労を目指す障害者は増えたが、誰でもすぐに就職できるわけではない。小さな就労支援施設はどのように支援を展開してゆくことができるだろうか。

No.3 忍び寄る悪徳商法の手

ケアマネジャーは孤立感を深める高齢者夫婦を支援することになった。その夫婦は布団等を買わされ、悪徳商法の被害を受けた。しかし騙されたと思っておらず、その行為を好意的に受け止めている。ケアマネジャーは背景要因を探って解決へと支援を展開していこうとするが、利用者の自己決定支援、所属組織の経営、地域連携のあり方や福祉・医療政策等との間にジレンマを抱える。悩んだ末、夫婦の意思を尊重したが、二次被害が起きた。

No.4 出生前診断をめぐる夫婦・病院関係者の意向の違い

出生前診断をめぐり夫婦の意向が異なる。背景には妻の知的障害、判断能力の程度、夫のDV、宗教による倫理観の違い、胎児の生存権など複数の問題が重層的に絡み合っている。夫婦間の意向の違いによって病院関係者各々の考え方や意見も異なり方針が定まらない。重層的に絡み合う倫理的ジレンマに対して、ソーシャルワーカーはどのように対応していくか。

No.5 成年後見人としての支援-誰が彼を支えるのか-

独立型社会福祉士として開業した小林は、成年後見人として「法人後見」という支援方法に出会い、担当者として活動を開始する。早速、法人後見担当者として受任したクライエントへの支援を弁護士と対応を始める。しかし、後見類型であるクライエントは判断能力も高く、粗暴であり、財産管理を後見人に行わせない。そうした中、生活費の使い込みが発覚し、今後の生活をどのように行うか問題になる。

No.6 てんかん薬を飲ませ忘れた!!

てんかん薬を飲ませ忘れる事態に遭遇し、対応を迫られる福祉施設のリスクマネジメントの姿が描かれている。服薬ミスをきっかけに、これまでの取り組みが、どうも形ばかりで、それを運用するスキルや職員の安全意識が育っていないことが判明した。そのため、これ以上事故が発生しないように、リスクマネジャーとして、早急に対応策を安全委員会に提示しなくてはならない。単に事故防止・危険回避の方策を検討するだけでなく、リスクマネジメントの視点から組織改革を進めていく必要性を考える。

No.7 利用者の予期せぬ行動に振り回されるケアマネジャー

中野は居宅介護支援事業所の管理者兼ケアマネジャーとして、不安神経症や多くの病気から些細なことにも、過剰反応を示す母子の支援にあたっている。そのため、医療機関や多くの機関と連携を図ってきた。しかし、将来見通しが立てられず、目前の問題解決に追われる毎日で、母子に振り回されている。通常支援では、新たな展開が望めないというジレンマから「何とか脱出を・・・」したいという思いからケアマネジメントのあり方について考える。

No.8 新米グループホーム管理者 遠山直美

小さな組織におけるリーダーシップのあり方について考え直す。介護、福祉分野は小規模な施設が多く、必然的に少ないスタッフによって日常的な業務が行われている。同時に、スタッフは資格の保持に象徴されるように、様々な専門性を持っており、また経験の違いがあることも想定される――ただし、グループホームは比較的スタッフ間の専門性の違いと業務内容の違いが現れない施設である――。このような組織における組織マネジメントのためのリーダーシップのあり方について再考する。