#53 表現の可能性
ダンスはコミュニケーションツール。
身体を使って対話する楽しさを広げたい。

スポーツ科学部 スポーツ科学科
山口 晏奈 助教
山口晏奈助教の専門は舞踊学。日本体育・スポーツ・健康学会に所属し、主に、学校体育の中のダンスの授業の指導法について研究に取り組んでいます。山口先生に、表現の可能性について話を聞きました。
社会課題
必修化されたダンス教育、その指導の難しさ。
文部科学省では、2008年に中学校学習指導要領の改訂を告示し、新学習指導要領では中学校保健体育において、武道・ダンスを含めたすべての領域を必修としました。これにともない、2012年より中学校の1・2年生は必須科目、3年生は選択科目としてダンスが組み込まれることになりました。 中学校保健体育におけるダンスは「創作ダンス」「フォークダンス」「現代的なリズムのダンス」で構成され、イメージをとらえた表現や踊りを通した交流を通して仲間とのコミュニケーションを豊かにすることを重視する運動で、仲間とともに感じを込めて踊ったり、イメージをとらえて自己を表現したりすることに楽しさや喜びを味わうことのできる運動です(文部科学省ホームページより)。また、それ以前からダンスは、小学校の体育において「表現リズム遊び」や「表現運動」として教育指導要領に組み込まれており、子どもたちは9年間にわたりダンスを学ぶことになっています。
それから十年余、ダンスを専門的に学んだ保健体育の教員は多くなく、現場での指導のむずかしさが問題になっています。2018年4月〜7月、新潟県新潟市の全小学校、全中学校を対象にした調査(※)によると、「技能評価の視点と授業の構成方法」「児童・生徒に向けた言葉のかけ方」「多様で自由かつ独創的な動きや即興的な表現を引き出すこと」などに課題を抱いている指導者が多いことが明らかになっています。
(※) 症例・事例・調査報告 教育現場における「表現運動・ダンス」指導時の困難さについて—新潟市内小・中学校現職教員への実態調査をもとに—
INTERVIEW
カッコいいだけが、ダンスじゃない。
最初に、先生のダンス歴について教えてください。
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山口
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私は4歳くらい、物心がつくかつかないかの頃からダンスを習い始めました。最初は近所のダンス教室で踊っていて、音楽に合わせて体を動かすのが楽しかったですね。それから小学校、中学、高校と進学するにつれ、いろいろな形でダンスに携わっていきましたが、ダンスってこう踊るものだという固定観念がありました。高校のとき、入部した創作ダンス部で初めて自分が振りつけたダンスを踊ったんですが、そのときもまだ固定観念に縛られていたと思います。それが、大学に進んで、コンテンポラリーダンスの恩師とダンス部で出会い、初めて表現の楽しさに気づくことができました。それは、私にとってとても大きな衝撃でした。

その衝撃について、もう少し詳しく教えていただけますか。
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山口
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その恩師は、常に新しい道を切り拓いていく方で、教えてくださるコンテンポラリーダンスも先鋭的なものだったんです。最初は「なんだ、これ?」という感じで、これまで見たこともない表現や指導にとても驚かされました。それまでは、カッコよくきれいに踊ることが求められ、それに応えようとしていましたが、面白い表現もいいんだと。むしろ、私は人を笑わせるような表現が似合うらしく「面白いダンスを踊っているときが一番輝いてるよ」と教えていただき、「それもありなんだ、そういう表現もいいんだ」ということに気づき、そこから表現する楽しさに目覚めていきました。
言葉が生まれる前からダンスは存在していた。
なるほど、表現する楽しさこそ、ダンスの醍醐味というわけですね。
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山口
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そうですね。ダンスは身体表現であり、コミュニケーションツールだと考えています。自分のメッセージを伝えたり、相手の考えを理解する道具ですね。体は言葉ほど器用ではないので、いろいろ並べ立てることはできません。でも、嘘をつけない分、体から発信されるメッセージは切実で、相手に伝わるのではないでしょうか。体の内側にあるメッセージみたいなのものを、皮膚を通して発しているのがダンスだと思います。
ダンスを通じて、思いを伝えることができると…。
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山口
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はい。ダンスの起源を辿ると、文明が始まる前にたどり着きます。まだ言葉が生まれる前、人々がどうやってコミュニケーションをとっていたのかというと、やはり身体表現、ダンスだったと考えられています。たとえば、ラグビーのニュージーランド代表が試合前に披露する「ハカ」という踊りは、ニュージーランドの先住民、マオリ族の言い伝えによると、生命の祝福として始まったといわれています。誕生や葬儀などの場で同じ民族が一緒に踊り、共鳴していたわけです。
現代も地域の人々が一緒に踊るような機会が増えれば、もっと楽しくて豊かな社会になるかもしれませんね。
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山口
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そう思います。たとえば徳島の阿波踊り(徳島県徳島市で8月のお盆期間に開催される盆踊り)、沖縄のエイサー(沖縄県で旧盆に行われる念仏踊り)などを見ると、地域の人々の間にダンスが根づいていて、とてもうらやましいなと思います。都市部にも、そういったダンスの文化ができればいいですね。

ダンスを通じて対話していく大切さ。
では、表現とはそもそも何なのでしょうか。
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山口
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簡単に言ってしまうと、自分の中に持っているもの、みんなが持っているものだと思います。自分の内側にあるものを表現することもありますし、自分の内側のものが無意識的に表現されてしまうこともあるのだと思います。また、表現はすべてノンフィクションでなくてもいいと思っています。「私は悲しい」という気持ちがあるとき、その悲しみをそのまま表現しなくてもいい。フィクションとして何か違う表現をして、ダンスを見る人がそれをどう読み取っていくのかというところがまた面白いのではないでしょうか。
ダンスを通じて、ノンフィクションやフィクションのメッセージを表現していくということですね。
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山口
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そうです。ダンスを通じてメッセージを伝えようと考えることがとても大切です。同じように、そうやって体から発せられたメッセージを読み取る力を養うことも重要です。「このダンスを見て、何を感じますか」ということは、授業のなかでもよく学生たちに問いかけるのですが、「難しくわからない」という答えが返ってくることもあります。そこで終わらせるのはもったいないですよね。自分と同じ人間が何かしらメッセージを伝えようとして踊っているのだから、何か感じとることができるはずです。そして、そのメッセージに対するアンサーをまた身体で表現する。そんな会話ができればいいなと思います。

ダンス指導は、ファシリテーション。
先生の研究内容について、簡単に教えていただけますか。
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山口
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私は主に、学校体育におけるダンスの授業の指導法や組み立て方について研究しています。文部科学省は今、「主体的・対話的で深い学び」の視点に立った授業改善を進めていますが、ダンスの授業はその視点にとてもマッチした内容を展開できると考えています。そのときに指導者が心がけたいのは、子どもたちの何かを「引き出してあげよう」としないことです。「引き出してあげる」というスタンスで前に立つのではなく、「私はこう感じたよ」と伝え、対話していく方が私的にはしっくりきます。その意味で指導のティーチングというのは私はピンとこなくて、それよりもファシリテートしていくような感じがいいと考えています。
ファシリテートについて、もう少し詳しくお願いできますか。
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山口
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ファシリテートとは、英語で「促進する」という意味で、人が集まる場で一人ひとりの意見を活かした話し合いの活動を「ファシリテーション」、そのまとめ役を「ファシリテーター」といいます。教育の場では、従来のように一方的に教えるのではなく、児童生徒たちが主体的・対話的に学べるように支援し、舵取りをしていくのが、ファシリテーターの役割となります。創作ダンスは言語的なものも身体的なものも含め、一人ひとりのアイデアを形にしていくところが楽しさにつながります。そのためには子どもたちが自分の意見を言ったり、友だちの意見を受け入れたりすることがとても重要です。そういう話し合いを活性化するようファシリテートしていくのが、教師の大切な役割になるのかなと思います。
最後に、今後の目標などがありましたら、教えてください。
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山口
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コロナ禍を機に、教育界でもICT(情報通信技術)が非常に普及しました。その新しい技術をうまく活用して、対話的なダンスの授業を組み立てられるような教材の内容を組み立てていきたいと考えています。ダンスがコミュニケーションツールであることをネットで発信していくということも一つですが、それとは別に、対面授業にICTを取り入れることにチャレンジしていきたいですね。たとえば、授業でダンスの動画をみんなで見てディスカッションするような時間を取り入れながら、それを一つのきっかけとして、ダンスの主体的・対話的な学びを発展させていきたいと思います。
NPO法人DANCE BOXのチャレンジ
NPO法人DANCE BOXは、コンテンポラリーダンスという言葉が日本で拡がり始めた1996年に大阪市で設立しました。アーティストと観客をつなぎ、コンテンポラリーダンスを軸にした自由な表現を追求。アートの表現力を活かし、社会的な課題にもアプローチしています。
ダンス表現を通じて
誰もが豊かに暮らせる
社会をめざす。
NPO法人DANCE BOX
事務所/ArtTheater dB KOBE(運営施設)
神戸市長田区久保町6丁目1番1号 アスタくにづか4番館4階

新・長田の劇場を拠点として、ダンス活動を展開。
大阪で生まれたDANCE BOXは、2009年、神戸・新長田に拠点を移転。商店街に劇場をつくり、より地域を意識した活動を展開しています。新長田は、阪神淡路大震災で被災し復興を遂げた町で、文化的背景の異なる外国にルーツを持つ人や新住民を数多く受け入れています。その寛容性に満ちた風土に支えられ、DANCE BOXのアーティストたちも地域に溶け込み、新しい人々との出会いを広げ、地域にコンテンポラリーダンスという新しいアートの文化を育ててきました。

DANCE BOXの主な活動は、コンテンポラリーダンスを軸にしたパフォーミングアーツの公演事業、若いアーティストの育成事業、神戸市内の小・中学校を中心としたダンスワークショップ事業など多彩な内容。劇場の運営をベースに、ダンスの楽しさを発信し続けています。
「こんにちは、共生社会」プロジェクトの展開。
DANCE BOXの活動のなかでもひときわユニークなのが、障害の有無や国籍、性別などに関わらず、誰もが芸術文化を楽しみ、表現に向かい合うことのできる社会をめざす、インクルーシブなクリエイション活動です。DANCE BOXでは、もともと2000年から障害者のためのダンスワークショップを手がけてきましたが、2019年、文化庁の「障害者等による文化芸術活動推進事業」の委託を受け、「こんにちは、共生社会」プロジェクトとして再始動しました。ダンスは言葉を用いない表現。重度の障害がある人も、感情やありようを体で表現することができ、踊ることで一人ひとりが内側に持っている可能性が花ひらいていきます。また、障害の有無混合のプロのパフォーマーが協力してつくりあげるコンテンポラリーダンスカンパニー「Mi-Mi-Bi(みみび)」のステージは完成度が高く、その創作のプロセスを追ったドキュメンタリーが映像作品・映画として公開され、話題を集めています。
「こんにちは、共生社会」プロジェクトは、社会的な課題にアートという切り口からアプローチし、ダンスをする人とダンスを観る人が一緒に、新しい社会のあり方を考えていくものです。福祉制度だけではカバーできない豊かな生き方、障害のある人もない人も暮らしやすい共生社会を、ダンスを通じて実現していこうとしています。

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