障害福祉サービス事業所 PICFA(ピクファ)施設長
2025.11.18
PROFILE
障害福祉サービス事業所 PICFA(ピクファ)施設長
日本福祉大学 社会福祉学部卒業(2000年)
原田 啓之 さん
障害のある人たちが、自分の“好き”や“得意”を生かして働ける社会をつくりたい──。その思いを原動力に、福祉とアートを融合させた活動を続けているのが、障害福祉サービス事業所「PICFA(ピクファ)」施設長の原田啓之さんです。今回のインタビューでは、福祉を志した原点や、アートを仕事にする挑戦、そして次の世代へ託したい想いを語っていただきました。
原田学長 原田さんが、福祉の道を選ばれたきっかけを教えてください。
原田さん 高校時代はソフトテニス部に所属し、全国大会で優勝するほど競技に打ち込んでいました。ですが、知的障害のある兄の存在がいつも心の中にあって、親がどれほどの思いで兄を支えているかを幼いころから感じていました。「自分はスポーツで生きるか、福祉で人を支えるか」と考えた末に、福祉の道を選びました。
ただ、当時は私の将来を案じた両親から「あなたの人生は、あなたのためにある」と言われ反対されました。その言葉もあって、2年間は他学部を受験してきましたが、気持ちがついていかず、答案を白紙で出していたこともあります。3浪してようやく日本福祉大学への編入が叶い、入学したときは胸がいっぱいでした。まさに“恋焦がれて来た大学”です。
原田学長 そこまでの思いを持って入学されたとは、素晴らしいですね。
原田さん 入学後は、1限から夜間まで授業を詰め込み、学びに没頭していました。先生方は個性的で情熱的な方ばかりで、毎日が本当に刺激的でしたね。そんな大学生活の中で、重度の自閉症の高校生と関わるアルバイトを経験しました。その彼は5分と座っていられないと聞いていたのですが、ある日「トランプを作りたい」と言い出して──。そこで、いくつかの素材や道具を用意し、好きなように作ってもらったところ、なんと5時間も集中して描き続けたんです。その姿を見て、「好きなことに夢中になれる時間こそ、その人の力を引き出すんだ」と強く感じました。
あの経験が、今の自分のすべての出発点です。障害のある人の「好き」や「得意」を仕事にできる環境をつくれば、社会の見方も変わる。そう考えるようになりました。
原田学長 PICFAの活動について教えてください。
原田さん PICFAは、2017年に病院の中に設立された日本初のB型事業所です。医療と福祉が一体となった環境で、障害のある人たちが創作活動を通して働いています。施設では、絵画やデザイン、クラフトなど多様なアート活動が行われており、企業や自治体とのコラボレーションも積極的に進めています。たとえば商品パッケージのデザイン、地域イベントの装飾、企業広告のビジュアル制作など、実際の仕事としてアートを社会に届けています。
この取り組みを通じて、利用者の平均工賃は全国水準の約3倍に向上しました。さらに、ボーナスも支給できるようになり、アートを“仕事”として成立させる仕組みが形になってきています。
原田学長 学生時代から、構想を練っていたそうですね。
原田さん はい。学生の頃から、「日本の福祉を変えるには100年かかる」と思っていました。10年ごとに節目の目標を定め、今はその23年目にあたります。近年は国内にとどまらず、海外進出の準備も進めており、世界に向けてPICFAの自社ブランドを展開する計画を進めています。障害のある人の作品が国境を越えて評価される時代を、次の世代につなぎたいと考えています。
そして50年目の節目には、地域の高齢者や子どもたちも一緒に働ける“協働の会社”を立ち上げたいと考えています。障害のある人も、地域の人も、それぞれの役割を生かしながら支え合う。そんな地域共生の形を佐賀から発信していきたいと思っています。
原田学長 夢が着実に形になっていますね。
原田さん ただ、僕の根っこはいつも“福祉”にあります。福祉とは、相手の可能性を引き出すこと。そのためには「きれいに整える」だけでなく、時に“自由に表現する余白”を大切にすることも必要です。描く・作る・壊す──どんな表現もその人の心の動きです。私たちはその過程を支え、社会へ橋渡しする役割を担っていると思います。
原田学長 日本福祉大学としても、中部国際空港(セントレア)のゴミ箱デザインに、障害のある方々のアート作品を採用させていただきました。その際、原田さんにもご協力いただきましたね。どのような取り組みだったのでしょうか。
原田さん 大学の70周年記念事業の中で、障害のある方々の作品を取り入れるお手伝いをさせていただきました。全国から多くの作品が寄せられ、中部国際空港(セントレア)に設置されたデザインの一部として採用されています。完成後には、作品を提供された保護者の方々が「子どもの絵が空港に展示されているんです」と嬉しそうに話してくださる姿もあり、アートが社会とつながる瞬間を改めて実感しました。福祉の取り組みが、地域の方々や家族の誇りにつながる場面を目にすることができて、本当にうれしく思いました。
原田学長 素晴らしいですね。
原田さん 一つの作品が社会に届くことで、障害のある方々やその家族の思いが、より自然なかたちで社会に伝わっていくのだと感じています。そうしたつながりが広がることで、福祉への理解も少しずつ深まっていく。私たちは、そのプロセスを支える役割を担っているのだと思います。
原田学長 原田さんのお話を伺って、福祉の本質とは「人の可能性を信じること」だと改めて感じました。大学としても、こうした卒業生の取り組みが社会の中で実を結び、次の世代の学生たちに新しい学びの形としてつながっていくことを願っています。原田さんの挑戦が、これからの100年を照らす灯になることを期待しています。