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2010年度作文コンクール入賞作品一覧

日本福祉大学学長賞 「魚たちに気づかされたこと」

半田市立半田中学校 2年 山﨑優里

その海は、色とりどりの魚たちが優雅に暮らす楽園でした。

しかし、それと同時にとても深く、恐ろしい傷跡が残っている戒めの場所でもあったのです。

私は夏休み、サイパンに旅行に行きました。そこで、潜水艦に乗って水深十五メートルの海底を見ました。そこには見たこともないような綺麗な魚がたくさん泳いでいました。しばらく海底を進んでいると、第二次世界大戦のときに墜落したアメリカの戦闘機が見えてきました。もう六十年以上前のものなので、たくさんのコケがびっしりはえていました。でも、プロペラや銃弾などもしっかりとした形で残っていました。私はそれを見て、正直すごいと思ってわくわくしてしまいました。歴史に触れられた感じがしたのです。

もっと先に進んでいくと、第二次世界大戦のときに日本の物資などを運んでいた末広丸という、その時代の日本では最大級の貨物船が沈んでいました。そこは、皮肉なことにたくさんの魚の住み家となっていました。昔の傷跡が未だに残る場所に、現在では色鮮やかな魚たちが悠々と泳いでいるのです。私は何とも言いがたい、不思議な気持ちになりました。天国と地獄が同時に、同じ場所に存在しているのです。戦争と平和が、同時にそこにはあるのです。

また、そうした戦争の傷跡は海底だけではなく、地上にもありました。マニャガハ島というとても小さな、海に囲まれた島には、大きな砲台がとてもどっしりと残っています。今はマリンスポーツを楽しむ観光客が大勢訪れる人気の島も、昔は戦争の舞台だったのです。私はその砲台を目にした時、最初は作り物だと思いました。だって、そこには真っ白で綺麗なビーチが広がっていて、そこにぽつんと佇んでいる砲台がとてもとても不似合いで…、戦争があったとは到底思えなかったのです。

サイパンに未だなお残っているたくさんの戦争による傷跡。それらはまるで、現代を象徴するかのように思えました。戦争を経験することもなく、生まれてきてからずっと平和な環境で育ってきた私達。現代の私達にとって戦争は他人事のようになってきています。

長い年月によってだんだん脆(もろ)く、風化してきている傷跡。でも、それらは決して完全に無くなることはないのです。それは、人々の心も同じことだと私は思います。平和な暮らしにより徐々に薄れ、忘れかけてしまっている恐ろしい戦争。戦争がおこる原因は、それぞれの国の事情により、いろいろあるのかもしれません。しかし、本当はどの国も戦争がしたいわけではないと思うのです。だからこそ、たくさんの国が協力しあい、戦争がある国の仲立ちをして少しずつ戦争を無くしていけばいいと思います。それはきっと難しい事だけれど、私が大人になったら、実現するようにきちんと意見を言える人になりたいです。

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