田中
「はじめに総合建設業としての御社の特徴をお教えください。」
吉田
「技術研究所をしっかり持っているという点が強みの一つです。伝統的に構造設計に強い、ということはよく言われます。『霞が関ビル』に代表される超高層ビルの建築施工、特に構造設計については他社をリードしてきました。技術があるということは、不況にもそれなりに対応することができるということです。新しい技術を常に開発しつづけること、新技術を採り入れながら、施工性や建設コストのコントロールができるという点が、ゼネコンの設計部門の強みでもありますね。」
田中
「『スーパーゼネコン』などともいわれますが、大手五社(鹿島建設、清水建設、大成建設、大林組、竹中工務店)と比較した強みはどのようなところでしょうか?」
鹿島建設建築設計本部の吉田様
鹿島建設建築設計本部の吉田様。入社以来13年間、医療・福祉施設の設計建築に携わってこられたエキスパートだ。
吉田
大手五社の違いを技術面であげるのは、今やなかなか難しいですね。当社にしかできないという技術は多くはないといっていいでしょう。特に公共施設に関してはPFI事業といいまして、公共事業を民間資本やノウハウの活用によって整備する方式が進んでおりますが、これは他社との共同事業になりますので、技術的なノウハウも自ずと広まり、各社が横並びになっていきます。強いてあげるのでしたら、信頼関係を重んじるという社風でしょうか。受注の成否は、現場のわれわれとお客様との信頼関係の積み重ねでしかないと私は考えます。企業間のやりとりであっても打ち合わせをしていてこの人にはまかせられる・まかせられないというのはわかりますし、そこに各社の人材の知識・能力の高さとともに、会社の風土・体質といったものも出ると思います。当社は入社のときから「正直であれ」というのがあって、例えお客様に不利なことであっても正直に言え、と教えられます。したがって、見積りが高くなってしまうこともありますが・・・(笑)」
田中
「医療・福祉関連の施設の受注状況はどのような感じですか?」
吉田様と田中先生。
初対面にもかかわらず、最初から早いテンポでトークが交わされる。吉田様の理路整然とした冷静な語り口から、建築設計にかかわる歓び、その想いや情熱があふれだす。


吉田
「2009年度に関しては、医療関係の受注は第1位でした。当社では、総合病院、クリニック、有料老人ホームなどを現在、意匠系では13名の医療系専門の設計チームで取り扱っております。1人につき、常時3件程度抱えているような状況です。他に医療福祉推進部という営業部門があります。ただ世の中の大きな流れとして在宅化へ進んでいるので、福祉施設はなかなか建てられなくなってきています。個人の住宅でどうやって介護やリハビリを受けるか、きめ細かい生活に密着したバリアフリーの方向に向かっていくものと思います。小規模多機能という施設もありますが、古い民家を改修して対応していくというのも流れの一つです。」
田中
「吉田さんのお仕事に至るきっかけと実際のお仕事の内容をお教えください。」
田中先生。
話が建築設計の手法に至ると田中先生にスパートがかかる。企業概要、業界動向、建築技術から学生時代の研究、現在の学生教育まで建築家同士の話は尽きない。
吉田
「わたしはもともと学校の建築に興味がありまして、大学院では学校開放の利用状況調査などを通じて、公共施設の建築設計を専攻しておりました。入社後、医療系の設計部門に配属され、出向期間も含めて13年間医療・福祉施設の建築設計に携わっております。現在は総合病院を中心に医療施設の設計を担当しております。」
田中
「医療施設は非常に専門的な分野だと思いますが、ノウハウはどのように学ばれましたのでしょうか?」
吉田
「大学で学んでおりませんので、入社後、必要に応じてその時々で学んでいったものです。医療系については特に専門知識が重要です。例えば病院の先生から、ステント治療のために血管造影の部屋がほしい、と医学用語で言われたときに何のことかわからない設計者では信頼を得られません。これは医療に限らず、それぞれの専門分野について知識を持っていることはお客様の絶大な信頼を得る鍵になります。導入する医療機器の種類によって点数計算も変化しますので、そうした専門知識もある程度は必要です。ただ実際の設計の際は、概要を知っていれば、つまりメーカー側に要件を伝えるだけの知識があれば良いと思います。設計はメーカー側とお客様の間に入って、適正な建物の性能を確保することになります。」
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田中
「設計をするにあたって、医療関係のおもしろさとはどこにありますか?」
吉田
「総合病院の設計は、外来診療部門、中央診療部門、病棟部門、管理部門、供給部門それぞれについて他の分野の建物を造っているようなものですね。例えば外来部門はお客さんがたくさん集まってくる場所なので、待合の空間の作り方に工夫が要りますし、ホスピタルモールと呼ばれる病院のある部分には、様々なショップを配置するなど、店舗設計と共通するものがあります。中央診療部門には専門的な医療機器がいっぱい入ってきますので、工場を設計する場合のような効率的な空間設計の知見も必要とされます。また病棟はまさに住宅でありホテルであり、管理部門はオフィスビルと共通しています。病院一つ建てればいろんなレパートリーをこなすことになる点が面白さですね。逆に平面のパターンを繰り返していくようなオフィスビルの設計に比べれば、ものすごく手がかかる、ということもいえます。高度で専門的な診療機器の導入、同じ建物の中で、患者さん、医者、看護婦、コメディカル、物品搬送、管理業者等、全ての動線を考え、調整しないといけませんから。」
田中
「まさに『設計冥利』に尽きる、ということになりますね。学生時代は図面を描くのに夜中までかかっても苦になりませんでした。鹿島の設計には皆憧れたものです。ところで現在はどのように図面を描くのですか?」
吉田
「私が大学を卒業した当時は、卒業設計の時に2割の『CAD派』と8割の『CADじゃない派』がいました(笑)。私は『CAD派』でしたから、入社してスムーズにCADに移行できました。ところが現在はフリーハンドで平面図を描いてCADオペレーターの方に描いてもらうのがほとんどです。1/100、1/300、1/500など全てのサイズをフリーハンドで描きます。寸法さえ書き込んでいれば多少線がずれていてもCADの側で修正することができます。」
田中
「CADもドラフターも設計するための方法に過ぎないところがありますね。」
吉田
「実際、設計者は四則演算ができればいいと思います。建築学科というのは工学部の中でも一番文系に近い分野で、歴史を学んだり、哲学書を読んでいる学生がいたりと文系と理系の中間のようなところがあります。建築をやるにはある程度文化や生活が分からないと出来ない面もあります。残念ながら今の学生にそれほど人気がある学科とはいえませんが、建築設計そのものが私にとっては面白い仕事です。図面を引いていると夢中になれる、その点が今でも仕事の第一のやりがいですね。」
田中
「ある程度文化や生活が分からないと、ダメだと思います。」
容生会ようせいクリニック、ようせいメディカルヴィラ
吉田様の最近の実績である『容生会ようせいクリニック、ようせいメディカルヴィラ』。モダンで美しい外観はまるでホテルのようだ。(写真提供:株式会社エスエス東京)


『ようせいメディカルヴィラ』の個室部分。
『ようせいメディカルヴィラ』の個室部分。カラーデザイン、インテリア、器具の一つ一つに至るまでこだわり抜いたデザインだ。この他の写真はバリアフリーデザインアルバムを参照してほしい。(写真提供:株式会社エスエス東京)
田中
「吉田さんの作品の中で具体例を一つお教えいただけますか?」
吉田
「東京都足立区に2008年に竣工した『医療法人社団容生会ようせいクリニック、ようせいメディカルビィラ』です。60床の有料老人ホームと19床の有床診療クリニックの複合施設です。クリニックと有料老人ホームを組み合わせて、医療行為が必要な人も住める施設にしたいという顧客が考えたプログラムです。医療法人の理事長であり医師でもある顧客が時代の先を読まれていまして、介護療養病床が削減の方向に進んでも、病院で行われてきたいわゆる胃瘻(いろう)処置やIVH(Intravenous Hyperalimentation 高カロリー輸液)などの医療行為が必要となる方々が安心して生活できるような受け皿施設として設立されたものです。最初は高齢者専門賃貸住宅を組み合わせる計画もありましたが、採算予測がうまくいきませんでした。医療法の改正で、医療法人による有料老人ホームの開設・運営が可能となったことにいち早く対応したものです。」
田中
「外観的にも、内部のデザインも非常に明るく美しいホテルのような建物ですね。」
吉田
「外観の白色の格子は鹿島のデザイン上の特徴です。通りをはさんで、私が設計に携わったデイケア施設があり、壁面の黄色のカラーはその建物のアクセントカラーと統一した色になります。従来までの老人ホームのイメージを変えるモダンなものにしたいという顧客の意向もあり、インテリアや照明器具に至るまで私が選定に関わりました。床頭台(しょうとうだい)は当社の関連会社に株式会社イリアというインテリアデザインの会社があり、そこで制作した特注のものです。椅子の選定にあたっては、多種多様な椅子を並べておいて、顧客側の多くの方々に実際に座って選んでいただきました。居住者が手に触れるのはインテリアということもあり、このプロジェクトで特に重視した部分です。
設計上の特徴は、有料老人ホームでありながらも、全体として病院の作りになっていることです。例えば、2〜4階が老人ホームの居住部分ですが、階の中央にケアステーションを置いてどの方向も見渡せるという作りをしています。最上階は多目的室でウッドデッキテラスもあります。」
田中
「設計するにあたって、特に工夫された点について教えてください。」
吉田
「設計に絶対的な正解というのはありません。この建物に限りませんが、柱スパンが限られたスペースしかなくて、その中に居室とトイレをつけなければいけないという事例では、スペース的に車いす用のトイレは入れられないので、じゃあどうするかということになりました。車いすはこの地点で回転させるとか、扉はこちら向きの引き戸にして全開するとか、手すりはこちら側がいいとか、様々な試行錯誤がありました。竣工まで便器はこちら向きがよかったと言われる介助者の方もいらっしゃいましたが、以前勤めていた施設ではその方向から介助していたという慣れの問題であったり、患者さんからすればこの設計の方がよいなど、様々な意見が出ました。車いすトイレというのは、これ以上の寸法がないとできません、これは介助トイレというものです、と設計時に何度も説明させていただいたのですが、意外と介助トイレという概念は浸透していない現実があるのではないでしょうか。こうした場合、専門知識があれば、根拠のある説明ができると思います。」
田中
「使用者の動作から正解を導き出すというのが最も大事なことだと思いますね。建築の知識のみでは、ともすれば既成品を商品カタログから見つけて設置することで解決しようということになってしまいがちです。」
吉田
「こうした知識が設計上大変重要だと思います。高齢者や介助者の動作が分かっていて、どういう形で車いすから移乗させるのか、わかっていないと施主側の方々に説明すらできないということになってしまいます。風呂についても立ち上がり寸法がこれくらい必要だとか、シャワーチェアーを使うのか使わないのかとか、設計上考慮しなければならない点が多くあり、ケースバイケースで工夫のしどころですね。」
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田中
「わたしどものバリアフリーデザイン専攻は福祉行政の知識も持っていますし、同じ健康科学部にはリハビリテーション学科が併設されていることで、医療の知識もある程度は兼ね備えています。こうした人材がどのように活躍できるのかお教えください。」
吉田
「日本福祉大学さんがこういう学科を作られたのは大変面白いと思います。まさに医療と建築の橋渡し人材を育てるというようなものです。医療・福祉施設の事業者からは厚生労働省の医療や介護についての施策に敏感で、よき相談相手になることが求められています。「何作ろうか?」から話が始まることさえあります。小規模多機能が求められる時代の流れにおいて事業採算性が見えるという人材、建築と医療、福祉がわかって医療福祉行政の行先が読める人材は大変少なく、建築だけの人間では務まりません。当社のような総合建設業で数名、建築事務所に数名という程度ではないでしょうか。お話を聞いていて、よいところに目をつけられたなあという感じがします。ただ現在は建築は建築士、ケアはケアマネージャーというように専門分化しており、そうした人材が具体的な職種という形で確立されていないのが現状です。」
田中
「大企業は指定校制度を採っているところもあり、新設の学部は難しい点もありますね。」
吉田
「医療と建築の両方の知識を兼ね備えた人材がプロジェクトの中で、どういう立場に位置づけられるのかというのがポイントだと思います。専門人材として雇用できる大きな事業者であれば、事業者側に位置づけられることも可能ですし、医療福祉行政の先を読むコンサルティング会社として中間的な位置づけになることもあるでしょう。施工者側で地域の患者予測を行い、法規制をあたって、こういう事業では何床できますねという話ができれば、施工会社の営業にいながらコンサルティングができ、図面が描けるという大変役に立つ人材になります。先のインテリアデザインの関連会社には、高齢者施設専門の部門もあって、家具の選定や調達、利用者の介護度にあわせて介護用具を選定するような、きめの細かい仕事もあります。具体的な職種として特定しづらい面もありますが、高齢社会の流れにおいて様々な形で活躍できるのは確かです。
ところで具体的に授業はどのように進められるのですか?例えば、バリアフリー新法や福祉のまちづくりなどの法律も教えられるのですか?」
バリアフリーデザイン専攻の福祉住環境の学内実習風景。
こちらはバリアフリーデザイン専攻の福祉住環境の学内実習。この日は障がい者トイレの測定と評価を行い、次講ではオリジナルデザインの設計にチャレンジする。学生たちも生き生きとしている。


アトリウムにて田中先生と吉田様の記念撮影。
この日のインタビュー現場は鹿島建設KIビル(http://www.kajima.co.jp/prof/overview/160-8.html)。
インテリジェントビルに一つの先鞭をつけたアトリウムにて吉田様と記念撮影。お忙しい中、ご協力いただき大変ありがとうございました。
田中
「法律などは『福祉住環境』という講義で扱います。『福祉住環境設計演習』では、実際に住宅や施設のバリアフリー設計を行います。ハートビル法や福祉のまちづくり条例に合った形でリフォームしなさいというテーマで、多くの課題に取り組んでいます。駐車場、出入口周り、トイレ、浴室などの改修に数多く取り組んでもらい、最終的に住宅一棟まるまるリフォームしてもらい、皆の前で発表してもらうような形で進めます。」
吉田
「住宅の場合はスペースも限られていて、高齢者の動作空間や車いすの回転軌跡などをより緻密に見ていかないと出来ないですね。」
田中
「教えていて難しいなと思うのは、正解でも不正解でもない、グレーゾーンの答えというようなものがあって、その解答のどこが正しくてどこに誤りがあるのか判別が難しい点です。どこまで快適にするのかという問題は、設計の手法とは別問題だからです。」
吉田
「よくわかります。どこまでバリアフリーにするのか、というのは難しい課題ですね。最近、デイケア施設に階段とスロープをあえて作って、食事介助もせず訓練を強いることで、要介護度を下げていくという施設があると知りました。正しいかどうかは別として、介護者の絶対数が不足していくことは目に見えている状況の中で、一つの考え方として興味深いものです。」
田中
「どこまでバリアフリーにすべきかについて学生ともよく議論をします。『住まいは、ちょっと不便を感じる程度の便利さが良い』とは故・林玉子先生が言われた言葉です。その意味は住まいを便利にし過ぎるとかえって身体機能が低下してしまう、というものです。私はその考え自体には異論をはさみませんが、今までの設計の経験上、設計でそれを具現化するのは至難の業だと感じています。住宅は、そもそもくつろぐ場所です。ちょっと不便な場所を作っても普段の生活では無理なく・問題なく送れるでしょう。しかし、酔っ払ったり寝惚けたりすると、また怪我をして生活すると、その場所は一気に危険な処になります。そうすると生活範囲が狭くなります。家の中では生活の仕方、たとえば洗濯物をたたむであるとか、食事を作るというようなことで一定の身体的負荷をかけることは可能ですし、不便を感じたければ街中へ出れば良いのですから。住まいの中は存分に便利にして欲しいと伝えています。多分、そのデイケア施設はその安全確保は十分に考えられた上でちょっと不便を感じる程度の便利さを具現化したものではないでしょうか。」
吉田
「これは介護の担い手が少ないとされる時々で浮上する議論であって、今後も続く議論だと思います。そうした大きな施設の設計も楽しいですが、先生の授業で学ぶ住宅の設計演習も楽しそうですね。私が授業で取り組むなら、まず『両親の家のリフォーム』という課題を出してみたいですね。」
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田中先生の感想
  • 鹿島建設のような超巨大企業においても企業の風土・体質は、つまるところそこで働く社員とお客様との信頼関係によって醸成されるというのは面白く・人間臭く、田中は個人的に好きなお話でした。
  • 総合病院の設計の妙味を語れるのはゼネコンで仕事をしている吉田氏ならではです。この同氏の話からゼネコンで働く面白さを感じ取ってください。
  • 吉田氏の話から設計が好きで、建築が好きでたまらない気持が伝わってきました。 インタビュー後に笑いながら仕事は大変だけれど楽しい!と言われた言葉が印象的でした。『大変≠シンドイ・嫌なモノ』ではないことを理解して欲しい。
  • 『具体的な職種として特定しづらい』という言葉は、まさにバリアフリーデザイン専攻学生(建築士+社会福祉士)の可能性の広さを物語っています。
    例えばニチイ学館(訪問介護・通所介護中心)、ベネッセホールディングス(有料老人ホーム中心)などの大手介護企業に入れば事業者側の立場で専門職種として施設環境整備に携わるでしょう。建築会社に入れば医療福祉行政を先読みしてコンサルティングをしながら図面を描くことになるでしょう。吉田氏は専門人材という言葉を使われましたが、正しくこの人材育成が我々バリアフリーデザイン専攻の目指すところなのです。
企業プロフィール 鹿島建設株式会社ロゴマーク
鹿島建設株式会社
〒107-8388
東京都港区元赤坂1-3-1
http://www.kajima.co.jp/
天保十一年(1840年)創業
代表取締役会長 梅田 貞夫 代表取締役社長 中村 満義
従業員数  8,452名(2010年3月末現在)
業務内容
建設事業、開発事業、設計・エンジニアリング事業ほか