#42 多文化保育
保育の現場から
社会の価値観を変えるタネをまく。
教育・心理学部 子ども発達学科
松山有美 准教授
松山有美准教授は名古屋大学の大学院生だった頃、米国に留学。留学中に米国で保育者となり多様なルーツを持つ子どもたちの保育に携わりました。その経験をベースに、「保育者の仕事を科学的な視野をもって社会へ発信していく」ことを生涯の仕事と選択。現在は主に、多様な文化的・社会的背景を持つ子どもと保育者への支援をテーマに、日本、アメリカ、スウェーデンの多文化保育の比較研究を進めています。松山先生に、多文化保育の意義や可能性についてお聞きしました。
社会課題
「外国人住民の増加と多文化保育」
2022年末の在留外国人数は307万5213人で過去最高を更新、ついに300万人を突破しました(出典:出入国在留管理庁)。日本で暮らす外国人の増加に伴い、外国にルーツを持つ子ども(※)も年々増加。保育所や幼稚園でも、外国人と日本人の子どもが一緒に遊ぶ姿が、ごく当たり前に見られるようになってきました。
しかし、外国にルーツを持つ子どもと保護者の生活は、言葉や文化、習慣の違いなどからさまざまな困難を伴います。また、保育においても、日本語での意思疎通ができないため、外国にルーツを持つ子どもと保護者、保育者のそれぞれが戸惑う場面も多く見られます。そこで注目されるのが、多文化保育(多文化共生保育)の取り組みです。 多文化保育とは、外国につながる子どもと保護者に対し、相手の文化を尊重しながら関わり、お互いの違いを認め合いながら、すべての子どもの人権を保障していく取り組みです。この多文化保育を起点として、日本の社会に新しい風をもたらすことも期待されています。
- 外国にルーツをもつ子どもとは、国籍を問わず、文化的言語的に多様な背景をもつ子ども。「外国につながる子ども」ともいいます。
INTERVIEW
そもそも保育とは。
そして、保育所が担っている役割とは。
最初に、そもそも保育とは何か、というところから教えていただけますか。
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松山
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保育を構成する要素には、「養護」と「教育」があります。養護というのは、衛生や食事など子どもたちの生活に直結した部分。教育は、小学校以降の教科書の学びではなく、遊びを通して得られる学びを指します。その学びの中に、子どもたちが獲得していく5つの領域として、「言葉」「表現」「人間関係」「環境」「健康」があります。子どもたちは遊びを通して、自分の気持ちを言葉で表すことや、ものをつくる楽しさ、友だちとの関わり、自然とのふれあい、健康な心身を育てるための身体の動きなどを学んでいきます。これら多様な学びが一体化されているのが保育になります。
では、現代の保育所が担う役割についてどのようにお考えですか。
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松山
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子育てはお母さん一人、お父さん一人ではできません。以前であれば近所の人が気にかけて、お母さんがまだ家に帰っていない日は「うちに来てご飯食べなさい」と声をかける、いわばお節介みたいな風潮がありました。それがなくなり、核家族化が進んできたことで、子育てがより厳しくなっています。そのため、従来、地域が果たしていた役割を、保育所や幼稚園が担うことを求められていると感じています。平たい言葉でいうと、お母さん、お父さんにとって、助けを求めることができる場所があればあるほどいいわけです。その頼れる先の一つが、保育所や幼稚園、最近ですと認定こども園も含めた保育の場だと思います。
近年は、保育所の国際化も進んでいますね。
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松山
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そうですね。日本では毎年のように子どもが減り、外国から日本に移り住む人が増えていますから、当然、保育所も外国にルーツを持つ子どもの比率が高くなります。日本に移り住む人々の中には、家族を連れて来日される方もいれば、日本で新しい家族をつくる方もいらっしゃいます。ただ、日本では外国人を受け入れる土壌が非常に脆弱というか、労働環境などが十分に整っていないこともあり、日本に基盤がない中で貧困に陥ってしまう方がいることも事実です。保育所はそうした困難な状況にある家庭の子どもも、分け隔てなく受け入れています。
多文化保育の現場は、
「当たり前」が衝突する場所。
多文化保育とはどのような保育でしょうか。
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松山
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多文化保育は、外国にルーツを持つ子ども・保護者と日本人の子ども・保護者がお互いに理解し、学びあい、支援しあうことが前提になります。外国につながる子どもを日本の文化に適応させるのではなく、多様性を認め合うことが大切です。とはいえ、最初はお互いの「当たり前」が衝突することになります。たとえば、外国人の保護者に「明日、水筒を持ってきてください」というと、どんなことが起きると思いますか。うちは麦茶を飲まないからと、オレンジジュースやコーラが入っていたり。温かい飲み物を好む中華圏の出身であれば、水筒の中にお茶っ葉だけ入っている。あと、「そもそも水筒って何?」みたいな反応も見られます。お互いに悪気はないのですが、それぞれの当たり前と、「水筒といったらお茶でしょ」という日本の当たり前が衝突するんですね。
現場で生まれた衝突は、どのように解消されていくのでしょうか。
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松山
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衝突するからこそ、新しい気づきが生まれます。水筒のオレンジジュースを見て、保育者はどうして水や麦茶が良いのかという理由に気づきます。一方、外国人の保護者はなぜジュースはダメなのか、なぜ水筒が必要なのか、ということを理解していく。お互いに衝突し合って、理解していくんですね。さらに、日本人のお母さんもそれを見て、水筒イコール麦茶と思っていたけど、「うちの子、スポーツドリンクでいいですか」「緑茶でいいですか」と、違うスイッチが入る。これまで当たり前に思っていた価値観がどんどん変容していきます。
まっさらな子どもの行動を見て、大人たちが学ぶ。
子どもたちは、お互いの違いをどのように捉えるのでしょう。
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松山
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「この子私と違う」という意識は、だいたい2歳ぐらいから生まれると言われています。子どもたちはまず鏡を見て、自分自身を認識します。そして、「あの子と私は肌の色が違う、目の色が違う、言葉が違う」と気づいていきますが、その差異を「違う」と認識するだけなんです。そこに「違うからだめ」とか、「違うからあなたが上とか下とか」という価値観を植え付けるのは大人なんですね。
子どもは大人よりも、ピュアな反応を示すわけですね。
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松山
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ええ。以前、学生たちを連れて保育所の3歳児クラスを見学したことがあります。そのとき、中近東にルーツを持つ子どもがいて、ダンボールに穴を開け始めたんです。そうすると日本人の子どもたちも、楽しそうだから寄っていく。そして、穴にストローやビー玉をはめたり、ダンボールに絵を描く子も出てきて、遊びが広がっていきました。そこで保育者が「○○君は日本語がわからないから助けてあげてね」と声をかけたんですが、みんなキョトンとするんですね。もう僕たちは遊んでいるよって。
「助けてあげて」という声かけは不要ということですか。
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松山
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そうなんです。たとえば、スウェーデンではインクルーシブ保育(※)がベースとなっています。ですから、スウェーデンの保育者は障害のある子どもがいても、「この子は足が悪いから、靴履くのを手伝ってあげて」と言いません。「みんなで外遊びに行くよ」と声かけをするだけで、子どもたちは「○○ちゃん、靴履けてないな」と気づいて手伝って、早くみんなで外に行こうとするんですね。また、そういう環境で育った子は普段、お母さんと買い物に行くときも、街中に車椅子の人がいたら、何も言わずに助けることができます。その姿を見て、保護者も気づいたり、学んだりできると思います。
※インクルーシブ保育は、障がいの有無、年齢、国籍に関わらず、すべての子どもを分け隔てなく保育する取り組み。
「気づきのタネ」をまき、
社会の価値観を変えていく。
多文化保育で育つことは、どんな良さがあるでしょうか。
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松山
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ものの考え方や価値観の多くは、幼少期に養われます。ですから、小学校に入るまでの5〜6年間、まっさらな心の時期に、自分とは違う子と一緒に遊んだ経験を持つことはとても貴重です。そこで保育者が非常に気をつけて、「差異はあるけれど、みんな同じ人間だよね」という保育を展開していくことによって、子どもたちは自然と多文化に慣れていきます。その子どもたちが大人になり、社会をつくる構成員になっていくことは非常に価値があると思います。
多文化保育から、今までと違う未来の社会も見えてきそうです。
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松山
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はい。外国にルーツを持つ子どもたちと日本の子どもたちが一緒に育つことで、保育の現場から新しい「気づきのタネ」をまくことができると考えています。「気づきのタネ」というのは、「これまで当たり前だったことが違う」とか「こういう日本のやり方はおかしいよね」と気づくことですね。伝統的な社会システムを壊して作り変えるのは難しいことですが、保育や教育というアプローチなら意外に実現するかもしれません。多文化保育で育った子どもたちから、日本の新しい価値観や考え方が生まれてくるのではないかと期待しています。
最後に、多文化保育のこれからについてお聞かせください。
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松山
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全国調査によると、多文化保育を専門的に学べる養成機関はまだまだ非常に少ないのが実情です。でも、これから保育者をめざす人には、多文化保育を理論的にも実践的にも学んでほしいと考えています。私たちはつい、自分が幼い頃に受けた保育や幼児教育をベースに経験則で考えがちですが、「それって、本当に当たり前なの?」と疑うところからスタートして、自分たちが経験したことのない多文化保育を学び、実践していってほしいですね。
天王保育園のチャレンジ
愛知県みよし市三好町にある「天王保育園」。2009年4月1日、三好町(現在みよし市)から管理移管された民間保育園として、多文化保育にも熱心に取り組んでいます。
外国にルーツを持つ子どもを積極的に受け入れ。
天王保育園では、かねてより外国にルーツを持つ子どもを積極的に受け入れてきました。園児の定員は合計160名(0歳児から5歳児まで)ですが、そのうち6〜7人が外国籍の子どもたちになります。
外国にルーツを持つ子どもと保護者を受け入れる上で、もっとも大きな壁はやはり言葉の問題でした。受け入れ始めた当初は、互いの言語を理解するために翻訳機を用いたこともありましたが、なかなかうまくいきません。短い日本語で何回も繰り返し話す方が伝わりやすいため、現在はその方法を使っています。そうした会話を重ねるうちに、子どもたちは自然と意思疎通が図れるようになりますが、保護者とのコミュニケーションに困る場面は多々あります。たとえば、雨の日は休むものと決めて登園しなかったり、プールの準備をお願いしてもなかなか応えてもらえないことも…。そういう場合でもあきらめることなく、丁寧に根気よく気持ちを伝えることで、少しずつお互いの距離を埋めています。
外国にルーツを持つ園児を特別扱いしない。
外国にルーツを持つ子どもを受け入れる上で、天王保育園が大切にしているのは、「国籍にかかわらず、子どもの個性を尊重する」という考え方です。日本の子どもでも、よく泣く子も泣かない子もいるし、よく食べる子もあまり食べない子もいます。また、アレルギーのある子もいれば、障害を持っている子もいます。同じように外国にルーツを持つ子どもも、国籍や宗教という特性のほか、いろいろな個性を持っているものです。そうした個性を尊重し、一人ひとりを大切に育てる保育をめざしています。
また、肌の色や宗教の違いがあっても、みんな友達だという感覚を自然と身につけられるような指導にも力を入れています。たとえば、宗教上の理由により給食で食べられないメニューがある場合、代わりの食べ物を家から持ってきて、給食の時間を一緒に過ごします。自分とは違う食べ物を友達が食べているのを見ることで、子どもたちは宗教や食文化の違いを素直に受け入れていきます。また、運動会では外国籍の子どもたちの母国の国旗を並べて飾り、「〇〇ちゃんの国の旗だね」とみんなで確認し、それぞれの国を尊重する気持ちを育てています。
天王保育園の保育目標は、「心身共にたくましい元気な子」「やさしく、思いやりがあり、友だちと仲良く遊べる子」「豊かな感性を持ち、創意工夫する子」の3つ。その目標に向かって、日本の子ども、外国籍の子ども、障害のある子どもたちが一緒にのびのびと育っています。
- 教育・心理学部 子ども発達学科
- 多様性 / 国際