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業

「ふくし」と仕事

さまざまに広がる仕事―。 本学の学びや取り組みが活かされています。

卒業生の声

医療を通して地域をつくる
~「生まれ育った志摩地域のために役立ちたい」という気持ちが原動力~。

三重県立志摩病院 地域連携センター長
(公益社団法人 地域医療振興協会から配属)
社会福祉士・精神保健福祉士

前田 小百合さん

三重県生まれ。1989年3月、日本福祉大学社会福祉学部卒業。
卒業後、中学校講師等を経て阿児町役場、志摩市役所に社会福祉士として勤務。2011年、三重県立志摩病院を管理運営する公益社団法人地域医療振興協会に転職し、ソーシャルワーカーとしての活動を続ける。2007年3月、日本福祉大学大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻(通信制)修了。修了後から2016年2月まで日本福祉大学非常勤講師としてソーシャルワーク演習Ⅰ~Ⅳを担当。2016年秋より、厚生労働省社会・援護局「地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制のあり方に関する検討会(仮称)」委員。

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大学を卒業してからのあゆみをお聞かせください。

 いくつかの職を経て、ソーシャルワーカーを目指しました。阿児町役場で社会福祉士募集があり資格取得見込みで1994年採用、2年後に資格を取得しました。高齢者福祉、障害者福祉、介護保険、在宅介護支援センター等を経験し、2004年の志摩市誕生を機に福祉事務所へ配属。地域福祉課では、原田正樹先生(日本福祉大学)にご指導いただき計画策定を進めると同時に日本福祉大学大学院(通信制)社会福祉学研究科で「地域を基盤としたコミュニィティソーシャルワーク実践」に関する研究を行いました。市地域福祉計画によって所内に分野別を廃したふくし総合支援センター(地域包括支援センター含む)を創設、ソーシャルワーカーとしていち早く高齢者虐待対応システムを構築しました。この虐待の早期発見から措置、防止の取り組みは全国的にも注目され、関西クローズアップ(NHK大阪放送局)でも放映されました。
 2011年、地元で唯一の総合病院である県立志摩病院に指定管理者制度が導入されることになった際、地域医療振興協会から声をかけていただき転職、現在に至ります。

大学での生活はいかがでしたか。

 入学する前に抱いていたイメージそのままの大学で、学生同士で熱く語り合いました。児童文学研究会に所属したり、引越会社や古墳調査(友人からは「発掘」というあだ名で呼ばれるように)のアルバイトをしたりするなど、充実した4年間を過ごすことができました。学生生活で特に記憶に残っているのは、ゼミでの活動です。3年生の時にインドを放浪し、貧困の実態を含めいろいろと見て学んできたのですが、それを卒論にまとめる際に、先生は適切なアドバイスをくださいました。また、人を受け入れることが福祉であるということもゼミで学びました。

5月に厚生労働省保険局内の勉強会へ招かれ、県立志摩病院を中核とした地域包括ケアについてお話しされたと聞きました。前田さんが地域連携センターで行っている活動内容について教えてください。

 当院が所在する志摩市は、高齢化率36%を超えています。少子高齢化が急速に進む地域では、人と人、機関と機関が手をつなぎ、複雑多様化するニーズに応えていく必要があります。患者よりも家族が問題を抱えているケースも多く、ソーシャルワーカーには包括支援が求められています。私は課題を抱える患者を中心に医療・介護・福祉・地域が一体となって個別支援ネットワークをつくり、患者自身の課題解決を支えていく必要があると考えました。ここでは、個別支援と地域支援を総合的に行うコミュニティソーシャルワークの学びが生かされました。個別支援ネットワークの積み上げが、地域包括ケアシステムを実現させていくものと思います。
 まず、連携、連携と言いながら病院スタッフは地域を知りませんでしたので、医療機関と介護保険事業所がつながるところから始めようと、『志摩病院と介護保険事業所連絡会』を作り、医師・病棟師長とケアマネジャー・施設職員との意見交換からスタート。次に、多職種研修会、民生委員交流会、地域医療機関交流会、医療・介護研修会、住民学習会というように、地域がつながるために必要だと思うネットワークを次々に生み出していきました。
 もちろん、患者・家族からの相談を受け、退院に向けた支援も行っています。主担当の内科病棟では、毎朝行われるカンファレンスに参加し、退院困難な患者について担当医と治療方針や退院目標などを打ち合わせして動き出します。当院では、ソーシャルワーカーの存在は非常に大きいです。それは、私たちが地域を知り尽くし関係機関や専門職、民生委員、ボランティア等と常に連携していることで、医師が「自分たちにできるのは治療だけ。ソーシャルワーカーによってこそ、その治療は生かされる」と考えているからだと思います。当院の後期研修医マニュアルには、「前田さんに相談する、前田さんの指示に従う」となっています(笑)。私にとって、退院はゴールではなくスタートです。患者は地域の生活者、入院前よりも質の高い生活を保障されてこそ初めて安心して地域へ戻れます。地域全体があらゆる要援護者を受け入れる力を付けていくために、ネットワークづくりをしているともいえます。

病院の医師や看護師からの相談にも迅速に対応

地域連携センターのメンバー

 専門職も住民も一緒になって地域の課題を洗い出し必要な社会資源を生み出していくために、昨年度から当院・志摩医師会主催で『志摩地域まるごとケア交流会』を開催しています。医療機関や歯科医師会、薬剤師会、介護保険事業所、行政、消防署、警察署、民生委員、保育所、こども園、女性の会、ボランティアなど約100名が参加します。地域包括ケアとは高齢者だけを支える仕組みではなく、子ども、障がいのある人、生活困窮者等、地域で暮らす人すべてを包括するものでなくてはいけないと考えています。地域医療は地域福祉、医療を通して地域づくりのコーディネーター役を私たちが担っています。
 厚労省では、「スーパードクターがいるわけでもなく、行政が熱心なわけでもないへき地で、一つの病院がここまでやれていることが素晴らしい。行政でなくても、どこが中心になったっていいですよ。やれるところがやればいい。やれる人がやればよいのです」と言っていただきました。

(2016年発行 日本福祉大学同窓会会報117号より転載)

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