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#7 その人らしさを守る認知症ケア

“For”よりも “with”。
認知症の人と一緒に
生きられる世界はやさしい。

福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科

中島 民恵子 准教授

中島民恵子准教授の研究分野は、社会福祉学。認知症ケアをライフワークとして、ミクロ、メゾ、マクロの観点から研究に取り組んでいます。先生に、認知症ケアについて話を聞きました。

社会課題

認知症の人の意思決定の権利。

 平均寿命の延伸とともに少子高齢化が進み、高齢者の単独世帯・夫婦のみ世帯が増えており、認知症を抱えつつ一人で暮らす高齢者も増えています。

 具体的に見てみると、2025年の65歳以上単独世帯高齢者数は男性で268万人(高齢者人口の16.8%)、 女性で483万人(23.2%)、2040年には男性で356万 (20.8 %)、女性で540万人 (24.5%)になると推計されています。その流れと歩調を合わせるように、一人暮らしの認知症高齢者数も右肩上がりに増加。2025年には147万人(男性33万人、女性114万人)、2040年には181万人(男性47万人、女性134万人)に達する見込みです。

 一人暮らしの認知症高齢者は、必要な情報やサービスにアクセスしにくく、健康や生活環境が悪化したり、経済的困窮に直面したりするリスクもあります。また、独居であるかどうかに関わらず、認知症のケアで難しいと指摘されるのが、意思決定支援です。誰が、どのような選択肢を、どのように提示することが、真に自己決定権を尊重した支援になるのか。認知機能の低下が進む本人の権利を守りつつ、どのように意思決定を支援していくかということが、大きな社会問題になっています。

参考・引用:「独居認知症高齢者等が安全・安心な暮らしを送れる環境づくりのための研究 エビデンスブック別冊2021」

INTERVIEW

ボランティアで出会った、歩き続ける高齢者。

最初に先生が認知症ケアの研究に取り組み出した経緯をお聞かせください。

中島

さかのぼりますと、私の実家は美容院なんです。店の近くに特別支援学校があって、重度心身障がい児のお客さんも通ってこられました。両親はそういうお客さんを区別することなく、その人に合わせた形でシャンプーやカットをしていました。幼少期はそれが普通のことと思っていましたが、世の中が少しずつ見えてくると、障がいをもつ方に対する差別が意外に大きいことも知るようになり、障がい者と社会のあり方に関心をもつようになりました。その後、高校時代にはホームレスの方の炊き出しに参加させていただき、社会的に弱い立場の方たちの課題にアプローチしたいという考えもあり、大学はまだ当時は新しい学問分野でもあった総合政策学部を選択。そして、学生時代もボランティア活動を続け、当時の特別養護老人ホームのデイサービスで初めて、認知症の人に出会い、大きな衝撃を受けることになりました。

それは、どのような衝撃だったのでしょうか。

中島

まずホームの壁と天井が真っ白で、それはそれで美しいのですが、人が生活する空間なのかなと違和感を覚えました。その白いホールを、認知症の方がずっと歩いているんです。私はどう接すればいいのか知識もなかったので、その方と一緒にずっと歩きました。その方は「外に出たい」と外ばかり気にしていたのですが、鍵は閉まっています。どんな気持ちで歩き続けているのか、とても気になり、図書館で調べたりしましたが、認知症に関する本はほとんどない。唯一、家庭的雰囲気で認知症ケアを行う「グループホーム」について書かれている本が一冊あって、その著者が後に私が客員研究員として携わるようになる「認知症介護研究・研修東京センター」の研究者、永田久美子さんだったわけですが、そこから認知症ケアについて本格的な学びをスタート。ケアの仕方や環境を変えることで、認知症の人も落ち着く可能性があることがわかってきました。今では、ずっと歩いている方がいたら、なぜ歩くのか理由を探りケアを工夫する方法が広く認知されています。しかし当時は、認知症の方が疲れるまで歩けるような回廊型の施設がいいとされていました。その後、全国痴呆性高齢者グループホーム連絡協議会(現・日本認知症グループホーム協会)という、認知症ケアの第一線で本当に真剣に認知症の方に向き合っている事業者団体と出会い、そこで十数年お手伝いすることになりました。今、振り返ると、そのときの現場経験が私の財産になっていると思います。

マクロ、メゾ、ミクロの観点で認知症にアプローチ。

先生の研究内容について簡単に教えてください。

中島

私はマクロ、メゾ、ミクロの観点で認知症ケアについて研究していますが、そのうちのマクロ、メゾの観点についてお話しします。まずマクロの観点でいうと、以前、医療経済に関わる研究所で、国際比較研究をしていました。まだ認知症に対する体系立った国家戦略がなかったときで、いろいろな国の認知症施策について調査しました。その成果の一部は、その後のオレンジプラン、新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)にも活かされているのではないかと思います。国によって文化が違いますから、各国の比較研究はなかなかむずかしいのですが、マクロ的な観点から、認知症に関する制度や仕組みづくりについて研究していくことが大切だと考えています。

二つ目が、メゾの観点ですね。

中島

メゾレベルでは、「地域で暮らす」ということが今、すごく大事だと言われるようになり、2018年度から全国の市町村に、認知症地域支援推進員という専門職が配置されています。認知症地域支援推進員の使命は、各市町村が進めている認知症施策の推進役、そして地域における認知症の人の医療・介護などの支援ネットワーク構築の要として役割を果たすことです。こうした専門職がどうすれば実践的な力をつけられるか、何をすれば良い支援を提供できるか、研修を一緒に考えさせてもらいながら研究を進めてきました。ここで大切なのは、支援する専門職に「頑張れ頑張れ」と言うだけでなく、専門職を守っていく姿勢です。ケアの実践者たちが無理なく活動できる形も模索していかないといけないと考えています。

認知症の一人暮らしがむずかしいのはなぜか。

「地域で暮らす」と言う視点から、認知症ケアのむずかしさはどこにありますか。

中島

一人暮らしで認知症という方が増えていることに対して、どう仕組みを整えていくかは今後さらに考えなくてはならない課題だと思います。そのなかには、生涯未婚の方もいれば、伴侶と死別、離別されている方もいて状況はさまざまですが、明らかに家族機能は下がっています。たとえば、最後の死を迎えるとき、どこまで我々は許容できるのか、という問題があります。見つかったときに亡くなっている場合、事故死、孤立死になります。でも、その過程で本人の暮らしが尊重されていた場合、本人は最後までその人として生きてきたわけで、その瞬間までその人らしく暮らせたと考えることが出来るのではないか、と思うわけです。

周りが心配しすぎる中で、本人の行きたくないところへ移転を促され、そこで亡くなることは、果たして良いことなのかどうか。一人暮らしの認知症高齢者がどこでどのように亡くなるのか、その時に何を考慮しなくてはならないのか、という研究をしていく必要を感じています。

死を迎えるまでの過程に着目されているわけですね。

中島

そうです。死ぬことは、生きることでもありますから。その過程をもう少し研究していきたいですね。これまでも独居の方の在宅限界の研究をしてきましたが、一人暮らしの認知症高齢者の尊厳というテーマでは、学会で意見交換しても、まだ答えは出ていません。また地域を見渡すと、偏見という言葉は強過ぎますが、まだまだやっぱり認知症に対する先入観があるように思います。認知症と診断された本人もショックが大き過ぎて、誰とも関わりたくない、知られたくない、というふうになってしまう。もっと外に出て、理解してくれる人と出会えば、全然世界は変わってくるはずなのに。認知症は誰でもなる可能性がありますが、「認知症になっても大丈夫、安心して暮らしていける」というところまで地域社会はまだ到達していないと思います。

本人の尊厳を守りながら、支えていく。

認知症の人を支える上で、ほかにはどんな課題がありますか。

中島

意思決定支援のむずかしさも大きな課題です。セルフネグレクトという言葉がありますが、認知機能が下がっていくと、自分で判断することが難しくなっていきます。本人は独居や家族同居を望んでいるのか、施設を望んでいるのか、それを我々が判断していいのか、むずかしいところです。本人を軸にした話し合いが大切と言われますが、話し合いの基準、参照軸もまだ発展途上です。また、人の意思は変わるので、その可変可能性も担保しなくてなりません。認知症の人にも、失敗する権利、愚行権もあるので、本人の意向を頭ごなしに否定することも避けるべきです。

地域や社会は、認知症の方をどのように支えていけばいいのでしょうか。

中島

認知症だからといって過剰にケアし過ぎるのではなく、「一緒に」という視点が大切だと考えています。“for(誰々のために)”ではなくて、“with(誰々とともに)”ですね。認知症が進行してできないことが増えていっても、できる範囲で一緒に楽しんでいく。部分的にでも何かを手伝っていく。そういう姿勢で取り組んでいきたいですね。認知症バリアフリーとも言われますが、一人暮らしの認知症の方が暮らせる世界は、どんな人にとってもやさしい世界なのではないでしょうか。そういう世界を築いていけたらいいなと思います。

(福)協同福祉会のチャレンジ

市民生活協同組合ならコープを設立母体とする社会福祉法人協同福祉会。1998年に設立し、翌1999年、施設の第一号として特別養護老人ホームあすなら苑を開設。現在、奈良県内に20拠点の複合施設と行政委託による3拠点の合計23拠点を展開し、幅広い介護・福祉サービスを提供しています。

ほっとけない・ほっとかない精神で
認知症の人たちを支えていく。

社会福祉法人協同福祉会

奈良県大和郡山市宮堂町160-7

https://asunaraen.or.jp

高齢者のふつうの暮らしを支えるために。

 社会福祉法人協同福祉会が生まれたのは、将来の介護に不安を抱えるという、ならコープ組合員の声がきっかけでした。女性の負担によって成り立っている介護を少しでも支援しようと、市民参加型の福祉事業を計画。組合員の募金活動により、特別養護老人ホームあすなら苑を開設しました。その後、奈良県内に次々と拠点を広げ、現在は特別養護老人ホームのほかに、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、訪問介護、小規模多機能型ケアホーム、看護小規模多機能型ケアホーム、グループホーム、デイサービス、地域密着型デイサービス、ケアプランセンター、訪問看護ステーション、養護老人ホームなどの福祉サービスと保育事業を展開しています。

 同法人が何よりも大切にしているのは、高齢者の尊厳を守り、ふつうの暮らしを支えることです。施設第一号のあすなら苑で得たさまざまな経験から、本当に尊厳ある生活を支えるには何が必要か、ケアの一つひとつを見直し、換気やにおい対策などを示した「10の基本ケア」を提言。この基本ケアを根底において、さまざまな施設で高齢者の生活を支え続けています。

認知症になっても一人で暮らせる地域づくりを。

 同法人では、認知症高齢者のケアにも力を注いでいます。独居の人が認知症を発症すると、近隣から火災の心配などを指摘され、本人も一人暮らしをあきらめて施設に入居するのが一般的です。しかし、同法人では、定期的に利用者の居宅を巡回して日常生活をお世話する「定期巡回型訪問サービス」などを提供することで、認知症の一人暮らしを支援しています。

 たとえば、地域包括支援センターなどから「ごみ屋敷になっている家がある」「テレビが大音量」といった相談を受けると、まずは職員が本人と面談し、これからの生活の立て直しを考えます。同時に、近隣の人や自治会、民生委員の人々に、認知症という病気について丁寧に説明し、地域で暮らしていくための方法を一緒に考え、提案していきます。こうした支援活動の根底にあるのは、「ほっとけない・ほっとかない精神」。認知症になって途方にくれる状況にできるだけ早く対応し、手遅れにならないような方策を提供しています。また、認知症になっても暮らせる環境をつくることは、町の人にとって、「将来、自分や家族が認知症になっても安心して暮らせる」ことにつながります。同法人では地域住民を対象にした学習会などを積極的に開きながら、年老いても病気になっても地域で暮らせるような環境づくりに根気よく取り組んでいます。

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