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#48 子どもの芸術教育

芸術を通じて
子どもたちの生きる力を
おおらかに育てる。

教育・心理学部 子ども発達学科

江村 和彦 教授

江村和彦教授は、愛知教育大学大学院芸術教育(立体造形領域)修了後、三重県・伊賀土楽の土鍋職人を経て、陶芸家として独立。創作活動の傍ら、大学教育に携わってきました。現在の研究分野は、芸術一般、 教科教育学 。幼児教育における芸術の役割について、話を聞きました。

社会課題

STEAM(スチーム)教育の「A(アート)」の重要性。

 情報科学の進化に伴い世の中が大きく変化しています。今の子どもたちが大人になったとき、AI(人工知能)がますます発達し、仕事や生活のあり方は劇的に変わっていることでしょう。そうした新しい時代に生き抜く力を養うために、世界で注目されているのが、STEAM(スチーム)教育です。STEAMとは、Science(科学)・Technology(技術)・Engineering(工学)・Arts(芸術・教養)・Mathematics(数学)の頭文字を取った言葉。アメリカの国立科学財団(NSF)で考えられたもので、もともとは「STEM(ステム)教育」という考え方でした。STEM教育は理数系科目を重視した教育でしたが、それらの知識を組み合わせて新しい価値を生み出すには、創造性が必要不可欠だと考えられ、A(アート)が付け加えられました。

 どうして、A(アート)が欠かせないのでしょうか。それは、アートには、さまざまな芸術活動を通じて自由な発想力や創造力を育む力があり、作品づくりを通じて自分の考えを表現し、伝える力を養うこともできるからです。IT社会でさまざまな問題解決能力を育てる上で欠かせない分野として、今、子どもの芸術教育が注目されています。

INTERVIEW

なぜ学生は「造形が苦手」だと思うのだろう。

最初に江村先生の経歴について簡単に教えていただけますか。

江村

陶芸に出会ったのは、大学3年生の頃です。そこで、陶芸の魅力にひきつけられ、やきものをもう少し極めたいと考え、大学院へ進みました。大学院を出た後、常滑で半年、三重県の伊賀の土鍋工房で4年くらい修行し、陶芸家として独立。その後は食器などをつくりながら、いろいろな大学の非常勤講師として、図画工作や建築などの科目を教えてきました。

陶芸家として学生に指導する上で、何か気づきや発見はありましたか。

江村

学生と触れ合っていくなかで驚かされたのは、「図工は好きじゃない」とか「絵が苦手」という人が多いことです。私自身は図工が嫌いと思ったことがないまま大人になったので、「なんで嫌いなんだろう」と思いました。そこで、気づいたのは<評価>です。学生に造形の課題を出すと、「これならいいですか」「どこまでやればいいですか」と、最初に評価を気にするんですね。それはなぜかというと、学生たちはそういう評価をされながら育ってきたからでしょう。しかし本来、芸術は「自分はこうしたい」ということを、自分で決められるものであり、その感覚は子どもの頃に養われるものです。造形の楽しさを伝えるには、子どもの教育が大切だと考えていたときに、タイミングよく前任校で幼児教育の中の造形に携わる仕事に出会い、幼児教育の造形表現に携わるようになりました。

子どもたちのピュアな創造力に学ぶ。

現在はどんな教育や研究に携わっているのでしょうか。

江村

幼児期、児童期の造形遊びに注目して、保育園や小学校などで実践研究を重ねています。感触を楽しむ粘土遊びをはじめ、色や形を発見する遊びの中で、子どもたちが何を感じ何に興味を示しているのかを考察します。そこから造形遊びに適した素材、題材の開発を研究しています。その一方で、やきものによる芸術表現も追究しています。陶器、磁器、土鍋などの食器制作とロボットや恐竜のオブジェ制作などを行っています。

実践研究は、学生と一緒に行うケースも多いですか。

江村

はい。ゼミの活動で、少人数ですけれど学生を連れて、保育園や幼稚園を訪問しています。学生は実習となると、評価がついて回るので緊張感もあると思います。でもフィールドワークなら、もう少し自由に子どもに触れて、子どもと同じ目線に立って遊ぶことができます。私が学生たちを連れていくと、子どもたちも「一緒に遊んでくれるお兄さんお姉さんが来た」という感覚で喜んで遊んでくれます。そういう経験を通じて、学生には、自分が子どもだった頃に思いを馳せたり、「子どもたちって、こんなにすごいんだ」ということを感じ取ってもらえればと考えています。また保育者の子どもたちの関わり方も客観的に見ることができる余裕も生まれます。

子どものすごさは、どんなところにありますか。

江村

たとえば、子どもたちは遊びながら自分たちでルールをつくっているんですね。「ここからは海ね」などと決めて、自由自在に遊びの世界を広げています。それは本当にすごく大きな創造力だと思うんです。「言われた通りにやる」のではなく、自分たちで考え、創造していく。そののびのびした遊び方や表現力に、私自身も刺激され、保育園や幼稚園を訪ねると、<子どもたちはライバルだ>と思うこともしばしばあります。学生たちもそんな子どもたちに触発されながら、自分なりに「どうすれば造形遊びをもっと楽しめるかな」ということを考える力を養っていきます。そして、「自分が保育士や幼稚園教諭になったら、子どもたちをこんなふうに育てていきたい」というイメージを膨らませてほしいと考えています。

「私はこれが好き」と言える強さを育てる。

造形を教える側には、どんな姿勢が必要でしょう。

江村

一番大事なことは、先生方自身が子どもと一緒に造形本来の楽しさや面白さを存分に味わい、子どもたちの自由な表現を認めて育てることだと思います。たとえば、動物園に行ったら「動物の絵を描こうね」と指導してはいけないと思うんです。お弁当の絵でもいいし、友だちの絵でもいいし、すべての表現を認めることが大切です。本当は、親御さんも先生も、子どもたちのどんな表現も認めてあげたいし、のびのび育ってほしいと考えていると思います。でも、保育や教育の現場にはいろいろな制約がありますし、子どもたちがその先の小学校に進むことを意識したとき、「やっぱりみんなと同じようにできないといけない」と考えてしまいがちではなのではないでしょうか。

「みんなと違ってもいい」と、認めることが大切なんですね。

江村

そうなんです。これは同僚の教員に言われて「なるほど」と思ったんですが、算数のドリルは正解が決まっていますが、図画工作は人と違うことが評価される唯一の科目なんですね。みんなと違うと、最初は違和感を覚えるかもしれませんが、違うことが面白いと思えると、世界が一歩、広がります。ですから、保育士や幼稚園の先生方には、子どもたちのいろいろな表現をおおらかに包み込んで、認めていってほしいと思います。

子どもたちにとっても、自分の表現を認められることは、その後の大きな自信につながりそうですね。

江村

そうだと思います。最初にお話ししたように、子どもたちはみんな、すごい創造力をもっています。その自由な表現力が、成長するにつれて、「こういうふうにすべき」とガチガチになってしまうのは本当に残念なことです。芸術とは本来、そういう既成の価値観を揺さぶったり、壊してしまうところに価値があります。幼児の頃に、人がなんといっても「私はこれが好き」と言える強さが身につけば、それは将来の生きる力につながるのではないでしょうか。今の時代は残念ながら、自分の好きなことをなかなか言えない、「これを言ったらみんながどう思うか」と忖度して言えなくなることも多いかと思います。そういう社会が生きづらさを生んでいる要因の一つだとも思うんですね。そう考えると、自分の価値観を自分で決められる人は、大人になっても強い。将来、どんな職業に就いても役立つ力になると思います。

文系と理系をつなげるアートの力を養う。

昨今、アートの力は、STEAM(スチーム)教育でも注目されていますね。

江村

そうですね。アートの力を示す事例として、私が保育士の研修などでよく引き合いに出すのが『13歳からのアート思考』という本に載っている、美術館にモネの『睡蓮』を観にきた親子の話です。男の子が「お母さん、ここにカエルがいるよ」と言うんです。研修では、ここで「保育士の皆さんも、カエルを探してみてください」と言うんですが、『睡蓮』にはカエルはどこにも描かれていません。で、その男の子がなんといったかというと「今、水に潜っている」と答えるんです。このように、子ども自身が絵から感じ取って、自分で問いや答えを考えることができるのは、すごいことだと思います。

なるほど、芸術に触れることで、子どもの創造性が豊かに育まれるのですね。

江村

はい。アートを通して、子どもが自分で質問を考え、答えを導き出す力を養う。これこそ、STEAM(スチーム)教育でも重視されるアートの部分なのかなと思います。学問の世界では、文系や理系と分けていくと、学びが狭くなるといわれますが、おそらくそこをつなぐのが、アートではないでしょうか。そのことは、レオナルド・ダ・ヴィンチが芸術家でありながら建築や科学、数学など多彩な分野で功績を残したことをみても明らかですよね。そういうアートの力を理解した上で、造形を通じて子どもと一緒に遊び、子どもの表現をどんどん広げていくような教育者を育てていきたいと思います。

NPO法人アーキペラゴのチャレンジ

アーキペラゴは、瀬戸内海に面した香川県高松市にあるNPO法人です。アーキペラゴの名称は群島・多島海の意味で、瀬戸内海に広がる多様な島々を中心に、地域の活性化と発展をめざした活動を展開しています。そのなかで「芸術士のいる保育所」の取り組みについて紹介します。

子どもたちと一緒に
余白の時間を楽しむ。

NPO法人アーキペラゴ

香川県高松市塩上町一丁目2番7

http://www.archipelago.or.jp/

芸術士の派遣事業を高松市に提案。

「芸術士のいる保育所」の取り組みは、2009年から。当時、瀬戸内国際芸術祭を支える市民活動を行っていたアーキペラゴが、さまざまなアーティストと出会うなかで、アーティストの仕事の場を作り出せないだろうかと考えたのが始まりでした。アートの力を活かす場として、イタリアのレッジョ・エミリア市で行われている教育モデル(教育専門家と芸術系指導者の二人で行う幼児教育)をお手本に、芸術士の派遣事業を高松市に提案。市の賛同を得て、高松市の委託事業として、24の保育所を対象に8人の芸術士を派遣するところからスタートしました。現在は香川県内外の197施設(保育所・幼稚園・こども園)を対象に、30人余の芸術士を派遣するところまで発展。少ないところで年に1回、多いところでは年に51回、芸術士を派遣しています。

レッジョ・エミリア市の教育モデルと同じように、同法人の取り組みでも、保育士(もしくは幼稚園教諭、保育教諭)と芸術士の二人体制で幼児教育に取り組んでいます。保育士は年齢に応じた発達の特性などを芸術士に伝え、芸術士はそこから新しい遊びを考える。子どもの成長に必要なことを考える保育士と、さまざまな素材から遊び方を考案できる芸術士が力を合わせることで、新しい遊びの時間を生み出しています。

子どもたちの自由な感性を伸ばす。

派遣する芸術士の専門分野は絵画や造形、歌、ダンス、劇作家などさまざま。芸術家というと、パフォーマンスを披露したり指導したりすると思われがちですが、芸術士はそうではありません。絵の描き方などを教えるのではなく、子どもたちのやりたいことを優先し、「どんな遊び方をしてもいい」という世界を用意することで、子どもたちの豊かな創造性を伸ばしています。

たとえばこの夏、直島の保育所で行われた活動に「氷と遊ぶ」があります。大きな氷の塊を園に持ち込んで、子どもたちは自由に氷に触れて楽しみました。たとえば、氷に絵の具で絵を描いたり、氷を溶かして滑り台にしたり、氷から垂れる雫をシャワーのように楽しんだり、氷が溶けるまでの過程を存分に楽しみました。一般に保育の現場では、子どもたちはさまざまなルールを守りながら生活しています。でも、芸術士と過ごす時間はそこから解放される、いわば余白の時間。子どもたちはのびのびと個性を表現し、互いに違う個性を認め合う心を育んでいきます。

高松市で始まった芸術士の派遣事業は、石川県金沢市、島根県津和野町などへ少しずつ広がりつつあります。同法人では、芸術士の資格制度や派遣システムの見える化など、派遣事業の仕組みづくりに取り組み、芸術士派遣事業の全国への広がりを後押ししていこうとしています。

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