大学教育推進プログラム 「教育の質保証に資する福祉大学型IRの構築」−「学業不振学生(発達障害等要個別支援学生を含む)」の要因分析による学生の生活・学習支援プログラムの開発から−

1 取組について

(1)取組の趣旨・目的

1)本取組の趣旨

 本学では、人材養成の目的を「本学は、真理の探究と人間の尊厳を基に、21世紀の新しい福祉社会の構築に貢献する指導的人材を育成する」(日本福祉大学学則第2条)と定めている。それに沿って、各学部の教育目標は、「日本福祉大学における教育の目標に関する規則」に定められている。(【資料1】参照)
 これらの人材を養成するために、本学の建学理念を体現した教育標語「万人の福祉のために真実と慈愛と献身を」を受けて、本学の学生全体が修得すべき能力・資質として「四つの力」(「見据える力」、「共感する力」、「関わる力」、「伝える力=理解する力」)を定め、「日本福祉大学スタンダード」として提示している。また、各学部では教育目標において、学生が修得すべき能力を規定している。
 この「日本福祉大学スタンダード(四つの力)」の修得や学部別の教育目標を達成するために、各学部では「卒業認定・学位授与」、「カリキュラム編成」、「入学者受入」の「三つの方針」を定め、人材養成目的の達成に努めている。
 しかしながら、近年の18歳人口の減少や入試形態の変化による推薦系入学学生の増加、さらには「ゆとり教育」の影響などによって本学学生の学力低下が指摘され、「三つの方針」による「日本福祉大学スタンダード(四つの力)」の修得や学部別の教育目標の達成が困難な状況となっている。
本取組は各学部の人材養成目標を達成するために、近年の学生像の変化への対応を可能とする教育の質保証を目指すものである。

【図2】日本福祉大学スタンダードとしての「四つの力」

2)本取組の背景

①本学学生の「学生像」を捉えてきた経緯

 本学では学生の生活や勉学面での現状を把握する調査として、毎年、「学習と学生生活アンケート」や「新入生のアンケート調査」を実施してきた。特に、1983年に実施された「学生像に関する調査」は本学学生の学習面の状況について把握することができる。1983年から20年以上が経過し、2009年度に再度「学生像に関する調査」が実施された。そこでは、在学中の学習状況(単位数、GPA)と、学習・生活態度及び満足度(クラブ・サークルへの参加状況、進路への取組、大学での勉学の満足度)によって本学の学生像を4類型に区分し、この4類型別に学生ヒアリングを行うことによってその特徴を明らかにした。しかし、これまでの調査の取組には2つの問題点が挙げられる。第1は分析時間の冗長性であり、第2は調査実施頻度の低さと調査間隔の断続性である。これらによって、学生の生活・学習支援におけるマネジメントサイクルが十分に機能を果たせない状況となっている。

②障害学生の支援活動基盤形成

 本学における障害学生支援の考え方は、「障害学生のセルフコーディネートと学生相互の支援を基本とし、障害学生とともに支援する学生、教職員もともに学ぶ経験を通して大学全体が成長する」というものである。この考えに基づいた取組が、2003年度特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)に「学生とともにすすめる障害学生支援」として採択され、以降、障害学生支援環境の整備が進んだことにより、支援活動の幅も広がり、これらの活動成果を社会に還元してきた。
 しかし、近年、入学後に学習・生活上の支援を要する学生の中には、潜在的な発達障害等の問題を抱えた学生も多く、その多くが学習困難な状況にあり、学業不振学生として顕在化している。従来の学習・生活支援方法では当該学生層への対応に限界があり、新たな支援策を講じる必要性が指摘されている。

③IR機能の組織化

 本学ではこれまで日常的に入試、成績、就職など学生に関わるもののみならず、教職員及び卒業生に関わるものも含めてデータ蓄積を行ってきた。また、定期的に満足度アンケート、授業評価アンケートをはじめとした各種調査を実施し、その調査結果を基にした分析及び自己点検・評価を行ってきた。
しかし、これまでの取組においては3つの問題を抱えていた。第1に蓄積データが各部署に散逸し、かつ職員個々の管理によるデータも存在しており、十分に組織的な活用ができていない状況があること、第2に各課が通常業務を担う中で並行して調査・分析を行うことによる分析の遅滞や不十分なアウトプットの問題、第3に各部署をまたぐ分析、各調査を相互に関連させた分析が行えていない問題である。その結果、政策の意思決定は客観的なデータ分析よりも経験を過度に重視する傾向にあった。
 そのような状況下で、2009年度に「教育、研究、経営の諸領域における企画立案と意思決定に必要な諸データの多元的収集、多面的加工と総合分析、そして一元的統合管理を活動の主軸とし、学内諸機関・部局との協働・連携を通じて全学園における『政策形成・統合』を推進」するため、「総合企画室」の下に「IR推進室」が設置された。「IR推進室」の立ち上げ初年度には、主に学生募集、資格取得及び就職に関わる調査・分析を行ったが、教育の質に関する分析に取組むまでには至らなかった。(【資料5】
 しかしながら、初年度の取組を通じて少なくとも2つの効果が把握できた。1つは担当課室の分析業務支援効果である。具体的には、IR推進室では組織間をまたぐデータ収集が比較的容易であり、その結果、詳細な分析が可能となることや、分析結果に至るまでの時間が短縮できることである。もう1つは組織やステイクホルダー間の調整効果であり、組織間や教職員・学生間に立って「IR推進室」が客観的な事実を報告することによって円滑な協議を実現する調整機能が確認できたことである。
 以上から、学生像を捉えた生活・学習支援策の見直しや障害学生支援策の改善、さらには、IR機能の教育領域への踏込みという課題を統合的に解決する必要性が指摘されるに至った。

3)教育の質保証に資する日本福祉大学型IR機能の構築

 本取組の目的は、教育の質保証に資する本学独自のIR機能の確立を、学生の生活支援や学習支援プログラムの開発を通じて行うものである。
 本学がIR機能に求める3領域(教育、研究、経営)のうち、特に教育領域において導入初年度に取り組んだ学募・就職関連の調査・分析からさらに教育の質評価に重点を置くことによって教育領域における機能拡充を図り、全学的な教学管理体制整備の一環としてIR機能の確立を目指すものである。IR機能の確立は、本学が目指す学士力(「日本福祉大学スタンダード(四つの力)」)の修得と学部別教育目標の達成において課題となっている学業不振学生の問題に焦点を当て、当該学生の学力と学習モチベーションの向上に資する生活・学習支援プログラムの開発とその実行プロセスを通じて実現される。
 そこで、本学が重視してきた学生像把握の経緯を踏まえ、2009年度に実施した「学生像に関する調査」結果において特定された学業不振層の定義を本取組において精緻化する。また、学業不振学生に含まれる学習困難な学生として、特に発達障害等により個別支援を要する学生に着目する。
 学業不振学生の底上げを図るための生活・学習支援プログラム開発については、社会福祉学部、経済学部を主な対象とする。その際、IR機能による分析効果を整理した上で他学部への汎用性も考慮しながら取組む。また、発達障害等要個別支援プログラムの開発については全学的な取組とする。

(2)取組の達成目標 [申請書類等作成・提出についてP.4参照]

本取組の達成目標を以下のように設定する。

【達成目標】学業不振層の学業優良層への引き上げ

 本取組の初期段階で取組む学生像の定義(学業優良・不振層)を基に、「学業不振層」が持つ要因を明らかにし、その要因を持つ学生を早期に発見するための仕組みづくりと当該学生に対する生活・学習支援プログラムの開発・実施を通じて学業優良層への引き上げを目標として設定する。
 上記目標を達成するための本取組は、@本学独自のIR機能の確立、A学生の生活・学習支援プログラムの開発、B生活・学習支援プログラムの改善、見直しを図ることの3本柱によって推進される。ここでの@IR機能は学業不振学生となる要因や、学習モチベーション、成績を向上させる要因等を明らかにし、学業不振学生を引き上げる方策立案を支援する情報を提供することにある。このIR機能の確立を図りながら、プログラム開発を進める本取組においては、分析・評価が行われていない現段階でA生活・学習支援プログラムを明確に提示することはできない。本取組では、これまでに本学で推進されてきた生活・学習支援策に対して、IR機能による客観的な分析評価を加え、新たなプログラムとしての開発を行うものである。その支援枠組みは、以下の3つで構成される。第1の生活支援プログラムによって、授業への出席等の規則正しい生活リズムを身につけさせた上で、学習モチベーションや成績の向上に資する要因分析を基に開発される第2の学習支援プログラムによって、学業不振層の引き上げを図る。これらの取組の中でもなお学習モチベーションや成績の向上が困難な発達障害等の学生については、第3の個別性、専門性の高い生活・学習支援プログラムによって、自らの生活を組み立てていく力(セルフコーディネート)を身につけさせる。

(3)取組の具体的内容・実施体制等 [申請書類等作成・提出についてP.4参照]

【事業1】生活支援プログラムの開発 −学生同士による支え合い
 「学生像調査」によると、学業不振学生ほど生活リズムが悪く、講義への出席率も低いことが指摘されている。さらに、これらの学生は現状を変えていきたいという気持ちをもっているものの「特に頑張らなくても、何とかなる(誰かが助けてくれる)」ことを経験すると、現状を改善する気持ちをなくしてしまう傾向を持っている。
 一方で、学業不振学生の多くは「友達に恵まれた」ことを大学で満足したこととして挙げていることから、学業不振学生を早期に発見し、規則正しい生活を身につけるための学生相互の支援プログラムの開発を行う必要がある。

【事業1-1】学業不振学生の早期発見方法の確立(学業不振層の特性分析)
【事業1-2】学生相互の生活支援体制の構築(ピアサポート、声かけ支援)

 学業不振学生の早期発見方法の確立に向けては、IR機能の活用によって現在の学業不振学生がもつ日常生活に関する要因を特定し、生活課題タイプ分類(生活不規則群、講義欠席群等)を行った上で、「新入生生活調査(仮称)」等によって学業不振学生予備軍の把握を行う。タイプ別の支援プログラムの開発に当たっては、本学教職員と学生の協働による評価の場を設置し、学業不振学生の学生間のつながりに対する願望の強さを生かした学生相互の生活支援体制の構築を図る。

【事業2】学習支援プログラムの開発
 学習支援プログラムの開発は、事業1で開発された生活支援プログラムによって、講義への出席等の生活のリズムが安定してきた学生が、次の段階へと進むためのプログラムの開発である。それは、大学のゼミという学習スタイルへの戸惑いや自らの学力への不安、周りの学生の学力が低いことへの不満等、学習面で不安を抱える学生に対して学習意欲を与え、成績の向上の促進を図るものである。

【事業2-1】学習モチベーション・成績向上要因の特定(履修、単位修得履歴分析)
【事業2-2】ソーシャルスキルプログラム(多様な学びの場提供や教員との関係づくり)

 学習支援プログラムの開発を目指し、本学学生の4年間にわたる履修、単位修得履歴やGPAの変化について分析を行い、成績向上要因を明らかにする。ここでも、学習支援ニーズ別に学業不振学生を類型化し、その学習支援ニーズへの対策を各学年で配置されているゼミ単位で実施する。その際には、人間としての幅を広げ、社会性を育むソーシャルスキルプログラム等の様々な学びの場の提供を行う。また、複数の教員による学習相談が可能となるジョイントゼミの取組は、学生にとって精神的な支えを得ることにもつながる。これらの取組は、社会との関わりや教員・学生との出会いの機会を増やすこととなり、そこで受ける刺激等を通じて、学生の学習モチベーションの向上が期待される。
 本事業は、取組全体の目標である学業不振層の学業優良層への引き上げを目指した主たる取組として位置づくものである。

【事業3】障害学生の個別学習・生活支援プログラムの開発
 大学での学習上、個別支援が必要な障害学生は本学に130人強在学しているが、その他発達障害等、支援の申し出をしていない学生の潜在的なニーズも存在している。これまでは、大学を受験する時点であらかじめ自らの障害を明らかにし、受験時と入学後に得られる支援方法等について説明を受け、理解した上で入学することとなっていたため、入学後の大学生活をセルフコーディネートできる学生に対する障害学生支援が基本となっていた。しかしながら、近年、自らの障害に対する認識が不十分であり、かつ、大学での学びの方法・内容に関し具体的な理解が乏しいまま出願し、入学後に個別的支援が必要となる学生も少なくない。今日のいわゆる学習困難を抱える学生に対する支援は、従来の障害学生支援から大きな転換点を迎えつつある。

【事業3-1】 障害学生の支援ニーズの類型化とニーズ把握指標の開発
【事業3-2】 類型に基づくセルフコーディネート・プログラムの開発

 発達障害等、個別の支援を必要とする学生は、大学生活の様々な局面において「困り感」を抱えていることが多い。学生がどのような困り感をもっているか、すなわち学生がどのようなニーズを抱えているかについてのデータ収集と分析を行い、早期に学生のニーズを類型化して把握できる指標を開発する。その上で、学生のニーズのタイプに即した個別支援プログラムとして、これまで障害学生を対象として行ってきた支援の実践をベースにしつつ、学生支援体制の強化により、個別性への対応を高めることで、学生が自らの生活を組みたてていく力(セルフコーディネート)を身につけられる学習・生活支援プログラムの開発を目指す。ニーズ調査からプログラム開発・評価・改善に至るまでの全てのプロセスが、障害学生、支援学生、教職員の協働によって取組まれる。さらには、その成果をディジタルコンテンツ化することにより、学生がセルフコーディネートの意味と大学入学後から卒業までの具体的な取組の在り方を学習していくための教材として活用する。

【事業4】本学独自のIR機能の構築
 本取組で開発される3つのプログラムは全てIR機能を活用した分析から始まる。具体的には、生活支援プログラム開発に向けた学業不振学生の日常生活要因分析、学習支援プログラム開発に向けた不振学生の成績向上要因分析、また、障害学生等要個別支援プログラムの開発では、発達障害等の障害学生の「困り感」の要因分析である。
 IR機能の活用方法の確立を目指すためには、効果的なプログラム開発に資する情報を提供すると同時に、プログラム開発ならびにその評価・改善に関わる実行者の主体性を育む必要がある。よって、分析プロセスにおいては、担当教職員、必要によっては学生の意見聴取の機会を多く設定する。

【事業4-1】IR機能の確立(データウェアハウス、分析手法、フィードバック手法)
【事業4-2】IR効果の検証

 本取組におけるIR効果の検証では、客観的なデータによる現状評価作業を観察し、そこで生まれる作用に注目する。具体的には、@客観的な分析結果の解釈の深まり作用(本学全体を表現する分析データと教職員の経験知の擦り合せによる認識の深まり)、A適正な計画化作用(きめ細やかな対象設定、適正な資源配分、数値目標の設定等)、B改善主体の連帯感の醸成作用である。これらの作用によってIR機能の有用性を評価し、「IR推進室」の役割を明確にする。

3)実施体制

3-1)本取組の推進体制

 本取組の事業1と2で取組む生活・学習支援プログラムの開発を全学教育開発機構が担当し、事業3は学生支援機構、事業4のIR機能の確立はIR推進室が担う。
 事業1と2については、社会福祉学部と経済学部各5人程度の教員によって「学習支援等プログラム開発ワーキンググループ」を設置する。そこで、分析結果の検討やプログラム開発が行われる。
 事業3については、障害学生と支援学生、学生支援機構の協働による「障害学生支援プログラム開発ワーキンググループ」という学生参加型の現状評価、プログラム開発の場を設置する。
 これらの2つのワーキンググループにおける検討結果は、経営・教学協働の政策立案機関である「総合企画室」に報告される。その報告を受けた総合企画室が最終的な教育改善策、学生支援策を検討し、経営・教学諸機関への提案を行う。

【図3】実施体制

3-2)IR研究会の設置

 本取組を遂行するに当たっては、IR機能に関する内外の情報収集や、政策立案に資する分析、評価に必要な統計処理技術を向上させるために、「IR研究会」を設置する。
 具体的には、他大学の先進事例調査や統計学を専門とする本学教員によるIR分析への協力・助言を受ける他、ソフトウェアの活用を含む統計処理に関する研修会に参加する。

4)取組の評価体制・評価方法・評価結果の反映[申請書類等作成・提出についてP.5参照]

①評価体制
 各年度末に総合企画室は、本取組の進捗状況の把握と取組の効果の検証とともに、必要に応じて改善勧告を行うものとする。よって、事業1・2を担う全学教育開発機構、事業3を担う学生支援機構、事業4を担うIR推進室は、年度当初に作業スケジュール、その取組によって期待できる効果等を含む事業計画を立案し、年度末にはその事業計画に沿って評価を実施する。さらに、この取組について学外の外部評価委員会による評価も受ける。

②評価方法・評価結果の反映
 評価方法は、本取組当初に4事業共通の事業計画フォーマットを作成する。そこには、できる限り量的な評価指標を導入し、進捗状況や達成度が数値化できるよう努める。
 年度末に実施される総合企画室会議において、改善勧告を受けた場合には、即座に改善計画を含めた事業計画へと修正し、改めて年度当初に総合企画室の承認を得る。

CGI