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第19回 高校生福祉文化賞エッセイコンテスト

入賞作品

20回記念特別賞

20回記念特別賞

第1分野 ひと・まち・暮らしのなかで私の靴

田中 万夕花(横浜雙葉高等学校 3年)

お気に入りの靴を履くたびに思い出す出来事がある。中学生の時、塾に向かう途中であるおじいさんと出会った。おじいさんは買い物袋を持ってゆっくりと歩いていた。見たところ足が悪いようで壁を頼りにしないと進めない。周りには多くの大人が忙しなく過ぎていくが、誰も声をかけなかった。私もおじいさんを横目で見ながらその場を通り過ぎた。周りの大人と同じで急いでいたのだ。塾に遅れそうだったから。駅の階段を下りながら、声をかけて迷惑がられたら嫌だから、と自分に言い訳をした。

しかしふと、そんな自分が恥ずかしくなった。あのおじいさんがこの階段を一人で下りることができるだろうか、と不安になった。途中まで下りた階段を再び上がって、先ほど見た時とあまり変わらない位置で一歩一歩前に進んでいるおじいさんに声をかけた。とても勇気が必要だった。なんと言って手を貸せばよいのか分からず、断られたらもっと恥ずかしいと思いながら半分強引に「荷物お持ちします」と言って荷物を持った。おじいさんは迷惑がることなく、笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。その瞬間、塾に遅れそうな状況も忘れて幸せな気持ちになった。

今、感染症の影響で人と人との距離が遠くなった。知らない人に声をかけることに気が引けてしまう人も多いだろう。私もそうだ。このご時世に声をかけたら迷惑に思うのではないか、と。まさに中学生の私が知らないふりをしてあの場所を通り過ぎた時と同じことを考えてしまう。だが、助けを必要としている人に誰も手を伸ばさなかったら、この世界はどうなるだろう。あの時と同じような幸せな気持ちを感じることはできるだろうか。

荷物を受け取った私の足元を見ておじいさんが「その靴はあなたによく似合っていますね」と言った。だからこの靴を履くと、そのたびに気合いが入る。今日も助けを必要としている人の手を掴むぞ、と。

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審査員のひとこと

通りすがりのおじいさんの荷物を持ってあげた経験と、靴を登場させる構成が上手く、作品の世界観に引き込まれました。中盤、おじいさんに声をかけるまでの心の葛藤もとても良く描写され、実際の行動と共に上手にまとめています。靴をほめてもらったという最後のエピソードも強く印象に残りました。

結びの文章には力みが感じられましたが、気持ちが素直に表現されている作品として、審査員から評価されました。

20回記念特別賞

第1分野 ひと・まち・暮らしのなかで強く、心をつなぐ

佐伯 理奈(光塩女子学院高等科 1年)

スミさんは私を見かけると必ず声をかけてくれる近所に住むおばあさんだ。私と同じ年のお孫さんがいることもあり、温かく接してくれる。コロナ禍で外出制限の日々の中、買い物に出かけたコンビニで数カ月ぶりにスミさんと再会した。マスクをしているスミさんを見たのは初めてだった。痩せて小さくなられた気がした。近況を話す中でスミさんがワクチン予約を取りたくて電話をかけているがつながらず困っていると聞いた私は、スミさんにスマホを貸してと頼んだ。以前、お孫さんがプレゼントしてくれたというスマホを見せてもらったのを思い出したのだ。手渡されたのはLINEだけが入ったスマホだ。私はその場でワクチンのネット予約ページを開き、日程は限られてしまうがネットだとまだ予約可能だと伝え、相談しながらその場で予約を取った。スミさんは何度も何度もお礼の言葉を口にし、とても喜んでくれた。後日、スミさんは私の家にわざわざ来て、お孫さんから私宛のLINEを見せてくれた。「ばあちゃんを助けてくれてありがとう」という短い文にスミさんを想う気持ちが詰まっていた。

私もコロナ流行後は祖母となかなか会えていない。その分、まめに電話をする。先日、祖母が病院帰りのバスで高校生に席を譲ってもらったときに、私と重なり嬉しかったと話してくれた。ダンスの先生をしていた祖母は姿勢が良く、身のこなしも軽い。実年齢よりずっと若々しく見える祖母から「病院」や「席を譲ってもらった」という言葉が出たとき、私は少なからずショックを受け、久しぶりに会った際にスミさんが瘦せて小さく見えたことを思い出した。そして、祖母に席を譲ってくれた人に感謝の気持ちでいっぱいになった。

会えない大切な人を想う気持ち、目の前にいる人のために動く力、感謝の心。行動や人流が制限されても、マスクで表情が乏しく見えても、私たちはウイルスに負けることなく強く心をつないでいる。そう感じる毎日だ。

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審査員のひとこと

近所のおばあさんに代わってスマホでワクチンの予約をしたという、コロナ時代ならではの日常が描かれています。スマホに慣れた高校生にとっては当たり前のことを人との触れ合いに繋げてまとめた作品で、気持ちの良い読後感がありました。

久しぶりに会ったおばあさんが「痩せて小さくなられた気がした」という一行に作者の観察眼の鋭さが感じられ、優しい気持ちが伝わりました。また、会えなかった時間の経過やいろいろな想いもうまく表現されています。

20回記念特別賞

第2分野 スポーツ・文化活動を通してリスペクト

中田 崇文(日本福祉大学付属高等学校 1年)

私は「リスペクト」という言葉が好きだ。

ある夏のサッカーの試合のときの話だ。私はユニフォームに着替えてロッカールームを後にした。外に向かって歩いていると相手チームの選手に「こんにちは。」と、言われた。普段なら挨拶を返すが、試合前、相手にする必要はないと思い通り過ぎた。ピッチに立ち、周りを見渡すと天気は快晴で、絶好のサッカー日和だった。

試合が始まった。序盤から激しい当たりや、攻撃と守備が繰り返されていた。気温よりも熱い白熱した戦いだった。

時間は後半の三十分が経過した頃だ。味方の選手の足がつってしまった。きっと頑張って走ったのだろうと思い、近づこうとしたときだ。相手チームの選手が足を伸ばしてくれたのだ。私は戸惑った。敵だから助ける必要はないと思っていたからだ。そう思いながら代わるために話しかけた。すると、「この子に、よく走ったよ。ナイスプレーって、伝えておいて。」と、言われた。このとき、私は気付かされた。たとえ敵だとしても、一人のサッカー選手を「リスペクト」してくれている、ということを。

ふと試合前に挨拶をされたことを思いだした。私をリスペクトしてくれていたと思うと、挨拶を返せなかったのは申し訳ない気持ちで一杯だ。

その後、最後の最後で点を決められ、試合に負けてしまった。しかし、気持ちは青空のように晴れていた。試合の勝敗で学んだこともあるが、なにより相手を思いやり、尊重する「リスペクト」の心を学べたからだ。

これからは、リスペクトを大切にしよう。そう心に誓った。リスペクトをすることで、たくさんの人の笑顔が見られる。その笑顔で自分も心が満たされると思ったからだ。

今でもその心を大切にしている。なぜなら、たくさんの「返事」がもらえるからだ。

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審査員のひとこと

サッカーの試合の際、相手チームの選手が味方の選手を気遣ってくれた経験を通じて、スポーツとは何か、リスペクトの心とは何かを学んだことが描かれています。スポーツにおいて、相手は互いに高め合っていくライバルであり、 そこにリスペクトがあることに気づく展開に、好感を持ちました。

それまでの自分の態度や振る舞いを振り返り、一つひとつ納得しながら学んでいく様子も微笑ましく思いました。

20回記念特別賞

第3分野 わたしが考えるこれからの社会誰もが自分らしく生きられる社会へ

前島 涼花(愛知県立杏和高等学校 2年)

「助けないと……。」

私は物心がついた時から、障がい者の方を見かけた時こう思っていた。しかしそれは本当の優しさなのだろうか。もしあなたがその場にいたらどう考え、何をしますか。

私は小学校の時から手話に興味を持ち、現在高校の授業で手話の普及について調査をしている。調べていくうちに、なぜ手話が広がらないのか疑問に思い、手話に詳しい先生に話を聞いてみた。その時、衝撃を受けた言葉があった。それは「障がい者の方の中には助けを求めていない、助けられたくないと感じている人が少なからずいる。」という言葉だ。私はその言葉を聞いて、ふと祖父を介助していた時の事を思い出した。

私が小さい頃から、祖父は右下半身麻痺を抱えており、日常生活で不便な事が多かった。だから私は、祖父が出来そうにない事を隣で手伝ってきた。どんなに些細な事でも祖父は笑顔で「ありがとう。」と言ってくれた。その笑顔と言葉がとても嬉しくて、もっと手伝って喜ばせてあげようと、出来る事をなんでもやってあげた。しかし「もしかしたら、私は祖父自身が一人で出来ていた事も手伝って欲しくなかった事も、全て私がやってしまっていたのではないか、ただ私自身の自己満足だったのではないか……。」と後悔している。

「助けたい。」という善意の思いでも、障がい者の方からすると「差別だ、余計なお世話だ。」と捉えられてしまう場合があるらしい。

調査を通して、私は『共生社会』を目指していきたいと思うようになった。真の『共生社会』とは、誰もがやりたい事をやりたい時に、自分の意志で行える社会だと思う。だから私は、相手を尊重し、求めている事に手を差しのべていきたい。どんな人も分け隔てなく暮らしていける社会。健常者も障がい者も、赤ちゃんも高齢者も、男性も女性も、日本人も外国人も、誰もが差別を受けず、お互いを支え合いながら自分らしく生きられるように。

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審査員のひとこと

この作品のテーマは、障害のある人と接するときに、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。自身の経験を振り返りながら、障害者を助けることは良いことだ、という幼い頃からの自分の考え方を再考し、助ける・助けられる関係性を捉え直しています。

改めて共生社会の意味を考え、共に支え合う社会の大切さを自分の考えに基づいて書いている点を評価しました。広くみんなで問題意識を共有できる作品になっています。