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業

「ふくし」と仕事

さまざまに広がる仕事―。 本学の学びや取り組みが活かされています。

卒業生の声

阪南市の福祉を築いた日福ネットワーク。
学び合い、支え合う力が大きな活動へと進化する。

大阪府阪南市市長

水野 謙二さん

大阪府生まれ。1978年日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。2012年龍谷大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻修了。日本福祉大学卒業後、森永ヒ素ミルク事件の被害者を救済する団体「財団法人ひかり協会」に勤務。1982年に阪南町役場(現 阪南市役所)に入職し、障がい者通所授産施設指導員を皮切りに、阪南市の様々な保健福祉行政に従事。その後、生活保護査察指導員、福祉事務所長、保健福祉部長、市民部長、教育委員会の参与などを歴任。2012年に阪南市役所を退職し、社会福祉協議会の横領事件解決のため、社会福祉協議会へ。2016年、社会福祉協議会会長を務めたのち、10月の市長選で当選し、現在に至る。

日本福祉大学へ入学を決めた理由、大学時代の思い出を教えてください。

 高校時代は建築関係に興味があり、理工学部を志望していました。ところが国立大学の受験に失敗し、一から勉強し直そうと予備校に通うことに。そこで偶然目にしたのが、日本福祉大学の「キャンセミ(キャンプセミナー)」のポスターでした。学生たちが肩を組んで笑っている写真が、妙に印象的だったのを覚えています。それからしばらくして、予備校の先生との面接の場で「水野くんはコミュニケーションを取るのが上手いし、全体を良く見渡せている。どうだ、福祉をやってみないか」と言われ、先生が指さす先にあったのが、“キャンセミ”のポスターだったのです。今思えば、運命的な出会いとでも言いましょうか(笑)。「福祉」が何かも分からなかったのですが、先生から説明を受けるうちに興味が湧き、受験を決めました。

 入学後は哲学者の見田石介先生など名だたる方の授業を受け「こんな世界があるのか」と衝撃を受けましたね。福祉の魅力に取りつかれたのは、尊敬できる恩師との出会いが大きかったと思います。今でも深い交流が続いている恩師の一人が、大友信勝先生です。私は大友先生のゼミ第一期生で、学問はもちろん、人間性までみっちりと叩き込んでいただきました。また、障がい児の教師になりたいと思い、中高教員免許や社会教育主事など、在学中に取れるだけの資格を取得。「貧困問題研究会」にも所属し、調査の一環で名古屋の笹島のドヤ街で寝たり、先輩から譲り受けた大講義室掃除のアルバイトを登校前にこなしたり。夜は大学の図書館でのアルバイトもしました。当時下宿していた4畳半の部屋には毎日のように友人が集い、あれこれ語り合ったことも、昨日のことのように思い出されます。大学での経験すべてが、私の宝であり糧。大友先生をはじめ、大学の友人たちとは今でも定期的に会っています。

大学での学びや経験は、仕事にどのように活かされていますか?

 卒業後は森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者を救済する団体「ひかり協会」へ就職。ここを勧めてくれたのが大友先生です。ひかり協会は考え方や仕事の仕方が、大学で学んだことそのもので、それを実践する場でしたね。毎日がむしゃらに働き、充実していたのですが、持病の腰痛が悪化し泣く泣く退職することに。その後、地元の阪南町で障がい者施設の職員募集があると聞き、試験を受けて働くことになりました。私は大学で学んだことと、ひかり協会で障がいを持った方の働く場づくりに奮闘した経験を活かして、障がいのある青年たちの集団をつくり、青年期の発達の問題を突き詰めていきました。その指導をしてくれたのが、先に作業所を立ち上げていた岸和田市いずみ野福祉会の方々で、日福の卒業生が多くおられました。ともに切磋琢磨し、施設が活気づいてきた頃、ボランティアの方に来ていただいたり、隣の市や町と連携して共同作業所の連絡会をつくったりしました。お母さん方との情報共有を密に行い、一緒に進めていくことで、活動はどんどん拡大し、阪南町全域にボランティアが組織されるまでになったのです。私が市長になれたのは、この時の皆さまの力のおかげ。頑張ってきた成果が巡り巡ってきたような、いわば日福の力ですよ。力と言えば、40歳で生活保護の査察指導員になった時、新しい福祉事務所の職員採用を担当することになり、大学の就職課に3年ほど通って、実際に何人か採用させていただきました。小さな福祉事務所でしたが、開設した年には大卒の職員の中で日福卒業生が一番多く、その割合は大阪一。しかも初代の福祉事務所長も、私の先輩の日福卒業生でした。それくらい日福の卒業生が至る所で活躍していて、このネットワークによって阪南市の福祉が築かれたと断言できます。

大友先生から送られた色紙などが大切に飾られている執務室

秘書広報課の皆さまと水野さん

(2017年発行 日本福祉大学同窓会会報119号より転載)

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