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#30 アニマルパス

キツネの通り道で、
人と動物が「しあわせ」に生きる方法を考える。

健康科学部福祉工学科 建築バリアフリー専修

福田 秀志 教授(博士(農学))

森林保護学をベースに、知多半島における生物多様性保全や生態系ネットワークなどの知見を地域の緑化提案につなげている福田研究室。知多半島の象徴種であるキツネの生息域を拡大するために、アニマルパス(野生動物の通り道※)の導入を提案し、(株)豊田自動織機・東浦工場のプロジェクトを支援しています。福田先生に、アニマルパス導入の目的や成果、そして人間と野生動物が共存する地域づくりについて話を聞きました。

※もともとの名称は、アニマルパスウェイ(Animal-pathway)。Animal(動物)とPathway(通り道)をつなぐ造語で、「動物の通り道」を意味しています。本章では、福田研究室、豊田自動織機で使われている「アニマルパス (Animal-path) 」という用語に統一しました。

社会課題

ロードキルとアニマルパス

 道路に動物が侵入することによって発生する交通事故は意外に多く、それによって野生動物が死ぬことを「ロードキル」といいます。高速道路各社の発表によると、2021年度の高速道路でのロードキル発生件数は5万5000件(※)にのぼり、その数は年々増加。一般道路の事故を含めると、ロードキル発生件数はかなり膨大な数になると予想されます。ロードキルの犠牲になっている動物は、サルやシカ、イノシシ、タヌキなど多岐にわたり、ロードキルは野生動物だけでなく運転している人にも危険を及ぼすことから、野生動物の保護と交通安全の両面で大きな課題となっています。

 ロードキルが発生する最大の原因として考えられるのは、野生動物が暮らしている里山が、幹線道路の建設によって分断されたことにあります。従来と同じように生息域を移動しようとした動物が、たまたま道路を横断して車に衝突してしまうのです。ロードキルを防ぐ方法として、フェンスの設置などさまざまな対策が行われていますが、その一つがアニマルパス、動物の通り道の開設です。幹線道路とは別にアニマルパスを用意することにより、分断された生態系をつなぎ、生活域を行き来する野生動物の行動をさえぎることなく、彼らの命を守る取り組みが行われています。

高速道路会社の落下物処理件数(令和3年度) 【PDF】 より

INTERVIEW

ごんぎつねの里だからこそ、
キツネたちをもう一度。

最初に、先生の研究テーマについて簡単にお話しいただけますか。

福田

もともと私の専門は「森林保護学」という分野で、森とそこに棲む生き物がどうすれば共存できるかを研究しています。森林には、人がけがして治るような自己治癒力があり、害虫などの被害があっても自然の力である程度治っていきます。その治癒力を活かしながら健全な生態系(※)をどう維持していくか、というのが研究の中心になります。

※生態系とは、生きものとそれを取り巻く水、空気、土などの自然環境全体を指す。

その研究が土台にあり、キツネの生息状況を調べる研究へ発展していくわけですね。

福田

私が知多半島でキツネの生息の調査をはじめたのは、ちょうど2000年頃になります。実は、知多半島のキツネは1960年代には一度、絶滅したと考えられていて、1997年に常滑でキツネが発見されてニュースになりました。そうしたことから、私はキツネ生息状況を調べようと考え、知多半島の各地に自動撮影装置を設置して、キツネの撮影をはじめたのです。

そもそも、どうしてキツネに注目されたのですか。

福田

知多半島の里山は、童話『ごんぎつね(1932年出版)』が書かれた舞台です。ここには『ごんぎつね』の作者である新美南吉の記念館があり、ごんぎつねの名前のついた温泉やお菓子もある土地柄です。かつてはキツネの一大生息地で、童話の舞台になった知多半島で、もう一度、キツネが生活できるような環境をつくれないだろうかと考えたのが出発点です。

そのお考えは、知多半島生態系ネットワーク協議会に共有されていったわけですね

福田

ええ。2010年に愛知県名古屋市で開催されたCOP10を前に、2009年から、愛知県が先導して、県内を9地域に区分し、地域ごとに生態系のネットワーク形成を推進する活動がはじまりました。私自身も愛知県ではじめての協議会となる知多半島エリアの「知多半島生態系ネットワーク協議会」に関わることになり、何か指標となる生き物を定めようということになりました。というのも、環境保全の取り組みは、金太郎飴のように全国一律の手法ではだめで、知多半島独自のやり方でないとうまくいかないんですね。となると、ごんぎつねの里である知多半島の象徴種は「キツネしかないだろう」というのがみんなの共通認識で、「ごんぎつねと住める知多半島を創ろう」というキャッチフレーズができました。

分断された森と森をつなぐ「アニマルパス」の提案。

キツネの生息環境を守るために具体的にどんな取り組みをしてこられたのですか。

福田

私たちが着目したのは、キツネの住む森とその移動でした。先ほど常滑市でキツネが発見されてニュースになったことをお話ししました。どうして常滑で見つかったかというと、知多半島南部の南知多町や美浜町は森が豊かなエリアですが、そこから北へ進み、常滑に入ると急に森が細く狭くなるんです。このことから、南の森で人の目に触れなかったキツネが北へ移動して、人間に発見されたのだと想像できます。その後、キツネの生息地はさらに北上していくのですが、北へ行くほど森は分断されています。すると、キツネが森から森へ移動するために道路を通るようになり、交通事故にあってしまうんです。

ロードキル(動物の交通事故)の問題ですね。

福田

ええ。この研究をするまで、野生動物は道なき道を移動するのだと考えていましたが、それは動物も大変なんでしょう。人間と同じように舗装された道路を移動するため、次々と交通事故が起きてしまいます。私たちのもとに、キツネの交通事故の報告がいっぱい入ってきました。私の知多半島での研究では、キツネはいわゆるお父さん、お母さん、数匹の子どもが一緒に、半径1キロメートルぐらいの縄張りで生活していますが、お父さんが交通事故で死んでしまうと、たちまち母子家庭になってしまうんですね。これはなんとかしないといけないと。キツネが森と森を安全に行き来できるようにするために、東浦町に工場を持つ豊田自動織機さんに「アニマルパスをつくりませんか」と提案しました。

どうして東浦町なのでしょう。

福田

空中写真を見ればわかりますが、知多半島の森林は南部の美浜町と南知多町にその3分の2があり、キツネにとって暮らしやすい環境です。しかし、中部では森が分断されており、東浦町ではキツネの巣がある森と里山の間に、豊田自動織機さんの工場があり、周辺の道路でキツネの交通事故死が発生していました。知多半島生態系ネットワーク協議会の加盟企業でもある豊田自動織機さんに提案したところ、賛同を得ることができ、アニマルパスのプロジェクトがスタートしました。

地域それぞれにあった生態系の保護を考えること。

アニマルパスは、キツネ以外の野生動物の通り道にもなりますか。

福田

そこは、少しむずかしい問題になります。今、森林保護で問題になっているのは、シカをはじめとした野生動物による被害です。たとえば、シカの数の増加や生息域の拡大により、深刻な農林業の被害が起きています。イノシシもそれに近い状況で、家庭菜園をすると収穫物を全部イノシシに食べられてしまう被害が起きています。そのようにシカやイノシシの被害に苦しんでいる地域では、アニマルパスは歓迎されないと思います。この地域でアニマルパスをつくったのは、あくまでも地域で絶滅危機にあったキツネを守るためであり、キツネが地域の人たちに親しまれる動物だからですね。

先ほどお話しされたように金太郎飴のように全国一律の環境保全ではなく、地域ごとの設計が必要というわけですね。

福田

そうです。野生動物の保護管理についてもう少し詳しく説明しますと、「ワイルドライフマネジメント」という考え方があります。これは、野生動物が適正密度になるように管理していく。減ったものは増やし、増えすぎたものは抑えていく、という考え方です。そうすることによって、いわゆる天然資源である森林の恵みを私たちは享受することができます。逆にいうと、野生動物が大事だからといって全部保護しちゃうと、シカが木の皮を剥いて、森の木を枯らしてしまうことになります。

人間と野生動物の生態系の共存をめざして。

アニマルパスができて、キツネの生息状況はその後、どうなりましたか。

福田

豊田自動織機・東浦工場を挟んで、東浦自然環境学習の森と、里山があります。その二つの森をつなぐアニマルパスをつくっていただき、キツネたちが自由に行き来できるようになりました。その結果、予想外のことが起きたんですね。キツネたちがもともとの繁殖地だった自然環境学習の森から移動し、東浦工場の敷地で暮らすようになったんです。それだけ工場の敷地の方が暮らしやすい環境だったのかもしれません。もともとは森をつなぐ取り組みでしたが、その目標を超えて、大きな成果が得られたと考えています。

豊田自動織機・東浦工場アニマルパス
最後に、今後の研究の目標を教えてください。

福田

私の研究に立ち返りますと、森林保護というのは非常に幅広い学問です。森林のこと、生物のことから、都市緑化までテーマは広がります。それらのテーマを追求するなかで、忘れてはならないことは、生態系の維持を基本に据えることだと考えています。たとえば、街路樹を植える際も、ただ緑を植えるのではなく、生態系にあった樹種を選ばなくてはなりません。逆にいうと、街路樹の選定は大きなチャンスということもできます。その地域にあった樹種を植えることで小さなビオトープ(※)ができて、それが増えていけば、分断された森と森をつないでいくことができます。そうした小さな取り組みを一つ一つ重ねながら、地域の生態系を守り、人間の暮らしと自然との共存をめざしていきたいと思います。

※ビオトープは「生物の生息空間」。本来その地域に棲むさまざまな野生生物が生息することができる空間のこと。

(株)豊田自動織機のチャレンジ

(株)豊田自動織機では生物多様性保全活動の取り組みとして、東浦工場の敷地に「アニマルパス」をつくり、キツネの生息域の拡大に貢献しています。

アニマルパスが広げた、
キツネの暮らす場所。

豊田自動織機 東浦工場

愛知県知多郡東浦町緒川下婦夫坂1−1

【関連リンク】
豊田自動織機webサイト「自然共生社会の構築」

ロードキルの問題を解消するために。

(株)豊田自動織機・東浦工場でアニマルパスがつくられたのは、地域で里山の保全活動に取り組むNPO法人東浦里山支援隊の依頼がきっかけでした。「キツネの生息域が狭く、道路に飛び出して交通事故で死んでしまう事例が見られます。キツネを守るために、アニマルパスづくりに協力していただけませんか」。その呼びかけを受け、知多半島生態系ネットワーク協議会の有識者や日本福祉大学の福田秀志教授らと具現化に向けて協議を重ね、東浦工場に隣接する自然環境学習の森と樹林地をつなぐ全長250mのアニマルパスをつくることが決まりました。

アニマルパスというと、生い茂る草に囲まれた細い獣道をイメージしがちですが、キツネは人間が通るようなきれいな道を好むため、草木を抜いて人も動物も歩きやすい道を整備。道の周囲には、餌の実が成る木として、スダジイ、クリ、コナラ、ヤマボウシなどを植樹し、2018年4月、キツネの通り道が完成しました。さて、本当にキツネはやってくるだろうか--。工場のスタッフは期待と不安が入り混じる思いで、アニマルパスの各所に設置したセンサーカメラがキツネの姿を捉える日を待ち望んでいました。しかし、キツネの姿は一向に見られません。ようやくキツネの姿が発見されたのはアニマルパスの開設から半年後で、工場のスタッフをはじめ関係者一同、手を取り合って喜びました。今後もロードキル低減と生態系の保全に貢献して参ります。

敷地内で始まった、キツネ親子の暮らし。

アニマルパスでキツネの姿が発見されてしばらくすると、キツネの子どもと親が一緒に過ごしている姿がたびたび見られるようになりました。もともとアニマルパスはキツネの通り道として整備されましたが、自然環境学習の森から工場の敷地内へキツネの生息域が広がるという、思わぬ成果が生まれたのです。それ以降、東浦工場ではキツネの親子が暮らす場所に配慮し、配管工事をするときもそこを避けてルートを計画するなど、人間とキツネの共生を心がけています。また、社内外の認知を広げるため、アニマルパスのイメージキャラクターを作成。その名前を社内で募集したところ、約700件の応募が集まるなど、社員の関心も高まり、生物多様性保全に対する意識の向上につながっています。

同社では、このアニマルパスのほか、大府工場近くに「大府駅東ビオトープ」、東知多工場の湿地に鳥類保全エリア「東知多工場バードピア」を整備するなど、各工場の特色を活かしながら、生物多様性保全に寄与する活動を進めています。今後も、国際的な目標である「30by30(※)」を見据えつつ、地域の団体や専門家と連携しながら、自分たちのできる取り組みをコツコツと積み重ねていく方針です。

※30by30(サーティ・バイ・サーティ)は、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させるというゴールに向け、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。

大府駅東ビオトープ
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