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#37 木質化

木の温もり、やすらぎを、建築へ。
国産木材を用いた
中高層建築物の普及をめざして。

健康科学部 福祉工学科

坂口 大史 准教授

坂口大史准教授は、建築・都市の意匠や計画、設計に関する研究、建築・都市と環境の調和や持続可能な開発、空間における人の行動や心理に関する研究などに幅広く取り組んでいます。また、studio KOIVU一級建築士事務所を主宰し、中高層木造建築の普及に貢献しています。先生に、今注目される木造建築について話を聞きました。

社会課題

日本の森を再生するために、建築ができること。

 日本は世界有数の森林大国で、国土の7割弱を森林が占めており、さらにその森林の約4割を人工林が占めています。それら人工林は、戦後の復興需要による木材不足を補うために進められた政策によるもので、スギ、ヒノキ、カラマツ、アカマツなど、成長が早く建築用材に適した針葉樹が植えられました。しかし、その後、海外からの安価な輸入材が増加したことから、国内の森林資源が十分に利用されず、林業に携わる人の数も減少し、日本の森は荒廃してしまいました。

 緑豊かな森林は、水源を蓄え、土砂災害を防止するとともに、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)の吸収など、さまざまな役割を果たしています。荒廃した日本の森を再生するためには、「森の木を伐採して、使って、また新たな木を植えて、育てる」という森林資源の循環利用が必要です。そのサイクルのなかで、木材をたくさん使うには建築が非常に有効です。そのために近年、大幅な法律の改正も行われました。従来、民間建築物への木材の利用は法律によって規制されていましたが、2021年に大幅に改正。題名が「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改められ、木材利用の対象が公共建築物から建築物一般へ拡大されました。この法改正を受けて今、日本の都市部では、中大規模の木造建築に注目が集まっています。

INTERVIEW

大きな建物を木材でつくる。

先生が木質化に興味を持つようになったのは、どういうきっかけからですか。

坂口

私は2009年から数年にわたり、フィンランドの大学に留学していたのですが、ちょうどその頃、ヨーロッパでは大きな建物を木でつくろうという気運が生まれていました。なぜそんな気運が生まれたかというと、林業や製材業はフィンランドの主要産業ですが、パソコンやプリンターの普及などにより、紙製品の需要が減り、建物への転用が進み始めたというわけです。フィンランドの森林率は70%を超えていて、世界1位。日本は68.4%(2020年7月現在のOECD加盟国)で2位なのですが、日本では神社仏閣の木造はあっても、ビルの木造はありません。それを日本で展開すれば面白いんじゃないかと思ったのが始まりです。

その関心が、現在の木造建築の研究につながっているんですね。

坂口

ええ、そうです。私の研究をわかりやすくいうと、一つは「木を使って大きい建物をつくろう」ということです。大きい建物というのは、3階建て以上、3000㎡以上くらいの建物だと考えていただいたらいいと思います。ヨーロッパと違って、この規模の木造建築は日本でずっとつくられてきませんでした。木は燃えやすいという理由から法律で禁止されていたんですね。その法律が2021年に改正され、昨今、中高層の木造建物をつくるトレンドが一気に広がってきました(法律の改正については、ページ上部「社会課題」のコラムをご覧ください)。

耐火性・耐震性の課題にどう応えるか。

木は燃えやすいというお話がありましたが、中高層の木造建築をつくる上でどんな課題がありますか。

坂口

一つは耐火性ですね。木は当然、燃える素材なんですよ。1分で約1㎜燃えることがわかっています。そこが重要なところで、逆に言えば建物が1時間持ちこたえるには、木の厚みが60㎜余分にあればいい、ということになります。一方、鉄は熱を加えると急に曲がったりするので、燃え方をコントロールすることができません。木造であれば、万一火災があっても、壁や柱を10㎜余分に厚くしておけば、10分間は建物が倒壊することはないわけです。とくに私たちが研究開発を進めている部材、CLT(直交集成材※)は優れた耐火性を発揮します。CLTは欧州を中心に普及している部材で、厚みがあるので、燃えると表面に炭化層と呼ばれる層をつくります。炭化層は断熱性があり、内部の酸素供給を遅らせ、木材の燃焼を遅らせることができます。

耐火性のほかに、どんな性能が求められますか。

坂口

耐火性と並んで重要なのは、耐震性です。ヨーロッパと日本の中高層建築をつくる際の決定的な違いは、地震があるかないか、なんですね。日本は地震が多い国なので、高い耐震性能が要求されます。地震は横方向に力が加わりますが、CLTの構造は、木の繊維が直交するように板を張り合わせ、強度を高めているため、力が加わっても変形しづらく、大きな地震にも耐えられる性能を備えています。また、CLTの特徴は大きな壁をつくることができるところにあります。一番大きいサイズですと、高さ3m×幅12mの耐力壁をつくることができ、大きな建物を手間なく迅速につくれます。CLTはまだコスト的に高いという問題がありますが、この先、量産化していくことでその問題をクリアできると考えています。ヨーロッパではCLTの年間生産量は約200万㎥ですが、日本ではまだ2万㎥程度ですから、今後の展開を期待しています。

※CLTは、Cross Laminated Timber(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)の略称。 ひき板(ラミナ)を並べた層を、板の方向が層ごとに直交するように重ねられた木材です。

木質化でめざす脱炭素化と森林保全。

木質化が今、注目されているのはどうしてですか。

坂口

やはり二酸化炭素の削減や脱炭素社会への貢献が大きいと思います。木は森林に生えているときは二酸化炭素を吸って酸素を出しています。その過程で二酸化炭素を吸っているので炭素固定(CO2を炭素化合物として留めておくこと)ができます。建築材料には鉄やコントリート、ガラスなどさまざまな種類がありますが、自然に炭素固定ができるのは木材しかありません。唯一、炭素を自分の中に取り込める木材に建築材料を置き換えていくことによって、二酸化炭素を削減し、地球温暖化対策に役立つことができます。

木材の利用が増えれば、日本の森林保全にもつながりますね。

坂口

その通りです。CLTの良さは、国内に豊富に存在するスギやヒノキを使えるところにあります。スギやヒノキは戦後の拡大造林によって植えられたもので、現在はそのまま放置され、たくさんの森林が荒れてしまっています。私たちの先祖が長い年月をかけて育てた木を使うことで、森林の循環を守る。ひいては、森も含めた社会全体の循環型の仕組みづくりに貢献するのが私たちの目標です。

人の心をいやす木の魅力を広めていきたい。

先生の研究は「木を使って大きい建物をつくる」ことだとお聞きしましたが、それ以外のテーマはありますか。

坂口

もう一つの重要な研究が、「木を建築に使うことによって中にいる人がどう感じるか」を調査・分析することです。先ほども申し上げたように、CLTを使って建築するとなると、どうしてもコストが上がります。そのとき、何か付加価値がないと、お客さんは納得されません。木材を建築に使うメリットを明らかにするためにも、心理、身体、生産性、創造性、経済など多角的な効果に関する検証実験を行い、エビデンスを積み重ねているところです。

実際に木に囲まれて過ごすと、どのような効果があるのでしょうか。

坂口

これまでのアンケートでは、木質空間の中で過ごすと「居心地がいい」という評価をいただいています。夏も冬も、木を触ると人肌のような温もりがありますし、木の香りにつつまれると落ち着きます。また、木は情緒的な部材でもあります。たとえば、あるご家庭では柱にお子さんの身長を記録したりしていますよね。そうすると「この柱の傷は、おじいちゃんがつけたものだったなぁ」と、みんなで感情を移入できたりします。また、木にはそれぞれ、産地や銘柄などのストーリーもあります。そのことも、石やコンクリートにはない、木ならではの良さだと思います。このように、広く言えば、木の可能性は無限大にあります。これからも、保育園や学校、宿泊施設、福祉施設など、さまざまな中高層建築物に木材が使われていくよう、働きかけていきたい。そして、ゆくゆくは多くの木造ビルで構成された街並みを実現していきたいと考えています。

(株)竹中工務店のチャレンジ

建設会社である(株)竹中工務店では、脱炭素や資源循環などの社会的ニーズに対応。建物の構造体や内装・外装の仕上げに国産の木材を使用した、中高層木造建築への取り組みを積極的に進めています。

脱炭素や森の再生に役立つ
中高層の木造建築を、もっと都市の中へ。

株式会社 竹中工務店

大阪府大阪市中央区本町4丁目1-13

<竹中工務店の木造建築・木質建築>
https://www.takenaka.co.jp/mokuzou-mokushitu/

12階建て木造建築物
FLATS WOODS 木場
国内初の耐火木造ビルを、次々と形に。

(株)竹中工務店の木造建築への本格的な取り組みは、2000年頃から始まります。2000年の建築基準法の改正で、所定の耐火性能を満たせば、高層の建物でも木造にすることが可能になり、同社はいち早く燃えにくい木材の研究に着手し、耐火集成材「燃エンウッド®」の技術を確立しました。その後も、柱や梁の合理的な接合方法等「燃エンウッド」実用化のための開発を進め、木造建築の大規模化・高層化に挑戦。2013年3月、国内初となる耐火木造のオフィスビル「大阪木材仲買会館」(大阪市)、続いて同年9月、国内初となる耐火木造の大型商業施設「サウスウッド」(横浜市)を竣工。以来、病院や学校建築など数々の木造プロジェクトに携わってきました。
新しいところでは、三井不動産が手がける国内最大・最高層(地上18階建・延床面積約28,000㎡)の木造賃貸オフィスビル(東京都中央区)の設計・施工を担当。同プロジェクトには、竹中工務店が開発し大臣認定を取得した国内初適用となる木造・耐火技術が多数導入されています(2026年9月竣工予定)。

2026年9月竣工予定の国内最大の木造賃貸オフィスビル
「森林グランドサイクル」の構築をめざして。

カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)の実現や、日本の森林・林業再生など、木造建築が貢献できる社会課題はいろいろあります。そこで同社では、今日の中高層木造建築を一過性のブームに終わらせないために、木造技術のさらなる開発やメンテナンス方法の確立に力を注いでいます。技術面では、木の良さと鉄骨や鉄筋コンクリートの良さを組み合わせたハイブリッド部材「KiPLUS®」や木を使った耐震補強技術「T-FoRest®」を開発。木材を用いたさまざまなソリューション技術を用意することにより、ユーザーの求める建築ニーズにより柔軟に応えていこうと考えています。また、木造の建物は年とともに木材の色合いが変化し、ひび割れなどの傷みも生じます。そのため、木造建築を長く美しく保つための、補修方法の開発にも取り組んでいます。

こうした取り組みの先に同社が見つめるのは、木材の利用や流通を通じて地域の再生に貢献していくことです。都市部でより多くの建物の木造化・木質化を進めることにより、国産木材の需要を高め、林業の復活と森林の再生に貢献。同時に、耐火集成材の製造など、木に関わる新しい産業を創出することにより、地域経済の活性化を支援していく計画です。同社では、このような森林資源と地域経済の持続可能な好循環を「森林グランドサイクル」と名づけ、その構築に向けてさまざまな活動を展開しています。

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