日本福祉大学 経済学部

研究室だより

2010/11/6〜7  今年も栄のオアシス21で開催された名古屋市消費生活フェアに出展しました

 6日は近藤ゼミの2,3,4年のゼミ生(計18名)が、ブースで消費者契約クイズを来場者にやってもらい、答え合せ・解説を行いました。クイズは契約の基礎やクーリング・オフに関するもので、2年生が作成しました。当日はそれぞれスタッフ用のメモを片手に、来場者に一生懸命クイズの解説をしました。クイズに答えてくれた方は約200人で大盛況でした。
 また、ステージ企画の消費者庁トークショーに、2年生の岩永君と小関君が出演し、消費者庁の方に学生の視点から質問をするなど、ステージを盛り上げるのに一役買いました。

 7日(土)は、経済学部の国内フィールドワークに参加している学生5名が、自分たち が収穫した「お米」「みかん」「サツマイモ」と、パネルを展示して活動の様子を紹介しました。

 米作りは、今年初めて挑戦したもので、田植えから稲刈りまでできる限り機械を使用せずに行いました。
 天日干しのために「はざかけ」もしています。お米の名前は、「てんてこ米」。言葉の通り、休む間もなく動き回った半年でしたが、結果を1つ出すことができました。今後は、大学生協と協力して、自分たちが作った農作物を使用したパンや丼物のメニューを開発する予定です。

 

 

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2010/09/11〜13 (研究室だより)曲田ゼミ東京合宿レポート(3年 安藤陽祐)

はじめに
 今回の東京ゼミ合宿では、主に日本経済を動かしている金融機関について調べることが中心となった。そこで実際に日本銀行を訪問し、日本の銀行・貨幣の歴史や現代の金融経済について学んだ。

 

日本銀行貨幣博物館について
 曲田ゼミ一同でまずは日本銀行貨幣博物館を訪問した。これは日本銀行のすぐ南側に位置し、館内の展示場では日本の貨幣史を通しての歴代貨幣や海外の貨幣などを扱っている。ここでは貨幣の役割や機能について理解することができる。


日本貨幣史
 貨幣の歴史は古代に遡る。当初、人々は魚や貝などの物々交換で生計を立てていた。しかし物々交換は希望する物を持つ交換相手を探すのに手間がかかり、交換を楽にするための方法が考えられた。そこで変質しにくく分割・加工が容易で携帯性に優れた金属製の貨幣が発明された。この特性を生かして貨幣が生産されることとなった。
 中国やギリシャでは紀元前から貨幣を生産していたが、日本も8世紀に唐銭を基に和同開珎を生産した。これが日本最初の貨幣とされてきたが、近年の研究では7世紀後半の富本銭か銅銭あたりが日本最初とされている。和同開珎は約50年間鋳造され、奈良時代を代表する貨幣となった。
 その後も貨幣は鋳造され銭も小型化したが、国家の信用度が低下すると貨幣の価値は下がり、政府発行の銭貨の鋳造は停止した。そして貨幣経済から再び物々交換の時代となった。

 

 この物々交換の状態はしばらく続いたが、中世に入ると中国から銅銭を輸入し日本で銅銭が普及した。その後世界経済が銅から銀の時代になると銀を輸入したため銀貨が使用された。16世紀になると戦国大名が独自で金銀を掘り起こすため、日本各地で金銀鉱山が開発された。その中でも有名なのは2007年に世界遺産に登録された島根県の石見銀山である。
 また織田信長らは楽市楽座を実施して商売の自由化を図ったため、金貨や銀貨は流通することとなった。これが江戸時代の貨幣経済の基盤となった。

 

 江戸時代の貨幣経済は複雑である。関東では金貨、関西では銀貨とそれぞれ異なった貨幣が使用された。この違いの理由は金の生産地は関東に、銀の生産地は関西に集中していたためである。そのため関東と関西の両地域間での商取引や旅行の際にはそれぞれの相場で貨幣を交換する必要があった。これを仲介するために両替商が登場した。貨幣の単位は「金1両=銀60匁」に値する。
 幕末にペリーの来航で日本は開国し、その結果多くの金が海外へ流出し西洋の銀が日本に持ち込まれた。これは金銀比価が日本は「金1g≒銀5g」なのに対して海外は「金1g≒銀15g」だったので日本は銀の価値が海外より高かった(金の価値が安かった)ためである。欧米諸国は貿易でこの金銀比価を利用して莫大な利益を得たため、日本ではインフレが起こり物価が上昇した。

 

 明治政府が発足すると近代国家の建設が進み、1871年には新貨条例の下で「円・銭・厘」が登場した。1882年には通貨単位の安定を図るために日本銀行が誕生し、日本経済近代の基盤となった。この時はまだ銀本位制だったが、1897年には欧米にならい金本位制へと移行した。
 昭和初期に世界大恐慌が起こり、金の流出を防ぐために金本位制から管理通貨制度へと移行した。その後も戦争の影響で激しいインフレに見舞われたが、戦後の1950〜60年にはインフレが回復した。

 

日本銀行について
 物館に続き日本銀行本館も訪問した。日本銀行の建物の本館は1896年に誕生した。これは明治期に建てられた現存する西洋式建物で、戦時中の空襲も免れ1974年には国の重要文化財に指定された。この建物は上空から見ると「円」の字に似ている。
 本館の建物の地下には金庫があり、建築以来約100年間使用された。地下金庫へはエレベーターがあり、運搬用として使用された。金庫の扉は1932年にアメリカから輸入したもので、人の力で開閉を行っていた。お金の出し入れはトロッコで行っており、床にはそのレールが残っていた。壁には空気穴があり空気調節を行うことでお金がしけないよう管理された。金庫は耐震措置が施されたため、関東大震災の時にもビクともしなかった。
 日本銀行は国の唯一の発券銀行で、偽札防止のための管理も行っている。日本銀行発行のお札にはホログラムやすかしをはじめとする技術が盛り込まれており、偽造のしにくさは世界でもトップレベルとされている。また市場を出回ったお金は日本銀行に回収され新しいお金と交換される。その際に古いお金が偽札でないかの確認がされている。

 

まとめ
 今回のゼミ合宿では、貨幣の役割を歴史を通して学んだ。貨幣は物の取引を楽にするために発明され、国家の信用力を表すのに利用されることとなった。貨幣は利便性や信用度を向上させるために改良され続け、今日では特に偽札防止の技術が発達している。
 また貨幣は商取引において物の価値を示すために登場し、経済を動かすのに不可欠な存在であることを明らかにした。


 

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2009/11/14〜22 名古屋市覚王山商店街で模擬店(Tシャツ屋)をやってみました。

 鈴木ゼミナールの2年生が、11月14日(土)〜11月22日(日)に名古屋市の覚王山商店街で模擬店を出しました。この模擬店は、学生たちが自ら事業の企画、立案、運営について体験を通して学ぶことを目的に行ったものです。
お店は、自分たちでデザインを考えたTシャツやエコバッグを販売するというものでした。デザインのプリントは、シルクスクリーンを使った本格的なもので、何枚も失敗を繰り返しながら、きれいにプリントする技術を高めて行きました。このような活動を行うことで、企画、立案の重要性や、運営の困難さ、グループワークを学べたと思います。
  今後は、地方自治体が行う地域・地区事業について学習を進めていく予定です。その意味で、今回のように商店街というフィールドでの活動は、地方自治体が行っている地域・地区事業の理解を深めるために大きな体験となったことでしょう。

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2009/11/7〜8 近藤ゼミナール:名古屋市消費生活フェアに出展!

 近藤ゼミでは、11月7日(土)、8日(日)、名古屋市主催の消費生活フェアに出展しました。ブースでは2年生の作成した消費者契約クイズを来場者にやってもらい、答え合わせ・解説を行いました。両日ともブースの来場者は約200人で大盛況でした。
 7日は4年生が中心になって、8日は2年生が中心になって応対しました。4年生は2年前に大学祭での出展(この時も自分たちが作成した消費者問題クイズを実施)の経験もあるためか楽しみながら、2年生は初めての経験で最初は不安そうでしたが、だんだん慣れて後半からは笑顔で…。学生たちが頑張っているということもあってか、来場者も熱心に解説を聞いてくれていました。
 また、8日12時からは、3年生が中心となってステージで「消費者契約○×クイズ」を実施しました。参加者は約50人。チェック表を配り、○×クイズを出題し、正解数に応じて賞品を配りました。昨年、大学祭でも実施し経験はあったものの、限られた時間の中で一般の(しかも中高年の)人たちを相手に盛り上げるのはなかなか大変でしたが、みんなで力を合わせて奮闘しました。
 事前の準備も含めてとても良い勉強になりました。

 

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2009/11/7 (研究室だより)加茂ゼミナール 高遠フェスティバルを開催しました

 11月7日の日本福祉大学大学祭で、加茂ゼミナールの3年生が長野県伊那市高遠町の観光物産展(高遠フェスティバル)を開催しました。これは、ゼミ研究課題「高遠町における商店の宣伝活動と商業振興」を検討するための学生による商店街PRの実践です。パンフレットや特産品の展示、お菓子の試食を行い、約200人の方に来ていただきました。また、来訪者からは高遠町の振興について様々な意見が寄せられました。これらの意見をふまえて、加茂ゼミナールでは、商店街振興にとって効果的な宣伝方法は何かを今後検討したいと考えています。

高遠フェスティバルの様子

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2009/09/20〜22 (研究室だより)曲田ゼミ・加茂ゼミ・遠藤ゼミ 合同合宿レポート(2年 安藤陽祐)

 9月20〜22日、東京で行われた曲田ゼミ・加茂ゼミ・遠藤ゼミ合同合宿で、学生は何を学んだのでしょうか?曲田ゼミ2年の安藤陽祐君にレポートを書いてもらいました。

 

はじめに
 私は、今回の東京への研修旅行において、ツアーとして江戸東京博物館や浅草、アメ横といった観光地・商店街を訪問したほか自分自身で日本橋や八重洲、隅田川などの有名な場所を歩いた。このレポートにおいて自分が東京を訪問して何を得られたのかについて報告する。

 

江戸東京博物館
 江戸東京博物館は両国駅の北側に位置する江戸と東京の歴史を模型や資料で復元した都立の大型博物館である。この博物館の模型や資料に取り上げられている時代は主に江戸時代の江戸と明治〜昭和の東京の様子である。

 3階からエスカレーターを上って6階の展示室に入館するとすぐに、江戸時代の日本橋が復元模型として架けられている。
 日本橋は1603年(慶長8年)に初めて架けられ、東海道や中山道などの五街道の起点として定められた。日本橋一帯には魚河岸や米河岸などの市場がつくられ、橋の近くには幕府の陸上輸送を担当する伝馬役所などが設けられた。
 この復元模型は高さと橋は実物そのままで長さは51メートルのうちの半分を復元している。

 江戸東京博物館には江戸時代の江戸、明治〜昭和の東京の様子を模型で復元しているが、東京はただ人がすごいだけの都市でなく文化の移り変わりも早いことがわかった。この3つの時代の江戸、東京の様子を見て、日本という国は江戸時代から東京が中心の都市であったことが実感できた。いまの日本経済では東京一極集中が問題になっているが、すべては徳川幕府の成立と独裁政治が起源ではないだろうか。
 江戸は、都市をつくる段階において武士と町人のすみわけを徹底的に行い、実際に寛永期には町人としての町や立派な大名屋敷が形成されていた。また同時期から参勤交代の制度がはじまると、大名の妻子が人質として江戸に住むようになったため、全国から人・物・金が集まるようになった。これによって江戸は日本の中心都市となり、8代将軍吉宗の頃には人口100万人を超える大都市となっていた。
 江戸時代の日本は鎖国して基本的に海外との交流は行わなかったものの、歌舞伎や浮世絵などの独自の文化が生まれた。これらの背景には江戸が平和な町であったこともあげられるのだろう。

 

 幕府が倒れて明治時代になると江戸は東京と改められ、天皇中心の国づくりが行われた。幕末にペリーの要求によって開国したことによって、政府は欧米諸国から多くの西洋文化が導入された。東京の町にはランプが設置されたり馬車が走るようになった。
 こうした動きを文明開化と呼び、この出来事が起こった理由は政府が日本を強く豊かな国にしようという堅固な方針があったからである。
浅草の町
 浅草は、浅草寺や雷門などで有名な寺社町である。
 雷門から仲見世通りに入っていくと土産店や玩具店などの店がずらりと並び、土産店での名産品は雷おこしと人形焼きである。それから北へと進んでいくと宝蔵門があり、この門をくぐれば左に五重塔、直進したところに浅草寺本堂が建っており、この建物の前ではおみくじを引くことができる。また右に進んでいけば二天門と浅草神社が建っており、浅草の町がこの寺社を通して発展していったということがわかる。

アメヤ横丁
 アメヤ横丁は、JR山手線の御徒町駅−上野駅間の高架西側に沿って縦長に伸びる商店街である。
 アメ横は第二次世界大戦後に闇市として始まり、現在でも食料品・衣類・宝飾品などさまざまな種類の商店街がずらりと並んでいる。これらの店の一番の特徴は店によって物を安く買えることである。例えば、食料品店で均一値段の物価をいくつかまとめて購入すれば安く購入できるのでこれはお勧めである。

 アメ横は闇市として始まっただけに、各店舗は市場として営業している。食料品店では主に新鮮な魚やキムチを売っている。このほかに、スポーツ用品店やファッション系などの若者向けの店も多く、各品物は安売りしていることが多かった。
 アメ横の店の中で最も大きいのがアメ横センタービルである。このビルはアメ横のちょうど真ん中あたりに位置し、アメ横の中心的な存在である。ビルの中には数多くの店がぎっしりと詰まっている。

 

東京の街を歩く
 東京研修において、ただ観光名所を巡るだけでは勿体ないので、場所をしぼって歩いてみることとした。
1日目は新宿周辺と原宿を、3日目は東京駅から日本橋経由で両国駅までを散歩した。

 

 まずは1日目。新宿付近を歩く。新宿は高層ビルが多く、東京都庁や大企業の本社ビルが集中している。
 そして新宿駅まで向かい、駅からは電車で原宿へ向かう。原宿は明治神宮や代々木公園などが存在するが、ファッション系の店や洋食料理店が多いため完全に若者向けの町である。今回は連休ということもあったので駅周辺は若者で大変賑わっていた。原宿駅を出て東側に行くとすぐに竹下通りがあり、この通りにはめがねや化粧品、ブティックなどの店が集中している。ファッション系の店は男女別にオシャレな服やブレスレットを揃えている店が多いのが特徴で、これが若者の注目を一層集めている。

 続いて3日目。まずは東京駅から東へ歩き八重洲の町を通った後で日本橋を渡る。このとき、博物館で見た復元模型の日本橋と今の日本橋を比較してみた。今の日本橋は橋自体は未だ近代的な感じが残るものの、橋の上を首都高速道路が通っているために昔の日本橋とは印象がガラリと変わっている。橋には「交通安全は日本橋から」と書いてあるので、これは昔日本橋が交通の拠点であったことをそのまま受け継いでいるかのように見受けられる。また、このあたりの町は大手の銀行や証券会社が集中しているため、日本の金融市場の中心になっているのではないか。
 日本橋を渡ってすぐに右に曲がりそのまままっすぐ進んでいくと、東側に隅田川が見える。この川は東京を大きく二つに分けるような存在で、川幅が長い。観光船もよく通るので、この川が観光的なイメージの高い川であることがわかる。そしてこの川を渡れば、北側に両国駅が位置する。

 

全体を通して
 東京研修旅行は9月20日−22日の3日間であったが、この3日間は意外にも早く過ぎ去った。
 私たちはまずバスで知多半島から東京まで向かったが、朝早く出発したのに東京には夕方に着いたことを考えると、名古屋地区から東京までの道のりは長くて遠いことを感じた。
 ツアーで訪れたところの感想について、江戸東京博物館では、江戸時代の江戸と明治〜昭和の東京の様子を復元模型や資料で知ることができたので、東京の歴史の移り変わりについて考えることができる良い機会だったのではないかと感じた。浅草やアメ横については、実際に訪れる前は商店街とか観光地といった印象が強かったが、実際に訪れてみて歴史のある場所なのだという印象を受けた。
 それから東京周辺をまわったことに対する感想について。東京は大企業の本社ビルが立ち並んでいたり、至る所に若者向けの店が集中していたので、日本経済の拠点になっていることが実感できた。そのためだけに、電車内や商店街はとても混雑し、首都高速道路も渋滞していた。
 今回の東京の研修旅行では、東京は中心部でも数多くの見どころがあり、この合宿だけでは一気に数多くの場所を訪れることはできなかったものの、散歩などを通して今まで東京で訪れたことのない場所を少しでも訪れることができたので、比較的良い思い出になった。
 全体を通していえば、今回の東京研修旅行は時間の制約があったものの訪れた場所それぞれに魅力がありとても充実した旅行になったのではないか。

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2009/09/20〜22 (研究室だより)曲田ゼミ・加茂ゼミ・遠藤ゼミ 東京で合宿を実施しました

 恒例となりつつある曲田ゼミ、遠藤ゼミの合同合宿に、今年は加茂ゼミも参戦!9月20〜22日の3日間、東京でゼミ合宿を実施しました。
 日程は、シルバーウィークのど真ん中。初日は、始終渋滞に巻き込まれながらも何とかホテルに到着。朝8時から夕方5時半まで9時間半のロングドライブで疲れただろうと思いきや、さっそく仲間同士で東京の街に飛び出して行きました。
 2日目、曲田ゼミと遠藤ゼミは合同で江戸東京博物館(両国)を見学。加茂ゼミは千葉方面に向かって散策を行いました。江戸東京博物館は、江戸時代を中心に東京の街並みや歴史資料が常設されています。その数2,500点以上!見学しつくせない規模に一同圧倒されつつも、当時の時代の流れと経済活動の変化の一端を確認し、今日の大規模都市・東京がどのようにして形成されたのか、その原動力は何か、など、さまざまな研究材料を持ち帰りました。
 2日目午後〜3日目の午前は、ゼミ別に課題調査等の時間に充てられました。はたして、どんな成果が得られたのか?ぜひ、各ゼミの学生にたずねてください。
 ちなみに、帰りもやはり大渋滞。往復19時間の移動に対し、安全運転で務めてくださったバスドライバーさんに一同感謝です。

(初日)愛知県・美浜キャンパスから東京・新宿に移動(片道9時間半・・・大変でした)

シルバーウィークでパーキングエリアも混雑

どのバスだっけ?


(2日目)午前:江戸東京博物館(曲田ゼミ・遠藤ゼミ)

日本橋の復元模型(渡ってもOK)

江戸東京博物館ロビーで記念撮影


(3日目)東京から帰宅(帰りも大渋滞)

曲田・加茂・遠藤ゼミ全員集合!

ホテルは東京都庁のすぐ近くでした

  文:遠藤 秀紀

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2009/09/11  近藤ゼミ恒例の消費生活センターへの見学を実施しました

 9月11日(木)午後、近藤(充)ゼミ2年生が名古屋市消費生活センターに見学に行きました。センターでは消費生活相談員の高橋さんから、センターの役割や契約&クーリング・オフについてわかりやすいクイズ形式での説明を受け、消費生活相談の現場や商品テスト室などセンター内を見学し、若者を狙った悪質商法のビデオを視聴しました。さらに、ローン・クレジットについての説明を受けた後、リボルビング方式(残高スライド元利定額方式)での支払いの際の手数料(金利)や元金分が実際にどの程度の額になるのか、ゼミ生がそれぞれ電卓を使って計算してみました。計算の複雑さに閉口しながらも電卓をたたいていくと、毎月の返済額に占める手数料の額は予想以上に多く、元金がなかなか減らないことを実感し、リボ払いの怖さを痛感しました。短時間でしたが充実した研修内容で、みんな少しは「賢い消費者」に近づけたのでは・・・?今後のゼミでの学習にも活かしていきたいと思います。

 

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2009/09/7〜8 (研究室だより)加茂ゼミ 高遠商店街で聞取調査を実施しました

 加茂ゼミナールの3年生9人が、長野県伊那市高遠町の商店で聞き取り調査を行いました。この調査は、ゼミ研究課題「高遠町における商店の宣伝活動と商業振興」を検討するための資料収集調査で、9月7日(月)〜8日(火)の2日間で実施しました。学生が商店を訪問し、店の宣伝方法等について経営者から話を聞くインタビュー形式の調査です。伊那市商工会等の協力もあり、約40商店から話を聞くことができました。高遠の活性化に熱心な経営者が多いことに、学生は感動していました。
 加茂ゼミナールでは、今回の調査結果をもとに、商店街振興にとって効果的な宣伝方法は何かを検討するとともに、ゼミで企画した商店街の宣伝(高遠観光物産展)を大学祭において開催したいと考えています。研究成果は日本福祉大学経済学部のゼミ発表会(12月)で報告する予定です。

商店を訪問し調査する学生

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2009/06/1 遠藤ゼミ3年生によるブログ「週刊みまっしま」創刊!

遠藤ゼミ3年生責任編集(?)のブログ「週刊みまっしま」を、今年度より創刊いたしました。「みまっしま」とは、石川方面の方言で「〜(して)みてよ」の意(らしいです。石川県出身のゼミ生から聞いて、初めて知りました)。
いつもは話題にすることも少ないちょっとしたことや出来事(事件)を、改めて「見てみてよ」と紹介を試みる目的で立ち上げたブログです。ちなみに「みまっしま」という言葉も、ご当地で聞くことがちょっとずつ少なくなっているとのことです。ためしにGoogle検索してみると、ヒットは696件でした。そんな共通点もあり、タイトルを「みまっしま」とすることに。
週2回の更新を目指す「週刊みまっしま」、今後の展開は未知ですが、ご笑覧いただける皆様、ご指導ご鞭撻とともに、どうか気長にお付き合いください。コメント等、大歓迎です。

リンク:「週刊みまっしま」http://ameblo.jp/mimashima/

ブログ立ち上げ会議

良いアイデアが浮かんだようです

  文:遠藤 秀紀

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2008/09/20,21 上田ゼミ恒例のゼミ合宿を行いました

  9月20日,21日と恒例の2・3年合同京都ゼミ合宿を行いました。京都の中心街にあるコープイン京都が会場です。3年生の研究報告のあと、ゲストの三菱東京UFJ銀行の方のお話をうかがいました。3年生は4つのチームに分かれてそれぞれが選んだテーマで研究を進めていますが、ようやく形になってきたようです。合宿のあとは、四条河原町へ出てコンパ。今年のメニューは中華のバイキングでした。好きなものをおなかいっぱい食べました。翌日は、あいにく雨模様でしたが、グループごとに清水寺方面、金閣寺方面へと飛び出して行き、京都観光を楽しみました。今年も有意義な2日間を過ごせたと思います。

【合宿の様子】

 

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2008/09/14,15 曲田ゼミ・遠藤ゼミ 大阪で合宿を実施しました

 曲田ゼミと遠藤ゼミは、9月14日、15日の2日間、合同でゼミ合宿を実施しました。参加者は両ゼミの2〜4年生、合宿地は大阪です。初日は二手に分かれ、曲田ゼミは大阪府吹田のアサヒビール吹田工場を、遠藤ゼミは大阪府北部・彩都(バイオメディカル・クラスター創成特区)を見学しました。
 2日目は、合同で狭山池博物館(大阪狭山市)に向かいました。日本最古(7世紀初期に誕生)のダム式ため池である狭山池に施された、各時代最新の土木・土地開発技術の説明を受けましたが、何百年以上も昔とは思えない技術水準の高さに、一同驚嘆していました。
ゼミ合宿の成果を、今後のゼミ研究の貴重な資料として活用したいと思います。

(初日)曲田ゼミ(吹田市・アサヒビール吹田工場)


赤煉瓦で造られた明治時代のビール工場

工場前で記念撮影

(初日)遠藤ゼミ(茨木市・彩都)

開発中の彩都(西部地区)の様子

彩都から南下すると、万博記念公園です
(写真は太陽の塔)

(2日目)ゼミ合同(大阪狭山市・狭山池博物館)

見学の様子
(曲田ゼミ・遠藤ゼミ)

堤体の断面を背景に記念撮影
(遠藤ゼミ)

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2008/09/25 加茂ゼミ 三浦半島でゼミ合宿を実施しました

 9月16日(火)〜18日(木)の2泊3日で3年生のゼミ合宿を行いました。内容は、三浦半島における観光振興に関するフィールドワークで、関係機関でのヒアリング調査、観光施設の見学、特産品の試食等を行いました。ヒアリング調査では、神奈川県庁観光室や三浦半島にある4つの観光協会(横須賀、三浦、逗子、葉山)を訪問し、三浦半島が抱える観光の問題点、それぞれの市町の観光振興等について話を伺いました。
 さらに、横須賀港、三崎漁港、城ケ島等の観光地を訪れ、横須賀海軍カレー、イカの姿焼、海藻そうめん等を食べました。
今回の調査結果は、三浦半島と同様に大都市周辺の半島地域である知多半島の状況と比較しながら分析を進め、経済学部のゼミ発表会で報告する予定です。
         

 

神奈川県庁でのヒアリング調査

 

横須賀海軍カレー本舗でのカレー試食

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2008/06/14  加茂ゼミ 覚王山商店街調査を実施しました

 6月14日(土)に名古屋市の覚王山商店街で3年生のゼミ調査を実施しました。まず、日本福祉大学非常勤講師の望月先生に、歩きながら商店街を案内していただきました。望月先生はこの町の歴史にも詳しく、日泰寺や揚輝荘等についてわかりやすく説明していただきました。その後、商店街の空き店舗で、経済学部の原田先生手作りの昼食をいただきながら、空き店舗の活用方法について考えました。昼食後は、商店街の店舗構成、商店街の特徴を明らかにするためのフィールドワークを全員で行いました。

 覚王山商店街は、日泰寺参道としての機能、若いアーティストのギャラリー、こだわりをもった商店が共存する個性的な商店街であることがわかりました。

 

覚王山商店街でのフィールドワーク

 

有効活用が必要な空き店舗

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2008/06/04   西村一彦ゼミ ため池通信1

 西村ゼミでは、知多半島に無数にある農業用ため池の価値の評価に関する研究を行っています。大学の敷地内にも足廻間(あしばさま)池なるため池があり、本日は、2年生がここで水生生物の予備調査を行いました。具体的には、魚とラップにえさを入れて2時間ほど池に漬けておきました。結果は、写真のように、ザリガニと小さなブルーギルが捕獲されました。

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2007/10/21  「まちづくり・新事業創出」での学外授業

 10月21日に学外授業を実施しました。テーマは「まちづくりの現場を知る」です。まちづくりの担い手について理解を深めるのが今回の目的です。

 このため10月19日〜21日に開催された「尾張大野古今散策」(常滑市大野町)を訪れ、ここで出店しているアクセサリーショップ「結」の経営者に話を聞くとともに、歴史散策ツアーに参加してボランティアガイドの活動の様子を見学しました。

 「結」では、商店を経営するうえで大切なこと、今後の抱負などについて話を聞きました。一方、散策ツアーでは、ベテランボランティアガイドの案内にしたがって散策コースを巡りました。受講学生はガイドのわかりやすい説明や知識の豊富さに感動していました。

 なお、この日は、地元ケーブルテレビが「尾張大野古今散策」を取材に来ていました(写真のカメラマンは社会福祉学部卒業生だそうです)。この模様は知多半島ケーブルネットワークで10月下旬に放送されました。

担当教員:加茂

(写真)ボランティアガイドと受講学生とケーブルテレビカメラマン

 

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2007/08/05   加茂ゼミナール合宿

8月5日(日)と6日(月)の1泊2日で2年生のゼミ合宿を行いました。合宿のテーマは商店街の比較研究で,岐阜繊維問屋街,京都祇園,長浜黒壁スクエアの3か所を訪れました。ヒアリングや資料収集を行い,商店街の発展や衰退の原因について研究しました。どうすれば商店街に客が増え,地域経済が潤うのかを考える合宿だったように思います。

このほか,吹きガラスや陶芸を体験し,また,コンパで大いに盛り上がりました。

猛暑のなかでのフィールドワークであったため,体力をかなり消耗しましたが,有意義な2日間を過ごすことができました。

写真:京都祇園での調査

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