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健康科学部 大西満教授率いる車いすハンドボール日本代表チームが世界選手権大会で銀メダルを獲得
車いすハンドボール日本代表チームが世界選手権で初の銀メダルを獲得!
2026 IHF車いすハンドボール世界選手権の決勝で、大西満監督率いる日本代表は開催国スペインと対戦しました。惜しくも世界一にはあと一歩届きませんでしたが、2回目の出場で初となる銀メダルを獲得する快挙を成し遂げました。試合は地元スペインの熱狂的な応援を受ける相手チームに対し、日本も怒涛の反撃を見せてセットを取り返すなど、最後まで勝負の行方がわからない白熱した攻防が繰り広げられました。中でもエースの諸岡晋之助選手は圧巻のパフォーマンスでチームを強力に牽引し、大会通算59得点で得点王と男子MVPの二冠に輝きました。初出場のエジプト大会の5位からわずか2年で世界の頂点を争うトップクラスへと飛躍を遂げた日本代表。世界の舞台で堂々と躍動した選手たちの挑戦は、多くの人々に大きな感動を与えました。
スピードと激しい攻防が魅力
車いすハンドボール(4人制)は、専用の車いすを操り、激しい攻防とスピーディーなパスワークでゴールを競う競技です。障害の程度に応じたクラス分け(1~4点)があり、コート上の合計持ち点は11点以内と定められています。360度回転シュートや7mスローなどの独創的なゴールには2点が与えられる独自のルールが魅力です。現在、国際ハンドボール連盟(IHF)を中心にパラリンピック正式種目採択に向けた取り組みが世界規模で急速に進められています。障害の有無を超えて誰もが挑める高い戦術性を誇り、パラリンピックの舞台での躍動を目指して世界中で熱い強化と普及が進む注目のパラスポーツです。
普及と国際化が進む車いす競技
1988年頃、京都でルールが考案され日本で始まりました。2003年に連盟が設立され、国内での普及が進められてきました。国際的には1993年のシンポジウムを皮切りに、ヨーロッパでの公式戦を経て国際ハンドボール連盟(IHF)によるルール統一が進みます。2022年に第1回世界選手権が開催されて以降、国際大会の拡充が急速に進行しています。現在は健常者と障害者が共に楽しむ普及面と、パラリンピック競技採択を目指した世界規模での強化が着実に進んでいます。
世界大会に向けたクラウドファンディングなどの取り組み
日本代表が世界選手権で躍動する裏には、資金的な課題を乗り越えるための取り組みがありました。パラリンピック非種目のため遠征費や強化合宿費の多くを選手個人が負担する状況が続いていました。 そこで連盟はクラウドファンディングやスポンサー獲得により支援を集め、継続的な強化合宿の実施や映像分析体制の構築、選手の負担軽減を実現しました。この取り組みがチームの総合力を引き上げ、今回の世界選手権での快挙と次世代への波及効果へと繋がりました。
パラスポーツで拓く共生社会
大西満教授は、パラスポーツの普及・振興を通じて、多様性を認め合う共生社会の実現を目指しています。健康科学部リハビリテーション学科では、車いすハンドボールの競技現場の課題に対し、科学的アプローチで解を導き出す研究に取り組んでいます。選手の心理的サポートに向けた「スポーツ状態不安」の解明や、車いすを漕ぐ「プッシュ回数」に着目した負荷管理など、安全性の確保とパフォーマンス向上の両立を追求しています。また、パラスポーツが持つ高い教育的価値にも着目し、体験型学習を通じて子どもたちの認識を単なる「不便さ」から「工夫による可能性の広がり」へと転換させ、多様性を尊重する姿勢を育んでいます。研究知見を教育現場や地域社会へ還元し、現場の課題を再び研究へ活かす循環構造の構築を目指しています。
大西 満 おおにし・みつる
日本福祉大学 健康科学部 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 教授
1961年まれ。神戸大学大学院医学系研究科修了(保健学修士)。専門領域は小児リハビリテーション、子育て支援、パラスポーツ(車いすハンドボール)。研究面では、車いすハンドボール代表選手や候補者を対象に、運動競技能力とスポーツ不安(状態不安・特性不安)の関係性を分析する研究を精力的に推進し、日本パラスポーツ看護学会や日本作業療法学会等で発表を行っている。また、日本教育心理学会ではPS(パーソナルサービス)室との協働による多様な学生ニーズへの新たな支援の可能性を提案するなど、学生支援・教育分野の実践研究にも深く携わる。また、車いすハンドボール日本代表監督として、パラスポーツの普及・振興や、障害の有無に関わらず誰もが参加できるインクルーシブなスポーツ環境の構築に研究・実践の両面から取り組んでいる。日本車椅子ハンドボール連盟等で指導・強化にあたり、2026年世界選手権では日本代表を初の準優勝(銀メダル)へと導いた。


