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2013年度作文コンクール入賞作品一覧

特別賞 「「潮風の一本道」から学んだこと」

南知多町立豊浜中学校 3年 坂野加奈

お父さんの祖母が亡くなり何年も経つのに、毎年お盆が近づくとたくさんの人が仏壇にお参りに来てくれる。この間も岐阜の方からお参りに来てくれた。父の食堂に来るお客様だそうだ。私はおばあちゃんの事を書いた本がいつも仏壇に置いてあるので読んでみることにした。本の中には、何十年も前の木造の頃の食堂の写真や、豊浜の写真が載っていた。昔の写真をみると同じ豊浜なのに何だか不思議な感じがした。

おばあちゃんの生い立ちを読んでみると、私と同じくらいの頃から働いていたことにまず驚いた。小さい頃から家事や畑仕事の手伝いはもちろん、家を出て製糸工場へ住み込みで働いていたそうだ。今の私達の生活とは大違いだ。中学を出て高校へ行こうと決めていることが当たり前ではない時代だった。私なんて勉強が苦手なので塾まで入れてもらっている。一方この頃の子供は自分が働いた給料も実家へ送っていたそうだ。

おばあちゃんは初めから食堂旅館の仕事をやっていたわけではなかった。初めは魚商だった。豊浜の海でとれた魚をカンカンに入れて名古屋まで売りに行っていたそうだ。車なんてないのでかついで名古屋まで行ったそうだ。でもおばあちゃんは魚を売りに行く往復の時間さえも無駄にしなかった。電車の中では知らない人とでもなるべく話をして、自分の知らないいろいろな事を勉強したそうだ。印象にある言葉に「何事も勘考しないといけない。」という言葉がある。ただ何かをやるのではなくて、「勘考」をしながらやるのとでは全く違うそうだ。その通りだと思った。私はこの「勘考」するという言葉がとても気に入った。私も明日から勘考しながら行動したいと思った。

そして小さいが土地を買い、そこで魚屋を始めた。豊浜でとれた魚を売ると、そのうちに捌(さば)いてくれんかね?」と言われるようになった。いいよといって捌(さば)いてあげると今度は「買った魚を料理してくれんかね?」と言われ料理して食べさせるようになった。料理を出すと次は「お風呂に入りたい。」、次は「泊まりたい。」と言われた。しかしそんな無理な要求にも喜んでこたえていたようだ。そして、そんなお客様の要求を聞いているうちに自然と今の様な食堂旅館になっていた。

この本の中に「人に喜ばれることをやれ。」という言葉がある。正直、私はあまり人から何か頼まれることが好きじゃない。つい、面倒だと思ってしまう。そのたびに父にいつも「頼まれ事は試され事だと思え。」と言われるが、できない。うめさんはきっと頼まれたことをやってあげたいと思える人なんだろう。

私もこれから沢山のいろいろな事を勉強して、将来は人が笑顔になれるような仕事に就きたいと思った。自然豊かな豊浜の恵まれた環境に感謝し、私も負けずに頑張ろうと思った。

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