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#45 地域で子どもを育てる

子どもを預けることで
地域とつながり
親として成長する。

教育・心理学部 子ども発達学科

東内瑠里子 准教授

東内瑠里子准教授の専門は、社会教育学。自己教育、学校外教育、地域教育運動、家庭と保育や学校の連携などをキーワードとして、研究に取り組んでいます。さまざまな研究内容のなかから、子育て世代を地域で支援する「ファミリー・サポート・センター」を中心に話を聞きました。

社会課題

個人主義社会での
子育ての難しさ。

 子育てが難しくなっている背景の一つに、社会の変化があります。70〜80年代には、地域の子ども会や生活協同組合運動、PTA活動が盛んに行われ、専業主婦たちが中心になって活動を支えていました。そして、それらの活動を通して、先輩のお母さんが後輩のお母さんに、地域でつながりながら子育てをする方法を、「背中で」教えていたと思われます。

 しかし現代は、目まぐるしく忙しく働く母親・父親になる世帯が多く、また、生活様式も個別化され、「子育て以外では」人とつながらなくとも、生きていける社会となりました。たとえば、ほしいものがあれば通販サイトで選び、宅配業者に家まで届けてもらうことができます。そのように個々が自立した個人主義の社会のなかで育った人が、親になった途端、突然一人ではできない子育てにぶつかってしまう。しかも、出産後、精神的にも肉体的にも通常の状況ではない弱者の親が、突然、人とのつながりを求められます。

 「自立とは小さな依存先を増やすことである(熊谷晋一郎・東京大学)」という概念があります。この概念を実践できれば、お母さんは孤立することなく、子どもが成人するまで長く続く子育てを楽しむことができるのではないでしょうか。そして、そんなサポートができる仕組みの一つが、1994年に国の事業として始まったファミリー・サポート・センターです。その活動は2015年度から国の「子ども・子育て支援新制度」において、「地域子ども・子育て支援事業」の一つとなり、社会的な重要性を増しています。

INTERVIEW

子どもの「自己教育」を大切に。

最初に、先生の研究内容について教えていただけますか。

東内

私が専門としている社会教育学は、学校以外で行われる教育について、その意義や支援のあり方などを考える学問です。その一つのテーマとして、たとえば地域教育運動がありますが、これは60年代や70年代のような、教育権の獲得のための明確な政治的対立という「運動」ではなく、広く地域の人々を巻き込んで、地域の教育環境を良くしていく関係性の構築について研究しています。とくに「教育」と「福祉」のはざまにあって、あまり注目されてこなかった個別の課題をどのように地域の力で解決していくかというところに興味をもっています。

その関心が、「地域で子どもを育てる」というテーマにつながっているのですね。

東内

はい。子どもたちを地域の中でどのように育てればいいのか、という研究を専門領域にしています。そのなかで、とくに大切にしているのは「自己教育」という概念です。「教育」というと指導者が「教える」ということが先に来ますが、それ以上に、人々との関係性の中で、自分が支えられながら育っていくことが大切です。乳幼児期でも自分で自分が育ちたいと思っているきっかけがあります。そのきっかけをもつことが大事で、周りが先に型にはめようとすると、自分で自分のことを決められない子どもに育ってしまいます。そうではなくて、他者との関係性を通じて自分を育てていくことが重要だと考えています。

ファミリー・サポート・センターとの出会い。

先生がファミリー・サポート・センターに興味をもったのはどういう経緯からですか。

東内

九州大学で学んでいた頃、ちょうど2000年代に、ファミリー・サポート・センターの存在を知り、興味をもつようになりました。これは、社会課題のコラムでも説明していますが、子どもの送迎や預かりなど、子育ての「援助を受けたい人(依頼会員)」と「援助を行いたい人(提供会員)」が会員となり、地域で相互援助活動(有償)を行う事業です。子ども家庭庁の地域子育て支援援助活動ですが、その活動には、とても地域性があります。私が最初に出会ったのは、佐賀県小城市の活動でした。センターで働いている知人のところに遊びに行ったときに、地域のおじいちゃんから電話があって、「学校の運動会は、どこで何時から始まるの?」という質問に友人であるアドバイザーが対応していたんです。ファミリー・サポート・センターは地域のよろづ相談所のようなところにもなり得るんだと思うと同時にいろんな子育てに関わる地域情報が集まるところなんだなと、感じました。

なるほど、単に子どもを預かるという以上の存在意義を感じられたんですね。

東内

そうですね。実際、いろいろな相談が寄せられる、という以外にも、いろんな家庭内の問題に最初に気づくことのできる場所でもあります。たとえば、ネグレクト(育児放棄・育児怠慢)など、子育てにおける虐待行為についても、行政が見つける前から気づくという事例も報告されています。

地域に支えられ、親も成長する。

ファミリー・サポート・センターがあることによって、子育て中の親はどのようなメリットを受けるでしょうか。

東内

子育てで困っていることは、人それぞれです。子どもの個性も特性も一人ひとり違うし、親の性格や状況やパートナーや親族との関係、住んでいる場所も違います。地域のファミリー・サポート・センターは、そうした個別の事情にきめ細かく対応できますから、子育てしている人にとって心強いサポーターになると思います。たとえば、保育園や学童、おけいこごとの送迎など、依頼会員の多彩な依頼に、提供会員がきめ細かく応えていくことができます。

親は提供会員と知り合いになり、信頼関係を築くことによって、地域とつながっていくこともできますね。

東内

その通りで、そこがファミリー・サポート・センターの大きな役割だと考えています。私は2007年から厚生労働省の政策科学研究として「地域の子育て支援としての一時保育事業の学習機能に関する研究-ファミリー・サポート・センター事業に着目して-」を行いました。ここでは、全国の量的調査やヒアリングを行い、「子どもを預ける親にとって、預ける行為を通して、地域の人とつながり、支えられ、親として成長する」ということを証明しました。子どもを預けることは、子どもを自分一人ではなく、他者と一緒に育てることであり、それは育児を放棄しているのではなく、親としての自分を育てることです。この研究ではそのことを明らかにすることができて、日本社会教育学会の査読論文として掲載されました。その後も、厚生労働省の子と゛も・子育て支援推進調査研究事業として一般財団法人女性労働協会の調査研究に携わっているところです。

子どもを産む勇気をもてる社会へ。

ファミリー・サポート・センターの課題についてはどのようにお考えですか。

東内

ファミリー・サポート・センターでは、アドバイザーが子育ての援助を受けたい会員からの依頼に対して、援助をしたい会員を紹介し、会員同士で地域における子育ての相互援助活動を行っています。このアドバイザーは専門性が問われる職種ですが、1年契約や非正規雇用の人がほとんどで、専門性を維持しにくい状況になっています。事業を円滑に進めるために、アドバイザーの待遇改善や研修の実施などが必要だと考えています。また、提供会員の不足も大きな課題です。研修が多いと提供会員がますます集まらないのではないかと不安を感じるセンターもあるようですが、学びの多い研修の工夫をしているセンターもありますね。

最後に、ファミリー・サポート・センターの今後のビジョンについてお聞かせください。

東内

ファミリー・サポート・センター事業に熱心に取り組んでいるNPO法人の中には、とても柔軟な運営体制で、子育てをしている家族を支えているところがあります。たとえば、その日は子どもを預かる提供会員が見当たらないとします。そうすると、会員ではなく、地域のおばちゃんで「この時間だったら助けられるよ」という人に相談したりしているんです。ファミリー・サポート・センターだけに限ることなく、地域のいろんな人の関係性の中で、子育てを支えようという試みが素晴らしいと思います。そのように、地域で子どもを育てる環境が整えば、子どもを産もうという勇気をもつ女性が増えていくのではないでしょうか。

なるほど、素晴らしい取り組みですね。

東内

本当にそう思います。ただ、すべてのファミリー・サポート・センターがそこまで進むにはいろいろ障壁もあり、地域の人々が話し合いを重ねていく必要があります。社会教育で熟して議論するという方法を「熟議」と言いますが、そのようにみんなの思いを出し合いながら、一歩ずつより良い事業へと発展させていくことができればいいと思います。

たすけあい高島のチャレンジ

地域のつながりを取り戻すために2003年に設立された、NPO法人元気な仲間。少子高齢化の進む滋賀県高島市で、会員同士が助け合う「たすけあい高島」を運営し、子育てを支援する高島市ファミリー・サポート・センター事業など幅広い事業を展開しています。

困ったときはお互いさま。
先輩ママから後輩ママへ
子育てサポートをつないでいく。

NPO法人元気な仲間 たすけあい高島

滋賀県高島市新旭町安井川741

https://npo-genki.com/tasukeaitakashima/

隣の人と、醤油を貸し借りする感覚で。

 滋賀県高島市では、少子高齢化や人口減少による過疎化が進み、年々地域のつながりが希薄になっています。地域住民がもっと助け合い、もっと元気に暮らせるまちづくりを。たとえて言えば、昔のように、隣の人と醤油を貸し借りできるようなまちをつくりたい。そんな思いから設立されたのが、NPO法人元気な仲間です。

 同法人は介護・福祉領域で多様な事業を展開していますが、その中心となっているのが「たすけあい高島」。困りごとを相談する「よろしく会員(依頼会員)」のニーズに応え、「まかせて会員(提供会員)」が有償で援助サービスを提供しています。依頼の内容は、「庭の草引きや剪定をしてほしい」「買い物や通院に同行してほしい」「掃除や洗濯を手伝ってほしい」「高齢者の見守りや話し相手をしてほしい」など多種多様。高齢者を中心に、暮らしのさまざまな困りごとに対応しています。また、活動拠点としている駅前のショッピングセンターでは、誰でも気軽に立ち寄れる「まちの縁側エスパ」も運営し、地域のつながりを育てています。

子育て中の悩みに包括的に応える。

 「たすけあい高島」の事業から独立したのが「高島市ファミリー・サポート・センターたすけあい高島」の活動です。同センターでは現在、まかせて会員とよろしく会員が合計約750人登録。アドバイザーがよろしく会員の託児や送迎などの案件を受けつけ、まかせて会員へつないでいます。同センターの強みは、法人の特徴である助け合いの精神をベースにしていること。たとえば、3人の年子を抱えるシングルマザーの要望にきめ細かく応えたり、病気を患い、育児も家事も困っているお母さんに、たすけあい高島の有償ボランティアを紹介したり…。子育て中の多様な悩みに柔軟かつ包括的に応えています。

 今後の課題は、担い手の育成です。まかせて会員の高齢化が進んでいることから、次の世代へとバトンを渡していくことが急務となっています。そのため同法人では、現在、ファミリー・サポート・センターを利用している会員とのコミュニケーションづくりに力を注いでいます。現役ママが自身の子育てを終えたら、先輩となって次の子育てママを支援していく。そんな世代間のつながりをつくり、「困ったときはお互いさま」の地域づくりをめざしています。

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