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【知多研】シンポジウム「中世渥美・常滑焼をおって」を開催しました

2012年11月29日

 日本福祉大学知多半島総合研究所では、11月10日に常滑市民文化会館でシンポジウム「中世渥美・常滑焼をおって」(共催:常滑市・愛知県県史編さん室)を開催しました。同シンポジウムは、1994年7月に開催した全国シンポジウム「中世常滑焼をおって」に続くもので、その後の全国的な発掘調査や2012年3月に刊行された『愛知県史 別編 窯業3 常滑系』の編さん過程で得られた成果などが報告されました。

◆18年の時を経て開催されたシンポジウムには、全国各地から約300人が集いました

 基調報告の第一部では、中世陶器の拠点的生産地であった渥美・常滑・瀬戸を取り上げ、田原市立田原中学校教諭の安井俊則氏が「渥美窯の展開」、とこなめ陶の森資料館学芸員の中野晴久氏が「常滑窯の展開」、愛知学院大学文学部の藤澤良祐教授が「施釉陶器の生産形態―瀬戸窯を中心に―」と題して報告。生産・流通・消費などから当時の生産拠点としての特徴や役割が語られました。

◆中野晴久氏

◆安井俊則氏(左)と藤澤良祐氏(中央)

 平安時代末期から戦国時代にかけて、東海には渥美、常滑、瀬戸といった『やきもの』の拠点的生産地がありました。とりわけ常滑窯は、日本六古窯(常滑、瀬戸、信楽、丹波、備前、越前)のひとつとして、中世には数千基もの窯が築かれていたとも言われています。主な製品は、貯蔵容器である大型の壺や甕、山茶碗や小皿などの日常雑器です。窯跡の分布状況、出土遺物の編年、当時の製品や流通に影響を及ぼした社会的な背景など、これまでの研究成果が報告されました。

 基調報告の第二部では、中世渥美・常滑焼の大量消費地であった平泉・鎌倉を取り上げ、平泉町役場総務企画課の八重樫忠郎氏が「東北地方の渥美と常滑」、鶴見大学文学部の河野眞知郎教授が「都市鎌倉における渥美・常滑焼の使われ方」と題して報告。出土遺物から編年が試みられ、中世渥美・常滑焼が大量に消費された時代や歴史的背景などが語られました。

◆パネルディスカッションのコーディネーター
福岡猛志 知多半島総合研究所所長

◆八重樫忠郎氏(左)と河野眞知郎氏(右)

 中世渥美・常滑窯製品は、海運によって太平洋沿岸を中心に広く流通しており、これまでの発掘調査から特に奥州平泉や鎌倉で大量に消費されていたことが明らかになっています。奥州平泉の藤原氏との関係性、鎌倉の人口増加と消費生活の進展といった都市的発展の背景など、これまでの研究成果が報告されました。

 パネルディスカッションでは、会場の参加者に意見を求めるなど、全員参加型の幅広い議論が行われ、渥美・常滑・瀬戸、3つの焼き物に関する研究成果を互いに揉み合うことの有意義さを改めて認識する機会となりました。

 なお、前日の11月9日には、本シンポジウムに関連して知多半島内に残存する中世の古窯を巡見するバスツアーが開催され、約100人の参加者は中世紀の知多半島の暮らしにふれる格好の機会となりました。