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#46 日本の美意識と地域の再生

日本の美意識を取り戻すことが
地域や社会の再生のヒントに。

教育・心理学部 学校教育学科

松下 明生教授

松下明生教授の専門は、芸術学、美術教育学(図画工作教育法)、子どもの造形表現など。日本画家として作品を手がける傍ら、日本の美術造形教育や幼児の造形、小学校の図画工作に関する研究を続けています。先生に、日本人の美意識や美術教育について話を聞きました。

社会課題

日本美術の衰退と戦後教育の問題点。

 絵画というと、岩絵具などを用いた日本画を思い浮かべる人は少なくて、油絵具などで描く西洋画を思い浮かべる人が大半ではないでしょうか。

 そのことは、2021年7月に実施された学生アンケート(N女子大学3年生:107人、日本福祉大学2年生:52人の計159人)でも裏づけられています。学生たちに、日本美術と西洋美術それぞれで「あなたの記憶に残る美術作品や作家名」を尋ねたところ、「最後の晩餐」「モナ・リザ」など西洋の作品や作家の答えが多数を占め、日本美術では「北斎」「富獄三十六景」などが挙げられましたが、全体としては少数意見にとどまり、若者の意識のなかで、日本美術の存在感が薄れていることが改めて明らかになりました。また、出版物を見回しても、西洋美術を圧倒的に多く目にします。たとえば、日本文教出版から美術の専門家向けに出版されている『絵画の教科書』を開くと、掲載されているのは、ほぼすべてが西洋美術で、日本画の頁は6頁/397頁の記載となっています。

 美術といえば、西洋美術である。その意識を育ててきた要因の一つが、明治以降の西洋志向、そして、戦後教育にあります。敗戦後、GHQによるさまざまな管理下で社会改革が実施されるなか、「日本的なることの排除・変換がおこなわれた」と著書で武蔵野美術大学の那須勝哉は言っています。日本の義務教育の課程において「日本美術」に関する学びは淘汰されてきました。小・中学校の義務教育の美術で、日本画材を用いて表現することもなく、日本画と言うワードそのものが載っていない教科書もあります。このことは、日本人の美意識の喪失につながる問題であり、日本や東洋の美術、さらには中国や韓国、アジアの美術についてもバランスよく学ぶ機会を得られないバランスの悪さは、現代美術教育が抱える大きな課題でもあります。

(参考)
・「美術造形教育に於ける日本の伝統文化に関する研究」-幼児造形・図画工作・美術等での日本文化の教育についての考察-(松下明生 2022.01)
・「日本画 表現と技法」武蔵野美術大学日本画研究室編(2002.04)

INTERVIEW

日本文化を語れない、日本人。

先生が、日本の美意識や伝統文化に着目されたのは、どんなきっかけからですか。

松下

私は1991年から2年間、一般企業の駐在員としてニューヨークに住んでいたことがあり、当時、多くの日本の学生が観光旅行や語学留学のため渡米していました。そこで、現地のアメリカ人から日本の若者について、こんな意見を聞きました。「日本の若者は、生まれ育った自国のことを知らないし、語らない。歌舞伎という言葉は知っていても、その中身を知らないし、自国の宗教や精神性にも興味がなく、自分が何者であるかというアイデンティティを持ち合わせていない。そのため、日本の若者は容易に日本人であることを捨てて、どこの国の若者よりも早くアメリカ人になってしまう」というのです。それを聞いて私は大きな衝撃を受けました。

なぜ日本の若者は、自国のことを知らないし、話もできないのでしょうか。

松下

一つにはやはり、戦後の教育が影響しているのではないかと思います。占領下で、日本人が戦争に向かっていった精神性を捨てるように教育されたというのはわかるんですが、そこで、日本の伝統文化についても教えなくなった。侘び寂びといった日本の心について、触れたり考えたりする機会がどんどん減っていったのではないかと思います。また、日本の伝統文化が受け継がれてこなかったのは、教育だけでなく、生活全体もそうですね。私は四国の田舎の出身ですが、昔はどの家にも畳や襖の部屋がありました。そこで、昼間はちゃぶ台を出して食事し、夜は押し入れから布団を出して寝る、という生活文化がありました。でも今や、一つの空間を多重に利用するという合理的で素晴らしい文化はすっかり衰退してしまいました。

日本の伝統が軽んじられる風潮は、美術教育にも見られるというわけですね。

松下

はい。「社会課題」のコラムで説明しているように、日本の美術教育は明治以降、西洋志向が始まり、その傾向は戦後、一層強くなり、日本にもともとあった日本美術を、教育の中で教えないのが当たり前になっていきました。今では美術教育というと、西洋の絵画様式の指導や鑑賞が教育の主流になっています。それは美術だけでなく、音楽教育もそうですね。今、学校で教えているのは、ほとんどヨーロッパを中心に発達した西洋音楽だと思います。そういうことに危機感を抱き、美術教育において日本の伝統文化を大切にしなくてはならないと考えています。同時に日本の絵画様式はプリミティブな表現技法や理念で、アールブリュットといわれる障害者アートとの接点も多く、未到達な研究部分が未知数で面白く、研究を継続しています。

日本の風土から生まれる、日本人の美意識。

美意識とは、そもそもどのように捉えるべき概念でしょうか。

松下

言葉で説明することはあまりないのですが、「美しい、と思う心の動き」でしょうか。それは親や兄弟、生まれ育った地域や教育のなかで、見たり聞いたり、五感で受け止めるなかで形成されていく、その人の個性の一つだと思います。たとえば、自分の生まれ故郷を振り返ったとき、お母さんと眺めた夕日など、心に残る風景、思い出すと涙が出るくらい美しい風景があります。そういう風景などを美しいと感じた経験が、それぞれの人の美意識になっていくものだと思います。

ということは、日本人の美意識は、日本の自然や風土に深く関わっているといえそうですね。

松下

そうだと思います。たとえば横山大観の水墨画を見て、私たちは美しいと感じますよね。それはなぜかというと、日本のじめじめした湿潤な風土や四季の移ろいなどがすごく影響しているのだと考えています。ちょっと大袈裟にいうと、水蒸気の国で生まれた美術と言いますか…。だから、日本人には日本特有の美意識が備わっているとも言えます。海外の人が美しいというから美しいのではなく、日本の美意識は日本人の感性や価値観から生まれるものです。その大切な日本の心を守っていかないといけないと考えています。それを作家の赤瀬川原平は「日本人なのに、日本美術に異物感があるとは変なことである。いまの日本人が、それだけ日本から離れている。」「西洋の背中を追いかけてきたのだから、こんにちの日本人の日本離れはムリからぬことである。ぼくも当然ながら、憧れは西洋だった。絵といえばキャンバス、油絵で」と載せています。私も高校時代は油絵しか描いていませんでした。絵を専門的に描くということは油絵を描くことだと信じていた時代がありました。

(参考)
・「日本美術観察隊」赤瀬川原平 講談社2003

日本の伝統文化を、子どもたちへ。

先生が日本の伝統文化を子どもの造形教育に取り入れているのも、そういう思いが背景にあるんですね。

松下

そうなんです。たとえば、小学校の唱歌に「たなばたさま」がありますが、その歌詞に登場する「きんぎんすなご」って何かご存じですか。きんぎんすなご(金銀砂子)は、金箔や銀箔を金網をかぶせた竹筒にてパラパラとまいて装飾する日本の伝統的な技法で、重箱やふすまなどに用いられてきました。でも、最近は子どもたちはもちろん、学校の先生もその意味を知らない方が多いですね。そこで、もっと多くの人に、その美しさに触れてほしいと考え、きんぎんすなごの作品づくりを子どもたちと楽しむワークショップを企画して毎年実践しています。

それは、素晴らしい取り組みですね。

松下

ありがとうございます。そのほか、子どもたちに昔の生活にあったような、お絵描き体験をしてもらう活動もゼミの学生と一緒にしています。これは、美浜町立奥田小学校のトワイライトスクール(造形講座)で行ったもので、駐車場いっぱいに子どもたちが落書きをして楽しみました。私が子どものころは、地面に心ゆくまでお描きしたりしましたが、今はそんなふうに使える空き地もあまりありません。異年齢の個性豊かな子どもたちと一緒に、大きな地面に自由に落書きを楽しく行います。子どもたちの見る夢の世界の再現に一役担いたいですね。何か感じてもらえたらと思っています。

美意識を地域再生の力へ。

子どものうちにそういう体験をすることは、美意識の醸成にいい影響を与えそうです。

松下

そうだとうれしいですね。実は美意識を持つことは、日本人である自分のアイデンティティを持つことと密接につながっていると考えています。ちょっと芸術学から、社会学の話に広がりますが、美意識を形成する過程と地域のコミュニティはすごく深い関係をもっています。たとえば、昔は地域におじいちゃん、おばあちゃんがいて、近所の子どもたちを叱ったり褒めたりしながら、面倒を見てくれましたよね。私は四国の港町で育ったのですが、小さい頃は漁師のお母さんが集まって大きな鍋をつくってくれて、大人も子どもも一緒になって食べました。そういう心地いいコミュニティで育つと、自分は何者かというアイディティティーも自然に育まれますし、美しいものを美しいと感じる心が育つのではないかと考えています。

なるほど、美意識と地域は深くつながっているのですね。

松下

ええ。ですから、日本の美意識が蔑ろにされているとすれば、それは、もともとあった地域や生活が壊されていることとイコールだと思います。逆に言いますと、今、人口が減少し、全国のいろんなところで地域崩壊から消滅可能性自治体(※)と危惧されていますよね。ここ知多半島でも、例外ではないかもしれませんね。そうした地域を再生する上で「美意識」が重要なキーワードになるのではないか、美しい風景や暮らしが人を呼び戻す力になるのではないかと考えています。

※有識者でつくる人口戦略会議の試算。2020年~50年の30年間で若年女性が半分以上減る自治体。

最近はリモートワークが普及し、地域に移住しやすい環境も整ってきました。

松下

そうですね。地域にはそれぞれ固有の自然や四季の変化、育まれてきた生活文化があり、日本らしい懐かしい風景や暮らしがあります。それらを「美しい」と感じる人が増えれば、地域で暮らしたいというベクトルも強くなっていくのではないでしょうか。そうした人が増え、少しでも地域の再生にお役立ちできるように、これからも美術教育の側面からさまざまな活動や研究を続けていきたいと思います。

コドモダス シルヴァンのチャレンジ

名古屋・大阪・京都に拠点を展開する、コドモダス(CODOMODUS)。アートと音楽療法を中心に、障害のある児童を支える児童発達支援・放課後等デイサービスを運営しています。今回はそのなかで、名古屋にある「コドモダス シルヴァン」の活動を中心に紹介します。

「色」や「形」を
コミュニケーションツールとして
仲間とつながり、成長していく。

コドモダス シルヴァン

愛知県名古屋市熱田区一番2丁目4−21

・コドモダスWEBサイト
https://www.codomodus.com/base/detail/id=99

・コドモダスinstagram
https://www.instagram.com/codomodus__sylvain/?hl=ja

それぞれがやりたい創作活動に取り組む。

コドモダス(CODOMODUS)が開設されたのは、2006年5月。「五感創楽」を掲げ、アート、音楽、身体運動などを通して、五感を刺激しながら子どもたちの心と体を育んできました。

名古屋市にある「コドモダス シルヴァン」では、主にアートを通じた五感療育を展開しています。現在、登録している子どもたちは約75名。5歳から18歳までの、身体障害、知的障害、発達障害のある子どもたちが放課後に訪れたり、不登校の子どもたちが昼間から通ってきています(※)。子どもたちを見守る児童指導員や保育士は決まった課題を押しつけるのではなく、一人ひとりの発達特性に応じてアートの活動をサポート。子どもたちは好きな色のクレヨンを手に取って絵を描いたり、粘土で何かをつくったり、色画用紙やダンボールで工作したり、それぞれが自分の関心にしたがって創作に熱中します。画材はすべて身近なもので、敷居の高い芸術ではなく、生活の中で気軽に創作できるように配慮。でき上がった作品は、地域の喫茶店やアートスペースで発表しているほか、インスタグラムでも積極的に発信。海外の人から「いいね」をもらうことも、楽しい励みになっています。

※2024年5月現在

仲間をつなげる、アートの力。

アート活動を通じて得られるものはいろいろありますが、何よりも大きいのは言語に頼らないコミュニケーションが図れることです。心や体に障害のある子どもにとって、言葉のコミュニケーションは大きな障壁になり、学校ではなかなか友だちができない子どももいます。でも、アートに用いる「色」や「形」は、世界共通のコミュニケーションツール。言葉が通じなくても、うまく話せなくても、色や形で自分の気持ちを表現することができ、それを見た仲間と思いを交わすことができます。実際、ここで知り合った仲間同士、自発的に連絡を取り合い、卒業後も交流を続けるケースもあるといいます。

また、「コドモダス シルヴァン」では2024年度から食育にも取り組んでいます。土曜日に子どもたちと一緒に買い物に行ってご飯をつくり、ランチタイムを楽しんでから創作活動を行っています。食事はアートと同じ「つくる」作業であり、一緒に食べることは親睦を深める絶好の機会でもあります。子どもたちはイキイキと食材に向き合い、味覚を含めた五感を豊かに育んでいます。

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