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#67 診療所の看護師の役割

病気とともに生活を看る
看護師の存在が、
地域生活支援の鍵を握る。

看護学部 看護学科

白尾久美子 教授

白尾久美子教授の研究分野は、臨床看護学。地域住民にとって身近な診療所に勤務する看護職の役割に着目し、地域生活支援において重要な役割を果たしている看護師たちの実態調査と研究に取り組んでいます。その研究内容や目的について話を聞きました。

社会課題

生活課題を抱える人の早期発見の必要性。

 生活課題とは、育児困難、介護困難、生活困窮、引きこもり、虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス=配偶者や恋人など親密な関係にある者から振るわれる暴力)、性暴力被害など、生活のなかで解決すべきさまざまな問題を指します。生活課題は広範囲にわたりますが、8050問題(80代の親が50代の子どもの生活を支えるという問題)を含め、介護や貧困など複合的な課題を抱えている人も少なくなく、生活課題は複雑化、深刻化しています。

 こうした生活課題に対応するには、まず支援を必要とする人々を早期に発見し、適切な専門職につなぐことが重要になります。その発見者として、地域住民と密接な関わりをもつ民生委員、市区町村社会福祉協議会の地区担当、地域包括支援センターのスタッフなどがあげられます。しかし、要介護の高齢者や介護者、育児困難、産後うつ、虐待、生活困窮者などの地域生活課題を見極めるには、専門的な知識や経験、コミュニケーション技術が必要となるため、十分に対応できているとは言い難い状況です。そこで、早期発見の担い手として期待されるのが、地域にくまなく配置されている診療所の看護師です。今後、診療所の看護師が生活課題への関わりをさらに深め、地域全体で支援を求める人々をサポートしていくことが望まれます。

INTERVIEW

「診療所の看護師」に着目した理由とは。

地域の生活課題に対して問題意識をもつようになったのはどういうきっかけからですか。

白尾

私は、公益社団法人日本生命財団40周年記念特別委託研究を受け、「地域共生社会の実現にむけた地域包括支援体制構築の戦略-0歳から100歳のすべての人が安心して暮らせる地域づくりをめざして-」をテーマにした二つのプロジェクトに参加しました。一つは、地域における生活課題を抱えた対象者を早期に発見し、行政につなげるためのスクリーニングシートの作成です。もう一つは、二次医療圏内の地域包括ケアを支える多職種連携研修の進め方を明らかにするプロジェクトです。この二つのプロジェクトを通して、生活課題を抱えた人々を支援する専門機関は相談窓口から支援事業へと徐々に充実してきていると実感しました。しかし、生活課題を抱える人々を発見し、適切な専門家につなぐ担い手は不足しているのではないかと感じました。

困っている人を最初に見つけて支援する人が、もっと必要だというわけですね。

白尾

そうなんです。生活課題を抱えた人を見つけなくては、いくら支援体制が整っていても問題解決には至りません。そこで着目したのが、診療所の看護師でした。考えてみれば、診療所は地域にくまなく存在している、日本でもっとも多い医療機関です。診療所にやってくる患者さんや家族は、多様な健康問題はもちろん、さまざまな生活課題を抱えています。そういった個々の問題を把握できるのは、患者や家族の生活と密接な関わりをもつ診療所の看護師ですよね。診療所の看護師は、診療の補助や療養支援という看護師本来の役割を担いつつ、地域住民の困りごとにもいち早く気づいているに違いない、そして、その人たちを適切な専門機関につなぐ上でもきっと大きな役割を果たしているだろう、と仮説を立てました。

生活課題の発見と連携に欠かせない存在。

その仮説に基づいて、先生の研究が始まったわけですね。

白尾

はい。手始めに、診療所の看護に関する先行研究について調べ始めたのですが、文献の数がとても少ないことに驚かされました。訪問看護や病院の看護、へき地診療所の看護などについては、これまでたくさん研究されてきたのですが、診療所の看護や外来看護についてはあまり注目されてこなかったようです。そこで、実際に診療所の看護師の皆さんに、話を聞いてみることにしました。とくに焦点を当てたのは、都市部(人口集中地区)の診療所です。地方では地域住民同士のつながりが密であることから、ある程度、生活課題を抱える人を見守る体制ができあがっているのではないかと推察されました。でも、都市部では支援に必要な保険医療福祉資源は整備されていますが、人と人の関係が希薄で、生活課題への対応も不足していることが想定されます。そこで、都市部の診療所の外来看護師に協力を依頼し、面接しました。

研究は現在も続いていると思いますが、初期の面接ではどんなことが見えてきましたか。

白尾

最初に予想した通り、診療所の看護師は日々の看護業務を行いながら、地域住民の健康を支えるために重要な役割を果たしていることがわかってきました。というのも、診療所には顔見知りの人がやってくるわけで、看護師はその人たちの生活を丸ごと把握していますし、ちょっとした生活の変化にも気づくことができるんですね。実際に、患者さんの様子の変化から「こんな生活課題に気づき、対応策を練った」という証言がいくつか聞かれました。その結果を踏まえ、さらなるデータ収集と分析を続けているところです。

診療所の看護師を取り巻く課題。

研究を通して、診療所の看護師を取り巻く課題について、何か感じていることはありますか。

白尾

これまでお話ししたように、診療所の看護師は、育児困難や介護困難、生活困窮などの生活課題を抱える人を早期に見つけて、専門機関へつなぐという重要な役割を担っています。でも、その役割の大きさに見合うだけの評価がなされていないのではないか、と感じています。また今回、お話を聞いた看護師は皆さん、「患者さんの病気を看ながら生活も見る」という高い意識をもっている方々でした。生活課題を早期発見するには、看護師自身が生活への高い意識をもつことが重要です。そのためには、看護師自身が学べる環境づくりが必要ですが、学校の教育にも「外来看護」というプログラムはないですし、卒後教育(免許取得後の教育)の体制もありません。診療所の医師も、看護師が地域住民の生活を守る上で果たすべき役割や教育の必要性を実感している人は少ないかもしれません。ですから、これから、診療所の看護師に系統立った教育の機会や研修の機会をどうつくっていくか、ということが大きな課題だと考えています。

診療所の看護師の人数については充足されているのでしょうか。

白尾

地域住民の健康や生活を守る担い手という観点からすると、もっと増えるべきだと思います。就業場所別の看護職員の推移をみると、訪問看護ステーション、護保険施設等の看護師の増加割合が高くなっている反面、診療所の看護師数の増加率はそこまで大きくありません(2023年厚生労働省「看護師等(看護職員)の確保を巡る状況」より)。実は診療所は、医師がいて設備が整っていれば、看護師がいなくても開設できるんですね。そういうこともあって、なかなか診療所の看護師は充足しないのかもしれません。それに、看護師自身の選択もありますね。若い人たちの間では、一般的な診療所よりも、美容外科や美容クリニックなどに人気が集まっているようです。

診療所を通した地域コミュニティづくり。

本研究を通じて、どんな成果をめざしていらっしゃいますか。

白尾

この研究は、都市部の診療所の外来看護における、生活課題の発見・連携に向けた取り組みの実態を明らかにすることを目的にしています。生活課題については、市町村の総合窓口、民生委員、市区町村社会福祉協議会の地区担当、地域包括支援センター、保健センター、病院の救急外来などで対応されていますが、診療所の看護がその役割を担っているとの認識は低いと思いす。まずは、その認識を高めたいですね。第一ステップとしては、看護界の人々に対し、「診療所の看護師は病気だけに関わっているわけではなく、地域の人々の健康や生活のために機能している」ということを認識していただくことをめざしています。

看護界や社会の認知が広がれば、診療所で高い意識をもって働く看護師も増えていきそうです。

白尾

そうなれば、うれしいですね。また、診療所の看護師の役割を明らかにすることで、診療所自体の存在意義も高まるのではないかと期待しています。診療所では病気を早期発見して病院へつなぐ、という取り組みは以前から進められてきて、病院と診療所のつながりは強くなっています。これからは、それに「地域とのつながり」も加えて、診療所が地域の生活課題にいち早く気づく拠点になっていけば理想的ですね。診療所を通して地域コミュニティが育ち、さまざまな福祉の公的サービスとも協働する体制ができれば、より安心して暮らせる地域づくりにつながっていくのではないでしょうか。

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