【平林 優里さん】人との出会いが広げた、福祉の学び

PROFILE

社会福祉学部 社会福祉学科 子ども専修/3年

平林 優里さん

スウェーデンでの研修や「ふぁみりー基地(子ども食堂)」での活動のほか、学習支援や学生広報など、学内外で多様な活動に取り組んできた平林優里さん。高校時代の出前授業をきっかけに、福祉は身近なものだと知り、日本福祉大学への進学を決めました。今回は、さまざまな経験を通して広がった福祉への視点や、人とのつながりから得た気づき、スクールソーシャルワーカーをめざす思いについてお話しいただきました。

「福祉って、こんなに身近なんだ」から始まった大学生活

原田学長 まず、日本福祉大学を選んだきっかけから聞かせていただけますか。

平林さん 高校1年生の時に、日本福祉大学の先生による出前授業があり、そこで初めて福祉についてきちんと知りました。「ふつうのくらしのしあわせ」という話を聞いて、それまで福祉というと、困っている人を助けるような大きなことをイメージしていたのですが、「こういうところからでも人の生活を支えられるんだ」と思ったんです。福祉ってこんなに身近なものなんだ、と強く感じました。
進路についてはいろいろ悩みましたが、高校3年生になっても最後まで残っていたのが、「日本福祉大学で福祉を学んでみたい」という気持ちでした。

原田学長 その出前授業を担当した先生は覚えていますか。

平林さん 小林洋司先生です。ただ、最近まで、お名前をきちんと覚えていなくて、「息子さんが二人いて『宇宙兄弟』が好きな先生」ということだけ覚えていました。
大学に入ってから、友人に企画を手伝ってほしいと誘われて参加したところ、そこに小林先生がいらっしゃったんです。「『宇宙兄弟』がお好きですか?」と聞いたら、「私かもしれない」と。調べていただいたら、本当に私の高校で授業をしてくださった先生でした。「先生のおかげで日本福祉大学に入りました」と、ようやく直接お伝えできました。

原田学長 それも面白い出会いですね。大学に入ってからのいろいろな経験が、少しずつつながっている感じがします。

平林さん そうですね。もともと私は人見知りで、外で人と話すこともあまり得意ではありませんでした。コロナ禍では中学校生活や部活動もかなり制限され、「何もできなかった」という気持ちが強く残っていました。だからこそ、大学ではいろいろなことに挑戦しようと思ったんです。毎年一つか二つは、必ず新しいことに挑戦しようと決めました。

スウェーデンで知った、「子どもを中心に考える」ということ

原田学長 その挑戦の一つが、1年生の時に参加したスウェーデンでの研修だったんですね。

平林さん はい。1年生の3月に、約10日間参加しました。当時はまだ福祉の基礎を学んでいる段階で、実習や施設見学をたくさん経験していたわけではありません。それでも、現地の方と話したり、街の様子を見たりする中で、日本との違いを強く感じました。
一番印象に残っているのは、社会全体が子どもを中心に回っていると感じたことです。例えば、日本では子どもの声などが理由となって公園が閉鎖されることがあるという話をしたところ、「そんなことはありえない」と言われました。大人の都合で子どもの遊ぶ場所をなくすのではなく、必要なら別の場所をつくるという考え方なんです。
また現地では、13歳になると、医療機関を受診した際の情報を親に見せるかどうかを自分で決められるという話も聞きました。子どもの権利を守ることが、社会全体の共通認識になっているように感じたことが、とても印象に残っています。

原田学長 その経験は、両角達平先生が執筆した『福祉大生、スウェーデンへいく』にもつながりましたね。平林さんたちは、どのように関わったのですか。

平林さん スウェーデン研修の事前の準備や振り返りの記録をしっかり残していました。グループチャットでも意見交換をしていて、そうした記録を両角先生が抜粋しながら整理してくださいました。
本を手渡していただいたときは、本当にうれしかったです。自分たちが経験したことや、そこで考えたことが一冊の本になるのは、なかなかできない経験だと思います。先輩方が別の年に経験したことも収められているので、自分たちが見ていないことまで知ることができるのも、この本の魅力だと感じています。

参考リンク)【書籍紹介】社会福祉学部の両角達平講師が「福祉大生、スウェーデンへいく」を刊行しました

「子どもだけ」ではなく、家族や地域まで見る福祉へ

原田学長 現在は野尻紀恵先生のゼミで、「ふぁみりー基地(子ども食堂)」(以下、ふぁみ基地)の活動にも参加していますね。

平林さん はい。月に第1・第3木曜日に開催されていて、3年生になってゼミに入ってから、できる限り参加しています。
学生の中で役割を分担していて、会計や広報、社会福祉協議会とのやり取り、会場の準備などを担当しています。私はメニューを決める班に入り、当日は買い出しから調理、片付けまで行っています。

原田学長 実際に運営してみると、思い通りにいかないこともありますか。

平林さん もちろん、あります。以前、みんなでフルーツポンチをつくったとき、子どもたちが好きな分だけ盛った結果、全員に行き渡らなかったことがありました。保護者の方からも、「食べられなかった子がかわいそうだった」とお話をいただきました。
何人来てくれるかわからない中で、どうすればみんなに届けられるのか。それからは、例えば丼物なら最初からご飯とおかずを盛って渡すなど、みんなで工夫するようになりました。実際に運営してみたからこそ気づけたことだと思います。

原田学長 スウェーデンでの経験と、「ふぁみ基地」での活動は、平林さんの中でつながっているのでしょうか。

平林さん つながっていると思います。日本では高齢、障害、子どもなど、分野ごとに福祉を考えることがまだ多いように感じています。でも「ふぁみ基地」は、子どもだけではなく、親御さんも含めてみんなが来られる場になっています。そこがとても素敵だと感じています。
また、何か大きな困りごとが起きてから支援するだけではなく、もっと早い段階から関わることも大切だと考えるようになりました。
福祉というと、困っている方が利用する制度と思われることもあります。でも、もっと身近に福祉を感じられる場はありますし、誰でも利用できるものだと思います。そのことを知ってもらうために、発信することも大切です。大学で関わっている広報活動も学びの環としてつながっていると感じています。

出会いを力に変えて、スクールソーシャルワーカーへ

原田学長 いろいろな経験が、平林さんの中でつながり始めていますね。将来は、どんな仕事をしたいと考えていますか。

平林さん スクールソーシャルワーカーになりたいと考えています。野尻先生のゼミに入った大きな理由も、「スクールソーシャルワーカーになりたい」「子ども食堂をやってみたい」という二つの思いがあったからです。4年生では、卒業後すぐに現場で力を発揮できるくらいの気持ちで、さらに学びを深めていきたいです。まずは知多半島で経験を積み、最終的には地元の長野県に戻り、子どもたちを支えていきたいと考えています。

原田学長 長野県から本学へ進学する中では、松本オフィスとのつながりも大きかったそうですね。

平林さん とても大きかったです。入学前に松本オフィスで行われた進学が決まった学生同士の交流会で、友人ができました。一緒にスウェーデンへ行った友人たちも、そこで出会った仲間です。もともと自分から積極的に動くタイプではなかったのですが、友人たちがさまざまな活動へ引っ張ってくれました。その後も、長野のお祭りやイベントに声をかけていただいたり、県人会を通して交流が広がったりしています。長野県出身の学生の名前もよく覚えてくださっていて、私にとってとても心強い存在です。

原田学長 最後に、高校生のみなさんに伝えたいことはありますか。

平林さん 受験期は特に、「自分にはできない」「これは苦手」と、自分のマイナスなところに目が向いてしまうこともあると思います。でも、一度振り返って、自分を支えてくれている人や、ちょっとしたつながりやきっかけを大切にしてほしいです。私自身、高校時代の出前授業という一つのきっかけから、日本福祉大学をめざしました。「これが好きだからやってみたい」と思っても、「こんな小さな理由で動いていいのかな」と悩むこともあると思います。しかし、そのちょっとしたきっかけが、後から大きなものになることがあります。自分で「小さなことだから」と決めつけず、その気持ちを大切にしてほしいと思います。

原田学長 平林さん自身が、いろいろな出会いやきっかけを大切にしてきたからこそ言える言葉ですね。その一つひとつが、今につながっているのだと思います。