経済学部 4年 髙橋 峻也さん 経済学部 4年 髙橋 峻也さん

高橋 峻也さん

SYUNYA TAKAHASHI

経済学部 4年
鳥取県/境高等学校

僕たち若い世代の活躍が、
パラリンピックの新しい未来を
つくり上げる。

パラリンピックでのメダル獲得をめざし、
やり投げの練習に打ち込む元甲子園球児がいる。
経済学部4年の高橋さんだ。
幼い頃、病気の影響から右腕に障害が残った高橋さん。
少年野球の監督だった父のもと、小学生の頃から野球を始め、
地元鳥取県の強豪校に進学。
高校3年の時に、念願だった甲子園の土を踏んだ。
現在はその強肩を活かして野球からやり投げへ転向し、
パラリンピックをめざして数々の国際大会で好記録を打ち出している。
海外に比べると日本ではまだパラリンピックへの関心は低い。
高橋さんの躍進が、パラスポーツ界の未来を変える日が来るかもしれない。

パラリンピックという
最高のステージへ。

2019年11月、アラブ首長国連邦ドバイで開催された「ドバイ2019世界パラ陸上競技選手権大会」。122の国と地域から代表選手が集まる国際大会にやり投げの日本代表選手として出場しました。競技場には色とりどりの旗がはためき、さまざまな言語が飛び交う中、これまで経験したことのない緊張感が僕を包んでいました。
体格も技術も僕をはるかに上回る外国人選手たちの間で、それでも自己ベストの記録が出せたのは、日頃の大学での練習環境や、コーチ、部員たちが一緒になって応援してくれたおかげだったと思う。しかし、6位に入賞できたものの、目標とする4位に入れなかったのは悔しさしかありません。外国人選手との力の差を感じました。
また、国際大会では海外の人々のパラリンピックへの関心の高さも実感しました。日本は海外に比べると、まだパラリンピックへの注目度は低いと思います。日本でもパラリンピックをオリンピックと同じくらい多くの人に親しんでもらえるようにするためには、僕のように若い選手が結果を出していくことが必要です。それこそが、僕の新たな使命であると思いました。

甲子園球児からパラリンピアンへ。
新たな目標との出会い。

小学生の頃、右腕に障害があった僕に、父はあえて野球を教え込みました。積極性を身につけさせたかったのか、障害を気にすることなく生きることを教えたかったのか、練習はとても厳しいものでした。捕球後、瞬時にグラブを持ち換えて送球する“グラブスイッチ”という技術を教えてくれたのも父でした。当時のことはあまり覚えていません。たぶん思い出したくないくらい練習がきつかったんだと思います(笑)。
高校3年の時にはレギュラーとして、夢だった甲子園出場を果たしました。試合当日は観客でいっぱいの客席と、大歓声が響き渡る甲子園の熱気に圧倒されました。しかし18歳の時に甲子園という大舞台に立った経験は、自分を強くしてくれました。今でも周囲の期待や応援をプレッシャーに感じることなく、むしろ力に変えて頑張ることができるのは、この経験があったからこそ。
転機が訪れたのは、高校3年の秋。進路について悩んでいたところ、日本福祉大学 陸上競技部監督の三井利仁先生から突然高校に電話がかかってきました。「陸上競技でパラリンピックを一緒にめざさないか」とおっしゃるのです。パラリンピックはもちろん、陸上競技についてもほとんど知識も経験もありませんでした。しかし、その電話に僕は、挑戦することのワクワク感を感じたのです。気が付くと翌日にはもう先生に「やります」と伝えていました。野球中心だった人生に、陸上競技という新たな道が切り拓かれた瞬間でした。

48mから57m20cmへ。
久保コーチとの出会い。

ずっと野球ばかりしてきたので陸上競技はまったく経験がなく、ゼロからのスタート。最初のうちはただひたすらにやりを投げ続けました。しかし、そんな自己流に近い投法ではひじに負担がかかり過ぎ、2年の時にとうとうひじを負傷。ケガのショックで練習にも力が入らなくなりました。挫折しそうな僕を救ってくれたのは、新たにコーチとして来てくれた久保さんでした。三井先生が僕の様子を見て、陸上競技のコーチを探してきてくれたのです。
この久保さんとの出会いが、やり投げの競技者として僕を大きく変えてくれました。久保さんからの指導により、ひじに負担をかけることなく、しかも飛距離を大きく伸ばす投法を身につけることができました。当時48mだった記録は、約1年後ドバイの大会で57m20cmに達しました。成績の向上は自信につながりました。「こうすれば飛ぶ」「こうやって体を使えばいいんだ」とわかって、初めてやり投げが理解できた気がします。本当に久保さんに出会っていなければ、今の自分はいないと思います。

コロナ禍に翻弄されながら。

2020年2月から9月までの間に開催される予定だった試合が、10試合ほど中止になりました。同年3月下旬にはオリンピック・パラリンピックの延期も決定されました。やはり落ち込みました。
そんな僕を見て、コーチや監督は「気持ちを切り替えるために、2021年の夏に向けて計画を立てよう」と提案してくれました。今ではなく、未来を見据えることで気持ちが前向きになる。2021年のパラリンピック開催に向けて、まずは今年、日本パラ陸上競技選手権大会があります。ここで60mの壁を越えること。さらに、来年の4月までにやり投げ選手ランキング6位に上げる。これがパラリンピック参加への絶対条件だと考えています。
そのために、コーチの指導によって練習方法も変えました。それは「練習を試合のつもりでやる」ということです。練習だからといって雑にこなすのではなく、試合のような緊張感、真剣味で臨む。この練習方法によって、記録も徐々に安定してきています。記録が安定するということは、1発大きいのが出せる、という可能性を秘めているのです。
実は僕は、日本福祉大学の4年生としてパラリンピックに出場することにこだわっていました。日本福祉大学の名前を背負って試合に出たい。そしてそこで結果を残せれば、今まで4年間にわたって、僕の成長を支えてくれたコーチや監督、仲間たちに対して、恩返しができると思っていました。そのせっかくの機会が延期によって失われてしまったことは、残念でなりません。
しかし、もう今は前しか見ていません。卒業後は日本福祉大学大学院へ進み、今と変わらない環境で練習をし、日本福祉大学の卒業生として胸を張ってパラリンピックの表彰台に立つ日をめざして。

前を向いて、歩め。

今の高校生たちも大変な困難の中にいると思います。甲子園なども中止になり、僕と同じように絶望の淵に立っている子もいるかもしれません。でも、「プラスに考えること」が、君たちに力を与えてくれるはずです。一つ、僕のとっておきの気持ちを切り替える方法を教えます。
頭の中で勝利者として表彰台に立っている自分をイメージするのです。大きな歓声が競技場の中にこだまして、胸を張り、メダルを高く掲げている自分です。
そんな明日の自分に向けて、今、一歩一歩着実に歩んでいる、そのような思いが、僕を強く、前向きにしてくれている。きっと君たちもそんなふうにして、前を向くことができると信じています。

久保コーチが見た、高橋さん。

(久保さん)「出会った時、高橋くんはひじをケガしていましたが、逆にケガをして練習を休んだため、悪い癖が抜けてきた頃だったのかもしれません。僕の指導に素直に答えてくれました。高橋くんは闘争心があって負けず嫌い、なおかつ素直。僕が言ったことをすぐに体現してくれるので、指導者としてもやりがいがあります。陸上選手は記録が伸びてくると、それがやる気につながっていく。今は、コロナ禍によって、試合も少なくなっていますが、そんな中、高橋くんのモチベーションをどう維持させるかということが大事だと考えています。パラリンピックに向けて、本人のやる気を大切に、できる限りのフォローをしていきたいと思います」

高橋さんの資質を見抜いた、
陸上競技部監督 三井利仁先生

2017年にスポーツ科学部を開設するという話を伺い、年齢や障害の有無などに関わらず、すべての人にスポーツの楽しさを伝える技術を身につけるというインクルーシブな考え方に感銘を受けました。開設の前年度から準備に携わり、この環境の中で、オリンピックとパラリンピック両方の選手を輩出したいという思いを強くしました。そんな僕の理想を実現してくれる選手を探して、さまざまな場所にも足を運び、知り合いに声をかけ、新聞やインターネットを調べ、ようやく出会ったのが高橋くんでした。野球の投法からやり投げの投法に変えていくことには相当苦労したと思いますが、私の予想を超えるスピードで競技者として成長を遂げてくれました。久保さんというコーチとの出会いも良い影響を与えていると思います。パラリンピックへの強い思いを持ち、このまま技術を磨いていけば、メダルへの到達も夢ではありません。

※掲載内容は2020年7月取材時のものです。

●高橋さん
スポーツに出会わせてくれた両親です。僕の人生にスポーツがなかったらと考えるのも怖いくらい、自分とってスポーツは欠かません。障害のある子どもに、あえてスポーツをさせてくれた親だったからこそ、今もこうしてやり投げに思い切り打ち込むことができているんだと思います。

●三井先生
大切にしていることは「納得」です。陸上競技部の監督として、部員にいつも言っているのは「日々納得しなさい」ということ。自分で責任を持って納得するまでやれば、結果は悪くても後悔はしませんから。自分に対して日々「納得」することを大切にしていきたいですね。

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