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福祉現場における「事故防止対策」の立て方~利用者の尊厳を守り、組織で回す持続可能な改善サイクル~

2026.09.28
「事故防止対策の立て方」について、福祉・介護現場における事故要因の多角的な分析方法(m-SHELLモデル)から、ヒヤリハットや不適切ケアといった「グレーゾーン」への気づき、そして、組織的な改善サイクルまでを論理的にお伝えしていきます。

事故はなぜ起こるのか?「支援事故」と「支援過誤」の境界線

 福祉・介護現場におけるリスクマネジメントの第一歩は、発生するリスクの性質を正しく区別することです。業務の中で利用者に不利益を与えてしまう「支援事故」に対し、プロとしての基準やルールに違反して被害を生じさせる事態を「支援過誤」と呼びます。
 「支援過誤」とは、利用者の状況に合わない不合理なケアや方針を続けること、誤薬やスタッフの配置ミス、手順の逸脱、法令や倫理に反する行為を指します。事故を単なる偶然と片付けず、「ケアの背景にある必然」と捉え直すことが再発防止への出発点になります。職員が倫理観を持って役割を自覚し、法令を遵守するという基本姿勢に立ち返り、防ぐべき「過誤」を徹底して排除することから、実効性のある事故防止対策が始まります。

個人のせいにしない要因分析「m-SHELLモデル」の活用

 事故発生時、当事者個人の注意不足や技術不足を責めるだけでは解決になりません。事故の背景にあるシステム的・構造的要因を整理するフレームワークとして「m-SHELLモデル」が有効になります。m-SHELLモデルでは、要因を以下の5要素に分解して分析します。
  • S(ソフトウェア):職場の慣習、読みにくい手順書、マニュアルの有無。
  • H(ハードウェア):施設設備、器具、衣服、履物、補助具などの有形のモノ。
  • E(環境):照明や空調などの物理環境、労働条件、発言しやすい雰囲気。
  • L(周囲の人:他人):同僚の経験・知識、利用者自身のADL、内服薬、家族の意向。
  • L(当事者):事故に関わった本人自身の能力や特性。
 個人の危険認識不足といった「局所的要因」だけでなく、予算配分や人員配置、運営方針などの「組織的要因」までを構造的に捉える視野を持つことが重要になります。

重大事故を未然に防ぐ

 重大な事故を未然に防ぐためには、「インシデント(重大な事故や被害に発展する可能性のある、“偶発的な出来事やトラブルの兆候=ヒヤリハット”)分析」と「グレーゾーンへの気づき」が重要になります。「インシデントの分析ができないと事故はなくならない」と言われるように、重大な事故を防ぐ鍵は、軽微なヒヤリハットの分析にあります。事故は、日常ケアの中で「①軽微なインシデント」「②インシデント」「③重要なインシデント」という段階を経て、必然的に重大化していきます。
 このプロセスは、虐待防止における「グレーゾーン(不適切ケア)」の考え方と地続きです。明らかな虐待にはあたらなくても、日々の些細な「不適切ケア」を放置すると、それが蓄積・エスカレートして重大な虐待や事故へと繋がる連続性があります。不適切ケアの放置は、職員のストレス、モラル(倫理観)やモラール(士気)の低下、ヒューマンエラーの増加を招く「ストレス反応の悪循環」を生みます。グレーゾーンの段階で「違和感」として発見し、虐待や重大事故の芽を早期に摘み取ることが必要です。

再発防止に活かす「客観的な事実整理と事故報告」の書き方

万が一、転倒や誤嚥、薬の誤用、失踪などの事故が発生した際は、迅速に対応して被害を拡大させないとともに、客観的な記録を残す必要があります。記録は「個人の記憶」を「チームの記録」に変え、情報伝達を円滑にする意義を持っています。誰が読んでも理解できる事故報告書を作成するためのポイントは以下の通りです。
  • 結果から書く:
    最初にどのような事象が発生したか(結果)を明記します。その後、事実だけを時系列に整理します。
  • 因果関係や推測を最初に書かない:
    主観や先入観を排除し、5W・1H(いつ、どこで、誰が、何を、どのように)のみを正確に記述します。
  • 事故原因は要因分析の後に書く:
    主観による決めつけを防ぐため、原因は要因分析を経てから記載します。
  • 発生時の対応を整理する:
    誰の指示・判断か、家族等への説明や保険対応も漏れなく整理します。
客観的事実の整理こそが、正しい評価と次の行動計画の策定を可能にします。

手段の目的化を防ぎ、利用者の尊厳を守る「合理的配慮」

 事故防止を進めるうえで警戒すべきなのは、「手段の目的化」や「目的のすり替わり」になります。例えば、利用者の生活の質向上のために「身体拘束ゼロ」を掲げたはずなのに、形式的な数字や「ゼロの達成」自体が目的化し、ケアが形骸化することがあります。また、利用者を支援するための模索だったはずが、いつの間にか「対応に困っているスタッフの負担解消」に目的がすり替わる罠もあります。
 利用者の尊厳を守るには、本人の基本的人権を確保するための「合理的配慮」の視点が欠かせません。本人の生活ストーリーから判断し、どうしても一時的に行動制限が必要な緊急時には、以下の「例外3原則」をすべて満たす必要があります。
  1. 1. 切迫性:本人や他の利用者の生命・身体が危険にさらされる可能性が著しく高い。
  2. 2. 非代替性:身体拘束以外の介護方法がない。
  3. 3. 一時性:行動制限が一時的なものである。
 これらを多職種チームで確認・記録し、家族等へ説明の上、要件を外れ次第、ただちに解除する厳格な手続きを徹底します。

組織全体で回す、事故防止対策の「持続可能な改善サイクル」

事故防止や不適切ケアの対策を一時的な取り組みで終わらせないためには、組織全体で持続可能な「改善サイクル」を回し続けることが不可欠です。この改善モデルは、以下の5ステップで推進します。
  1. 1.グレーな存在(不適切支援)への気づき:
    日々の支援で感じる「おかしい」「わからない」という違和感を捉える。
  2. 2.問題の共有:
    具体的な不適切支援の存在を、チーム内で隠さずに共有する。
  3. 3. 背景(構造・プロセス)の共通理解:
    なぜその問題が起こったのか、m-SHELLモデル等を活用して構造的に背景を共通理解する。
  4. 4.改善策の検討・教育・実行:
    共通理解のもとで具体的な改善策を検討し、教育・研修を経て実行する。
  5. 5.良い支援の評価・共有:
    実践したケアを多角的に評価・共有し、組織的な環境やプロセスの改善へ繋げる。
事故防止は、個人を縛ることではありません。「気づき」を認め合い、構造的な改善をみんなで進めるオープンな風土づくりこそが、利用者の尊厳を守り、職員が安心して働ける最善の道なのです。

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