#55 生活困窮と金融排除
金融ウェルビーイングの視点から
生活困窮者への支援を考える。
社会福祉学部 社会福祉学科
角崎洋平 准教授
角崎洋平准教授の研究分野は、社会福祉学、政治哲学、社会政策。金沢大学卒業後、国民生活金融公庫(現 日本政策金融公庫)に勤務していた経験をベースに、低所得者層の家計構造と金融排除に着目して研究に取り組んでいます。角崎先生に、コロナ禍でも注目された生活福祉資金貸付制度を中心に、生活困窮の金融面の支援について話を聞きました。
社会課題
コロナ禍の特例貸付を受けても、生活を再建できない現実。
貸付とは、金銭消費貸借契約に基づき、人に資金を貸す(後日返却されることを前提に資金を渡す)ことです。そのうち、生活福祉資金貸付のような、生活困窮者、障害者、高齢者などを対象とした、社会福祉分野の貸付制度は、福祉貸付制度、もしくは福祉的貸付制度と呼ばれます(※)。近年、注目される福祉貸付制度として、コロナ禍で生活に困窮した人たちに生活資金を無利子で貸し付ける生活福祉資金貸付の「特例貸付」があります。この制度では、1世帯当たり最大合計200万円を貸し付けることができ、2020年3月25に受付が始まり、以降約3カ月単位で延長が繰り返され、2022年9月30日に申込受付が終了しました。貸付件数は380万件以上、貸付金額は総額1兆4000億円以上にのぼりました。
この特例貸付を利用した世帯は多く、全体の貸付総額は過去最大の突出した金額になりました。しかし、お金を借りても苦境から抜け出すことができず、返済が滞り、返済負担がさらなる生活状況の悪化につながるケースもたくさん起きています。迅速な貸付を優先するために、十分な相談支援を省いた結果、生活再建の道筋を見つけることができなかったのではないか。また、そもそも生活困窮者に生活資金を貸付すること自体が問題だったのではないか、とも指摘されています。
※生活福祉資金貸付制度は、低所得者や高齢者、障害者の生活を経済的に支えるとともに、その在宅福祉および社会参加の促進を図ることを目的とした貸付制度。都道府県社会福祉協議会を実施主体として、県内の市区町村社会福祉協議会が窓口となって実施しています。
INTERVIEW
金融ウェルビーイングの向上が、幸せな生活につながる。
まずは、先生の研究内容について教えていただけますか。
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角崎
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もっとも関心があるのは低所得者層の家計構造と金融排除で、そこに着目しながら調査や研究を進めています。研究の前提として大切にしているのは「金融ウェルビーイング」という考え方です。ウェルビーイングは「良い暮らし向き」「暮らしやすさ」という意味で、金融ウェルビーイングは資金繰りの面で不安なく暮らせる状態を指します。日本福祉大学の「ふくし」、すなわち「ふつうのくらしのしあわせ」でいうと、お金のやりくり面でみた「ふつうのくらしのしあわせ」といってもよいかもしれません。たとえば、普通に生活していても、車が壊れたり、家が雨漏りしたり、親族が亡くなって帰省するなど、急にお金が20万、30万円と必要になるのはよくありますよね。そういうときに貯金があったり、お金を貸してくれる人や金融機関があれば心配しなくていい。たとえ所得が低くても、日々の暮らしに不安がなく、将来も安心して幸せに暮らしていくことができていれば、金融ウェルビーイングが実現できているといえるでしょう。生活困窮者への貸付を考える際、金融ウェルビーイングは欠かせない視点だと考えています。
先生の研究テーマである「金融排除」とはどういう意味ですか。
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角崎
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今日の日常生活ではキャッシュレス化が進んでいます。少なくない生活困窮者は破産歴などからクレジットカードが作れなかったりして、日常生活での不便を経験しています。またクレジットカードを持っていたとしても、日々の生活資金の不足を補うために、カードローンやリボ払いの利用で、高利の利子や手数料の支払いがかさばり、苦しんでいる人もいます。資金不足のときに低利で適切な金融サービスを利用できればよいですが、利用できなければ、資金不足が解消されなかったり、不適切な金融サービスの利用で、生活状態がより悪化したりすることがあります。このような状態、すなわち適切な金融サービスから排除されている状態を「金融排除」とよびます。これは金融ウェルビーイングを妨げる原因の一つになります。そのほか、低所得者で収入がなかったり、収入が不安定であったり、福祉的な給付金が不十分であることも、金融ウェルビーイングの実現を妨げる原因です。また年金や児童手当などの社会手当が毎月給付ではなく「まとめ支給」になっていることも、家計の毎月の変動を大きくしており、これ自体も金融ウェルビーイングの実現を妨げています。私はこうした諸問題に着目しつつ、生活に困窮している人々にお金を貸す、福祉貸付事業についても研究しています。
実は生活資金は事業資金より貸付しやすい。
お金を貸す側からすると、生活困窮者にお金を貸すのは、やはりリスクが高そうに思いますが。
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角崎
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そこは、一概には言えないところです。一般には、事業資金でお金を貸すのと生活資金で貸すのでは、事業資金の方が安全だと思われがちです。でも、事業資金でお金を貸す場合、金額が高くなりますし、産業構造のトレンドもありますので、一旦業績が下がると持ち直すのはなかなか難しくなります。その点、生活資金の場合、金額が少なくて返しやすい利点があります。たとえば、150万円を無利子で借りることができたら、毎月2万5000円ずつ5年間で完済することができます。夫婦のうち、今、妻は体調不良で働いていないけど、体調が回復して短時間でも働けるようになったら、2万5000円分の収入の増加は頑張って得られる、というケースもあります。2万5000円は無理だけど、1万円ずつなら返していける、ということもあるかもしれません。借りた人が将来にわたって働けなくなる以外は、少額の返済であれば返し続けることができる、というケースは多いのです。
それでも返せないケースもありますね。
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角崎
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その通りです。では、なぜ「返す・返せない」が生じるかというと、その重要な鍵の一つは、借りた人と貸す人の信頼関係だと思います。貸す人が相談相手となり、家計が苦しくなった原因を一緒に考え、打開策を検討していく。もしものときも借りた人の生活を困窮に追い込んでまで取り立てはしない。借りた人は貸す人を信頼して、時折貸した人に生活相談をしながら、生活再建を進めていく。そんなふうにお互いの信頼関係が構築され、貸す側がずっと伴走支援していけば、返せなくなるリスクは極めて小さくなると思います。実例をあげますと、青森県・岩手県には信用生協(消費者信用生活協同組合:消費者のお金に関わる相談と貸付を行う)という生活協同組合があります。信用生協は東日本大震災発生時点において、多くの被災者に対する債権を抱えていました。しかしそれで、貸し倒れの事案が増えたかというと、そんなに増えなかったそうです。これは、震災の支援金があったからという理由もありますが、やはり借りた人と貸す人の信頼関係があったからだと思います。
お金を貸すだけでは、貧困から脱出できない。
なるほど、目に見えない信頼関係が非常に大切というわけですね。
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角崎
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その通りです。反対に、信頼関係を構築できなかったことから、多額の貸し倒れが起きつつあるのが、コロナ禍で行われた生活福祉資金貸付の特例貸付だと思います。本来、社協(全国社会福祉協議会)では申請の際に丁寧な相談支援を行い、生活状況や返済能力を把握して、ほかの相談機関や制度の利用も検討した上で、貸付の必要性を判断します。しかし、コロナ禍で生活困窮に陥る人が急増するなか、国は迅速に貸付をすることを優先し、相談支援を省いて柔軟に貸付してもよいという方針を示しました。その結果、相談支援なく貸付を行うことになりました。2023年1月より特例貸付の返済が始まったわけですが、今問題になっているのはお金を返せないまま社協に連絡してこない人がたくさん出てしまっていることです。お金を返せなくても連絡さえしてくれたら、償還免除や償還猶予、生活保護などの支援策を検討できますが、連絡してこない人にはなんの支援も提案できません。
困っている人にお金を貸せばいい、という問題ではないのですね。
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角崎
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ええ。生活福祉資金貸付は本来、丁寧な相談支援を前提とする制度です。お金の相談の背景にはさまざまな生活上の問題や困難が隠れていることも多く、そうした問題を丁寧に解きほぐして支援につないでいくことができないのであれば、単にお金を貸し付けしても十分な問題解決にはつながりません。確かにコロナ禍において迅速な貸付で救われた世帯も多くあったと思いますが、これまでの経過をみると、国はもっと相談支援体制の整備を進めることもできたのではないかと考えます。ただし、相談支援にはたくさんの人件費が必要となり、そのお金をどのように捻出するかという課題もあります。また仮にお金があったとしても、そうした相談支援を行う福祉人材が不足している、ということも問題になっています。
中期間の貧困を支えるセーフティネットを。
コロナ禍の特例貸付は、改めて多くの気づきを与えてくれたわけですね。
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角崎
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そうですね。これまで低所得者向けに具体的にお金を渡してくれる制度としては雇用保険と求職者支援制度を除けば、貧困層には生活保護、貧困層手前の低所得世帯には住居確保給付金(※1)と生活福祉資金貸付しかありませんでした。簡単にいうと、長期的には生活保護、短期的には主には貸付で支援してきたわけです。また、過去の生活福祉資金貸付の利用者は、収入ゼロの人がほとんどでしたので、生活保護受給水準よりも収入の多い低所得者、というよりも何らかの事情で生活保護を受給できない生活困窮者、といったほうがよい人たちです。住居確保給付金もコロナ禍では要件が緩和されましたが、本則では離職している人が対象の短期間の給付制度ですので、不安定な収入の中で働いている人は対象から外れてしまいます。しかし、コロナ禍の特例貸付を利用したのは、離職していない、平均月収15万円くらいの世帯が中心でした。そういう世帯はおそらく非正規雇用か自営業、正社員だけど歩合給などの人たちで、単なる低所得ではなく収入が不安定な人たちです。コロナ禍で特例貸付の利用をせざるを得なかった人たちは、たとえばコロナ禍の人々の消費スタイルの変化によって1、2年、あるいは3、4年という中期間のスパンで収入が減少しました。またそうでなくても、瞬間的には収入が多かったり長期的にみると一定の収入はあっても、中期的にみれば毎月の収入が極度に不安定だったりします。そういう中期間の生活困窮者に対し、どのように支援していくか。この層をカバーする支援制度はほとんど見当たらないのが現状です。
中期間、収入の不安定さを抱える層にはどんな金銭的な支援が必要でしょう。
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角崎
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ここ数年間だけの生活困難を凌ぐために、自宅や自動車や預貯金を手離さなくても給付を受けられる制度や、収入が不安定であっても生活困窮に至らないようにするような貸付以外の給付制度があるといいと思います。たとえば、給付付き税額控除(※2)、現行の住居確保給付金の制度を拡充した住宅手当制度なども整備していくと良いのではないでしょうか。また、中期間、収入が不安定になった方々に対し、社会全体がもう少し背景を理解し、見守っていくことも大切です。たとえば、給食費や公共料金、税金や社会保険料が払えていないとしても、社会全体がもっと寛容に丁寧に対応していくことが求められていると思います。最初に言った「金融ウェルビーイング」のためには利用しやすい適切な金融サービスも必要なのですが、金融(貸付)をあまり利用しなくても済むような社会制度、ときどきの家計の資金不足に寛容な社会の在り方も、必要だと考えます。
- 離職等により住居を失った又はそのおそれが生じている人々に、一定期間家賃相当額を支給する制度。
- 給付付き税額控除制度は、税金から一定額を控除する減税で、課税額より控除額が大きいときにはその分を現金で給付する措置。
消費者信用生活協同組合のチャレンジ
消費者信用生活協同組合(以下、信用生協)は、岩手県・青森県をエリアに6カ所の拠点をつないで、消費者のお金に関わる相談と貸付を行う生協です。
「もっと早く相談したかった」
というたくさんの声。
生活困窮者の最後の砦として
暮らしとお金の相談に応える。
消費者信用生活協同組合
本部:岩手県盛岡市南大通一丁目8番7号
無料相談を軸に、家計の改善をめざす。
信用生協が設立されたのは1969年。当時、労働組合のない中小企業の社員や自営業者などは金融機関でお金を借りることができず、高利貸しに頼らざるを得ない状況でした。そうした人々に必要なときに金融サービスを提供できる生協法人として、設立されました。
信用生協に相談に来る人は、仕事を失った、精神的な障害やギャンブル依存症、高齢独居、多重債務を抱えるなど、さまざまな要因で生活苦に陥った人々です。すでにいろいろ相談しても解決策が見出せず途方にくれた人が最後の砦として相談にくるケースも多く、「もっと早く相談にくればよかった」という声が多数届いています。無料相談では、相談員が家計の状況を丁寧に聞き出し、どうすれば生活を再建できるか一緒に考えていきます。その上で、生活資金の貸付が必要であれば、生協独自の貸付制度を案内したり、社協の生活福祉資金貸付制度を紹介したりして、家計の改善に導いています。相談件数は年間平均1500件前後。そのうち、貸付を行うのは3割程度で、残りの7割は債務整理の提案など親身な相談を続けることで家計の改善を図っています。その根底には「貸付を行うことだけが支援ではない。借金を背負い、生活を壊してしまっては支援の意味がない」という考えが貫かれています。
「お世話になったから返さないと」という利用者の気持ち。
東北をエリアとする信用生協にとって、2011年の東日本大震災は大きなできごとでした。当時、被災地に住む人々に2億7000万円ほどの貸付残高がありました。生活再建するまでの返済猶予とその間は無利息とする措置を設けたものの、地震で仕事や住む場所を失った被災者にとって返済は非常に困難なことです。返済されるのは難しいと思われました。しかし、ふたを開けてみれば、「信用生協さんにはお世話になったから、絶対に返します」という声が続々届き、ほとんどの貸付金が返済される結果となりました。このことは、単にお金を貸すだけでなく、利用者との間に厚い信頼関係が築かれていた証といえるでしょう。
今後の目標の一つは、無料相談体制を維持すること。相談業務には多くの人件費がかかりますが、自殺対策や家計改善など自治体の相談委託事業などを広げることで人件費負担の軽減を図り、これからも消費者の相談に幅広く応えていく考えです。二つ目は、生活支援に携わる地域の諸団体とさらに連携を深めていくこと。たとえば、社協や弁護士団体、生活困窮者を支えるNPO法人、独居高齢者を支えるNPO法人など、生活に関わる相談窓口は近年非常に増えています。それらの団体が互いに理解し連携を深めることで、相談者にとってもっとも良い解決策を提供できるようにしていきたいと考えています。
- 社会福祉学部 社会福祉学科
- くらし・安全