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第17回 高校生福祉文化賞エッセイコンテスト

入賞作品

ひと・まち・暮らしのなかで 入賞作品

最優秀賞

声を聴かせて

池田 遥(広尾学園高等学校 二年)

 耳の聞こえないひいおじいちゃんの声は、優しくて穏やかで、そして力強かった。
 東京に住む私は名古屋に住む曾祖父母と年に一度しか会えなかった。ひいおじいちゃんは、日課としてイヤホンでラジオを聴いていたが、そのイヤホンから漏れる音が年々大きくなり、いつからか彼の日課はラジオから読書へと変わってしまった。口数も減り、小さくなっていくような彼の姿を見る度に、心がキュッと締まった。それでも、ひいおばあちゃんは自分の声を大きくして話しかけ、決して筆談や手話に頼ることなく、「声」にこだわり続けた。
 「今日の夕ご飯は何がいい?」
ひいおばあちゃんがそう聞くと、
 「え?なに?」
と聞き返すひいおじいちゃん。おそらくこの会話は毎日繰り返されているだろう。でも二人とも伝わらないもどかしさよりも、会話する楽しさを感じていたようだった。ようやく言葉が通じた時、ひいおじいちゃんはきまって
 「はるちゃんが食べたいもの」
と暖かさで包まれるような、でもはっきりとした口調の声で言うのだった。そんな優しいひいおじいちゃんと、声を大事にしていたひいおばあちゃんは知っていたのだろう。声が言葉の内容だけでなく、感情や想い、そして愛情を届けるということを。一見不便そうな二人の会話は、お互いの「声」を感じるためのものであり、お互いの想いを届けるためのものだったのだ。私は二人が会話するのを見るのが好きで、二人の声を聞くのが大好きだった。お互いを想ったような優しくて力強い声はどこかかっこよくて、魅力的だった。
 一昨年、ひいおじいちゃんはひいおばあちゃんの「あなた、あなた」という声を感じながら安らかに息を引き取った。私は今もひいおじいちゃんの遺影に手を合わせ、声を発し続ける。
 「ひいおじいちゃん、声を聴かせて」

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審査員のひとこと

 ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのやりとりがしっかり描写されていて、二人の人柄や心のつながりが読者に伝わる作品です。
 高齢になりラジオの音や人の声がよく聞こえなくなったことを否定的にとらえるのではなく、ほほえましいエピソーを通して前向きにとらえているため、最初から最後まで温かい気持ちで読むことができました。
 構成や文章力に優れていることも、最優秀賞に選ばれた理由です。

優秀賞

この手には、

中山 純花(東洋英和女学院高等部 三年)

 家に着いたら、まず英作文。それから―。
 頑張れば頑張るほど、受験生としての孤独と焦りに追い込まれる。そんな日々に追われる毎日。その日も、疲れた私がいた。
 「ずましぇん、おりるのてつだてくしゃい。」
その声に、少し驚き振り向いてみる。
 体の大きな男性。しかも機能がたくさんついている車いすに…嫌だとか、そんな気持ちではなく素直に、ただ素直に…無理だよ、やったことない。近くにがっしりとした男の人もいるのに、何故わたし!心臓がバクバクと大きな音をたてて答えている。でも、その人の目は一直線に私を見ていた。
 「できるかなぁ。」
と、口から漏れ出たことば。その瞬間、
 「できましゅ。」
と、大きなはっきりとした声。次の瞬間には私は車いすのハンドルにしっかりと手を置いていた。まもなく電車が停車しドアが開く。ハンドルを握った手からは、すでに大量の汗が溢れ出していた。そろっと、そして慎重に車いすを押してみると、思っていたよりも軽やかに進む。大きな車輪は電車とホームの段差も難無く通過する。
 「すべて、できましゅありがとう。」
彼から最後にもう一度掛けられた言葉は、私の心のあたたかい場所にそっと置かれた。時間にしてしまえば数分のこと。でも、私には何時間にも感じられる重く大切な時であった。
 ひとりになった私は車窓から流れゆく景色を目で追いながら、走馬灯のように思い出す。わざと私に声を掛けたの?このパワーをくれるために。私、そんなに暗い顔していたかな。あなたは、すべてお見通し?さっきまで、緊張で汗ばんでいた手のひらは、たくさんの太陽を浴びキラキラと輝く新緑の若葉のように生き生きとして見えた。この手は、たくさんのことを成せるのだ。それを気付かせてくれた彼に、階段をひとつ上がった私から、こちらこそ勇気をくれてありがとう、を。

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審査員のひとこと

 日頃から書き慣れているのでしょう。文章がとても上手で説得力があります。
 車いすの男性から声を掛けられた時の「心臓がバクバクと大きな音をたてて」といった描写が臨場感にあふれており、情景が目に浮かびました。車いすに乗った男性を電車から降ろした体験が、作者にとって大きな出来事だったことが伝わってきます。
 感情だけでなく状況もよくわかり、タイトルを含めてまとまりのよい作品です。

優秀賞

手紙が運んだ“しあわせ”

奥原 綾香(日本女子大学附属高等学校 一年)

 「人のしあわせ」、それはどこにでもある温かいものだと私は思う。人とのつながりや何気ない日常のなかにも幸せは転がっている。私には大好きな曾祖母がいた。会津にある母の実家へ行くと、いつも一緒に料理を作ったり、会津の民謡を教えてもらったりしていた。中学生になってからは、文通をしていた。電話より手紙の方が心が伝わるだろうという理由でなんとなく始めた文通だったが、手紙をやりとりしていくうちに私の心のよりどころとなっていった。直接顔を見て話せないからこそ更に相手を思いやり、短い手紙にありったけの想いを込めることができた。
 夏のある日だった。曾祖母の誕生日に届くように準備したガマ口財布といつもの手紙。折り鶴の刺繍が入っているきれいな藤色のガマ口財布は、雑貨屋で一目みた時に曾祖母にあげようと決めて、お手伝いでコツコツ貯めたお金で買ったものだった。その甲斐あって曾祖母は涙を流して喜んでくれた。その事をきいて私は、照れくさいような嬉しいような不思議な気持ちになった。胸がいっぱいで、なんだか心が温かくなって泣きそうになった。その数日後、曾祖母は持病が悪化して入院した。それから一週間後に曾祖母は息を引きとった。枕元にはこれまでの手紙とガマ口財布が大切そうに置いてあった。ガマ口が少しふくらんでいたので内を見ると、手紙が入っていた。誕生日プレゼントがとても嬉しかったこと、文通が毎日の楽しみだったこと、心に残っている思い出などがつづられていた。私の心に何かがこみ上げてきて、涙がとめどなくこぼれた。泣いて泣いて日にちだけが過ぎていった。しばらくして、悲しみが少し薄れると曾祖母の笑顔を思い出せるようになった。曾祖母が私に残してくれたのは、やさしい“しあわせ”だった。
 「人のしあわせ」これはどこにでもあるが不変ではない。今、目の前にあるささやかな幸せをかみしめながら生きたいと私は思う。

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審査員のひとこと

 母の実家に行った時に曾祖母から教えてもらったこと、ガマ口財布の説明や、ガマ口財布に入っていた手紙の内容などが具体的に書かれていて、やりとりが目に浮かぶように伝わってくることが、優秀賞に選ばれた理由です。こうした小さな体験を通して気づいた“しあわせ”を、これからも大切にしてほしいですね。
 最後の三行は、作者が感じたことや将来に向けての決意といった自身の言葉で締めくくれば、さらによい作品になったと思います。

審査員特別賞

笑顔のブーメラン

強矢 千絵(埼玉県立小鹿野高等学校 二年)

 「キュルキュル!ドドドド!」
 右手にインパクトドライバーを持つ私。こんな高校生活になるとは、入学当初思ってもみなかった。
 高校一年の冬。生徒会に所属している私は、町長と対談する機会があった。
 「竹あかりをやりませんか?」
と、町長に生徒会から直接提案した。竹あかりとは山から切り出した竹に穴を開け、その中にキャンドルを入れて火を灯した作品のことだ。穴からもれる灯りがなんとも美しい。
 町長はこの提案を快諾してくださった。それから、地域おこし協力隊という強力なサポーターと共に竹あかりの活動が始まった。協力隊の方々から知識と技術を教わりながら、「竹あかりでたくさんの人を笑顔にしたい」という想いでこの活動に取り組んだ。
 そして、ついに初めてのイベントの日。観光名所の氷柱へ続く道を、竹あかりで照らすというものだ。もちろん活動は夜。凍えるような寒さで、大変だと思うこともたくさんあったのだが、私は楽しくて仕方がなかった。
 なぜ楽しかったのだろうか。それは、「たくさんの人の支えと笑顔」があったからだ。先生方、協力隊の方々、あたたかいポトフ、ほんのり甘い甘酒、ほかほかの握りたてのおにぎりを作ってくれた地域の方々。いつの間にか、私はたくさんの人とつながり、支えられていた。観光に訪れた方々は、笑顔で「すごくきれいですね。」と、声をかけてくださった。「竹あかりで笑顔になってほしい」という私の想いは届き、イベントは見事大成功。
 達成感・充実感・感謝…様々な気持ちに満ちあふれ、私は日本一幸せな高校生だと思うほどであった。
 「あれ??」
ふと思った。人を笑顔にしたいと思っていたのに、私も笑顔になっている。まるで笑顔のブーメランのようだ。そして、今日も私は、竹に穴を開けていく。

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審査員のひとこと

 「竹あかり」という作者が住む地域の活動を取り上げ、「竹あかり」の説明から作者が何をしたか、観光に訪れた人が掛けてくれた声などが具体的にわかりやすく書かれています。
 冒頭の「インパクトドライバー」を一般的な名称にしたり、「他の高校生は参加しなかったのか」といった読者が知りたい情報も書かれていれば、もっとこの作品の魅力が増したと思います。