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#4 社会的なつながりと健康

高齢者は社会とつながることで
健康と幸福を手に入れられる。

社会福祉学部 社会福祉学科

斉藤 雅茂 教授

斉藤雅茂先生の研究分野は、社会福祉学、公衆衛生学、社会疫学 。高齢者、社会的孤立、貧困・社会的排除などをキーワードに研究を進めるとともに、日本福祉大学健康社会研究センターのセンター長として、Well-beingな社会づくりに向けた社会疫学研究とその応用をめざした取り組みを進めています。斉藤先生に、高齢者の社会的孤立について話を聞きました。

社会課題

高齢者の社会的孤立がもたらす、
さまざまな問題。

 超高齢社会の進展に伴い、一人暮らしの高齢者が増えています。一人暮らしになると、会話が減り、近所づきあいも希薄になり、他者との接触がほとんどなくなります。孤立しがちな人は、緊急時はもちろん、日常的に助けてくれる人がいないことも大きな問題です。このように、家族やコミュニティとほとんど接触がない状態を「社会的孤立」と呼んでいます。社会的孤立は客観的な状態であり、主観的な孤独とは分けて考える必要があります。

 日本では、高齢者のうち深刻な孤立状態にある人は2〜10%、やや広く捉えと10〜30%程度の人が孤立状態にあると考えられています(2009年)。日本における65歳以上の高齢者人口は約3,500万人ですから、その10%に当たる350万人が深刻な孤立状態にあると推計することができます。

 他者との交流頻度と健康リスクを調べた研究によれば、高齢者で、他者との交流頻度が週1回未満だと要介護リスクが上がり、月1回未満であれば死亡リスクが有意に上昇するという結果が出ています。また、社会的孤立は、うつ病や認知症のリスク、自殺や犯罪の増加、幸福感の喪失とも関連している可能性があり、見逃すことのできない社会問題といえます。日本政府でも、深刻化する社会的な孤独・孤立の問題について総合的な対策を推進するために、内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」を設置し、この問題に取り組んでいます。

(参考・引用:「日本における社会的孤立の動向と課題・論点)斉藤雅茂より)

INTERVIEW

高齢者の孤独は、個人の問題か、社会の問題か。

先生が高齢者の孤立というテーマに着目されたのはどういう経緯からですか。

斉藤

大学の専攻は社会福祉ではなく教育学でしたが、学生時代にベトナムで半年間、フィールドワークをする機会を得て、ストリートチルドレンやハンセン病の療養所などを視察しました。そこで、もともと抱いていた社会福祉への関心が高まり、大学院で社会福祉を研究しようと決断。それから学術論文を読み漁るようになり、社会老年学という分野に出会いました。社会老年学は、高齢期における心理・社会的な要因の解明を通じて、生涯をより良く生きるための方法を追究していく学問で、その頃からとくに高齢者の社会的孤立に着目して研究していくようになりました。

その当時、高齢者の社会的孤立を研究している人は少なかったのでしょうか。

斉藤

そうですね。当時、周囲の方々からよく言われたのは、「孤立することは問題じゃない。孤立というのは本人が望んで選択したものだから、周りがどうこう言うべきではない。人づきあいを強要すれば、かえって生きづらい社会になりかねないのではないか」という指摘でした。ただ、そうした意見を聞いても、私は、それは違うのではないかと思っていました。高齢者の孤立は個人的な問題ではなく、社会的な問題ではないかと考え、そのことに対する明確な答え、説得できる根拠を提示するために、さらに研究を深めていきました。

どうして高齢者は社会的に孤立するのか。

そもそも、どうして高齢者は孤立してしまうのでしょうか。

斉藤

代表的な原因は3つあって、どれもライフイベントに関わるところがきっかけになります。1つ目は、退職です。とくに男性は退職後、ネットワークが途切れるし、自尊感情みたいなものも全部捨てないといけません。「俺は部長だったんだぜ」と言っても誰も相手もしなくなったりして、孤立していくようです。2つ目は、配偶者との死別です。私たちの研究によると、とくに男性が配偶者と死別すると、家事の問題もあり、3年間はとても落ち込みます。男性は子どもとの関係も希薄になりやすく、余計に孤立しやすいと思います。反対に、女性は配偶者と死別した方が長生きするということがわかっています。3つ目は、友人との死別です。親しかった友人がいなくなって、話したり一緒に出かける相手がいなくなることで、孤立していきます。

なるほど、どれも納得のいく原因ですね。

斉藤

とくに男性が孤立しやすい、というのは日本では顕著ですね。また、それ以外の原因も、もちろんあります。私の研究では「長期孤立」「生涯孤立」という言い方をしていますが、若いときからずっと未婚で、仕事も不安定で、人間関係を構築してこなかった人が、孤立している高齢者の3分の1くらいを占めます。ただし、これは15年前くらいのデータなので、今は少し変わっているかもしれません。

先ほど教えていただいた退職がきっかけで孤立するケースですが、何か防ぐ手立てはないのでしょうか。

斉藤

最近では、仕事で培った専門的なスキルや経験をボランティア活動に活かす「プロボノ」という取り組みが生まれています。また、ボランティアのマッチングシステムも各地で試行錯誤が始まっていて、ボランティア活動に参加したい人が、自分にあった仕事を見つけられる入り口も整備されつつあります。そういう機会を利用することも、孤立を防ぐことにつながると思います。

社会的孤立は、地域づくりで防ぐことができる。

社会的に孤立した人には、どんな問題が待ち受けているのでしょうか。

斉藤

上流に孤立という問題がある場合、下流で結果として起きる問題がいっぱい出てきます。たとえば、これまで行った研究で、社会的に孤立する人は「認知症になりやすい」「心身が衰えたり、病気になったりして、要介護になりやすい」ことがわかっています。また、最近の研究で、孤食(望んでいないのに一人で食事をすること)の人たちを7年間追いかけたところ、普通の人に比べ、2倍くらい自殺している人が多いことがわかりました。

社会的孤立は、健康や生きる力に大きな影響を与えているのですね。

斉藤

そう思います。ですから、社会的孤立は問題なのだ、ということを社会として共有することがまずは大事だと思います。社会で共有すれば、地域づくりにも反映させることができます。というのも、孤立しにくい地域、孤立しやすい地域というものが存在していることが研究でわかってきました。たとえば、地域でスポーツ大会やボーリング大会みたいな行事を積極的にやっているエリアでは、孤立している人が少ないんですね。反対に、お祭りが衰退している地域では孤立が進んでいたりします。そうして見ていくと、社会的孤立は、地域づくりである程度防ぐことができるのではないかと考えています。

企業の力を活用して、地域社会を動かしていく。

具体的には、誰が主体となってこれからの地域づくりを進めていけばいいでしょうか。

斉藤

社会福祉の視点からすると、地域づくりは行政や社会福祉協議会、地域包括センターなどが主体となって進めるイメージがあります。しかし、それだけでなく、そこに企業を巻き込むことが必要だと私は考えています。企業はマーケティングの方法も違うし、ターゲット層も異なり、地域づくりの幅が広がります。そのように企業を巻き込む仕組みとして注目されているのが、「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」です。

「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」とはどんな仕組みですか。

斉藤

ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)は、行政から民間へ委託する際の新しい手法です。行政が担う公共性の高い事業の運営を民間の事業者に委ね、その運営資金を民間の投資家から募り、民間の事業者は成果に応じた報酬を得るという仕組みです。従来の業務委託とは異なり、成果報酬型のため、自治体にとっては高い成果が期待できます。たとえば豊田市では今、SIBを活用し、「ずっと元気!プロジェクト」を実施。5億円を投資して5年間で介護費用がどれくらい下がるかという実証実験を行っています。このプロジェクトには多数の民間事業者が参画して、豊田市に住む高齢者に運動や趣味、エンタメ、就労など、さまざまなテーマの社会参加プログラムを提供しています。当初5000人ぐらいの参加を目標としていたのですが、すでに7000人を超えていて、これだけ盛り上がりを見せるのは、多くの企業のアイデアやノウハウが活かされているからだと思います。

(ソーシャル・インパクト・ボンドの詳細は、経済産業省の資料をご参照ください。)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/socialimpactbond.pdf

これまで社会福祉と企業のコラボレーションは、あまり例がなかったように思います。

斉藤

確かに従来はそうだったかもしれません。福祉には英語訳が二つ、「welfare」と「well-being」があります。「welfare」は従来の生活保護や困窮者支援などで、対象は比較的低所得の方に絞られます。しかし、「well-being」は心身ともに満たされた状態を示すので、国民全員が対象になります。そうなると、民間企業もコラボレーションしやすくなると思います。

最後に、今後の展望についてお聞かせください。

斉藤

企業を巻き込んで、高齢者の社会的孤立を防ぐための活動が広がりつつありますが、最適解が見つかるのはこれからだと思います。そして、この活動の最終目標は、人間の「幸福」にあると考えています。書店に行くと『孤独を生きよう』『孤独を楽しもう』という啓発本が出ていますが、中身を読むと、孤独の方が幸せだなんて言っている本はほとんどありません。やっぱり孤独は幸福度を下げるということが、研究結果でもクリアに出ています。また、科学の研究によると、人は孤立を感じると脳の前帯状皮質という部分が動き、殴られているとのと同じような痛みを感じるという論文もあります。社会とつながる地域づくりを進めることで、高齢になっても幸せに暮らしていける未来をめざしていきたいと思います。

オムロン株式会社のチャレンジ

データを活用したソリューションビジネスを展開する、オムロン(株)のデータソリューション事業本部。「健康寿命の延伸」という長期ビジョンに基づき、ヘルスケアデータを活用した高齢者の自立支援事業に力を注いでいます。

高齢者の自立や
介護予防をICTでサポート。

オムロン株式会社

京都市下京区塩小路通堀川東入オムロン京都センタービル
データソリューション事業本部

https://datasolutions.omron.com/jp/ja/

短期集中予防サービスを推進するために。

 介護予防は、年々上昇する介護費用を軽減するとともに、高齢者が住み慣れた町で暮らしていくために必要不可欠な取り組みです。自立支援・介護予防を促進するために、オムロン(株)のデータソリューション事業本部では、国が制度をつくり、自治体が進めている「短期集中予防サービス」を支援する事業に取り組んでいます。

 短期集中予防サービスは、要介護になる手前で、身の回りのことができにくくなっている人を対象に、3〜6カ月の短期間で改善をめざすサービス。自治体の地域包括支援センターにおいて、対象となる高齢者に対してケアマネジャーがアセスメントを行い、ケアプランを作成。そのプランに従って、地域の介護事業者が生活機能を回復させる訓練をおこなうサービスです。

このプロセスでとくに難しいのは、高齢者の課題抽出と改善目標の設定でしょう。たとえば、「お風呂の浴槽がまたぎにくくなった」という場合、その原因が本人によるものか、浴槽の形によるものか、家族の介助によるものかを確認した上で、もし本人によるものなら、筋力の衰えによるものか、運動不足や低栄養によるものかと、さらに細かく原因を探り、個人に最適な対策を立てなくてはなりません。同社では、その複雑な過程をケアマネジャーと本人が一緒に選択していけるICTツールを提供。効率よく生活活動の課題を特定し、その程度に応じた改善目標の設定に導き、最適なケアプランを作成できるように支援しています。

取得したデータを活用し、課題や目標を共有する。

 同社がこの事業を始めたのは、大分県との出会いがきっかけでした。大分県はもともと、高齢者の自立支援に先進的に取り組んできました。同社のスタッフは、その取り組みに学びつつ、ICTを使いながら自立支援・介護予防を広げていくためにどうすれば良いか議論をスタート。経験豊富な介護の専門家のノウハウを形式知化したICTツールを開発しました。その成果が認められ、現在、同社では、大分県をはじめ、大阪府と事業連携協定を締結、石川県小松市とは包括連携協定を締結し、モデル市町村の地域包括支援センターにICTツールを先行導入し、介護予防ケアマネジメントを実現していくモデル事業を進めています。

 今後の目標は、データを用いることによって、国から自治体、地域包括支援センター、介護事業者、高齢者本人に至る介護予防の取り組みのプロセスを途切れることなくつないでいくことです。データは、立場の異なる人同士であっても共通の認識をもてるツールであると考えています。その特徴を最大限に活かし、データを効率よく活用することによって、介護に関わる人全員が共感し協力し合って、高齢者の自立支援や介護予防を推進できるように支援していきたいです。

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