#35 ICTを活用した障害者支援
地域に暮らす、
障害のある人のための
ものづくり。
健康科学部 福祉工学科
渡辺 崇史 教授
渡辺崇史教授の研究テーマは、リハビリテーション工学、支援技術(アシスティブテクノロジー)、障害児者福祉。福祉用具や生活支援機器の開発を通じ、障害がある人の生活支援を推進。近年は3Dプリンティング技術を活用した支援技術の可能性を追求しています。渡辺先生に「ICT(情報通信技術)を活用した障害者支援」について話を聞きました。
社会課題
多様な個別性に対応するための支援技術。
障害がある人のためのテクノロジーは、支援技術(アシスティブテクノロジー)と呼ばれます。支援技術は、福祉用具を含めた機器・道具を意味する支援機器と、利用者に合った支援機器を提供・入手するためのサービスの両方を意味します。市販されている支援機器を選定したり調整することで、利用者に合った支援機器が提供できない場合は、しばしば支援機器の製作・改造を行います。
支援機器の製作・改造では、利用者の身体状況、生活や日々の活動、利用者のニーズを理解し、その個別性に合わせて対応することが最も重要です。たとえば進行性疾患のある人であれば、障害状況の変化に合わせた支援機器の改造が必要となりますし、障害のある子どもたちであれば、発達課題や成長に合わせた継続的でタイミングのよい製作・改造対応が必要です。しかし、多様な個別性に対応した支援機器の製作・改造は、利用者とコミュニケーションを重ね、試作を繰り返しながら一品ずつ製作するため、ときには時間的・経済的なコストがかかることがあります。さらに、支援技術の製作・改造を担う経験豊富な支援者や社会資源は、利用者が暮らす地域にすべてあるわけではなく、地域差があるのが現実です。
こうした課題を解決するために、ICTの利点を活かしたものづくりや、地域の支援サービスを創出する取り組みが広がっています。
INTERVIEW
「誰のための」が一番のキーワード。
最初に、先生が福祉工学の分野へ進まれた経緯について教えてください。
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渡辺
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中高生の頃から、地域の子ども会ボランティア活動に携わっていました。そのとき、障害のある子どもがみんなと一緒に遊ぶにはどうすればいいか考える機会がありました。私はもともとものづくりが好きなので、たとえば、手指に障害があってじゃんけんができない子のためにグーとチョキとパーの絵を描いた札をつくり、その札を挙げることでじゃんけんゲームに参加できるようするなど、いろいろな工夫をしていました。そんなこともあり、大学卒業後は、人に役立つ製品設計に携わりたいと思い電機メーカーに就職しました。
そして技術者としてのキャリアを積むなかで、あるとき名古屋市総合リハビリテーション事業団で障害のある人の福祉用具の製作・改造、開発を行う、リハビリテーションエンジニアの募集があったんです。それが、この分野へ進むきっかけになりました。それからは、なごや福祉用具プラザにて障害のある人の相談や支援に応じるとともに、メーカーと一緒に、障害のある人のための支援機器の商品開発に取り組んだりしながら、福祉工学の領域で経験を積んできました。
福祉工学という学問領域には、どんな特徴があるとお考えですか。
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渡辺
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福祉工学は実用性や有用性に重きを置き、さまざまな技術や工学を応用することなんですね。別の言い方をすると、誰のためのものづくりか、誰のためのテクノロジーか、というところが、一番大事なキーワードになると考えています。ですから、研究室の中にこもっていては、「誰のための」という「顔」が見えてこない。地域に自ら出向いていろんな人と話をし、時間を重ねながら、「こんなところに困っているんだ」という気づきを得て、多様なニーズを理解する。地域での支援技術サービスの活動とそれらから生ずる課題解決に向けた研究や支援技術開発の両輪に取り組みながら、福祉工学の可能性を追求しています。
ICTを活用した福祉用具づくり。
障害のある人のためのものづくりにおいて、ICTの活用はどの程度進んでいますか。
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渡辺
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先ほど、福祉工学はさまざまな技術や工学を応用するというお話をしましたが、義肢や装具、移動関連用具、コミュニケーション機器等をはじめとする福祉用具には、ICT関連技術が世界中で活用されています。たとえば、電動車椅子のコントロールにはスマートフォンと同様のコンピュータシステムが組み込まれていますし、スマートフォン上のアプリから電動ベッドを操作したり、補聴器を調整したりすることも可能になっています。また、わずかな指先の動きや視線を利用して、さまざまなコミュニケーション活動を創出し、デジタル技術を応用した新たな価値を生み出しています。最近では、IoT(インターネットとつながる仕組みや技術)、AI(人工知能)も注目されていることから、ますますICT関連技術を活用した福祉用具が増えていくと思います。
ICT関連技術を活用したものづくりの具体例を教えていただけますか。
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渡辺
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代表的なものは、3Dプリンターの活用でしょう。デジタルファブリケーション(データをもとに創造物を制作する技術)と言われる技術です。たとえば、義肢装具の分野では、3Dスキャンした身体部位のデータをもとに、利用者の身体状況に合わせた義肢や装具の部品、靴のインソールなどを3Dプリンターで製作する方法がすでに国内外で利用されはじめています。手作業による義肢装具士の経験や知見を3Dプリンティング技術に反映させることにより、多様なニーズに対応できる可能性を秘めています。さらに、私たちが研究しているのは、単に支援機器の製作を3Dプリンティング技術によるものづくりに置き換えることではなく、地理的に離れた地域での支援技術サービスに活かすことをめざしています。
「遠隔地での支援」の仕組みをつくる。
先生がICTを活用した遠隔地での支援を始めようとしたのはどういうきっかけからですか。
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渡辺
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なごや福祉プラザに勤めていたとき、スイッチや自助具などの、支援機器の製作や改造に関する依頼や相談が、小さな案件も含めると年間数百件ありました。しかし、数百件を越える製作改造に関する相談に対応できたとしても、現状の方法では名古屋市内だけをみても、すべての障害のある人や高齢の人には何年経ってもとても対応できないでしょう。ましてや、人口の集中していない広い地域では、距離や時間的な制約が支援技術サービスの壁になることもあるでしょう。また、利用者が暮らす地域には、支援機器の製作や改造に対応できる支援者がいないことも考えられます。これらの課題を解決するには、福祉用具や支援機器を広く普及させていくことに加えて、一人ひとりに役立つ支援技術サービスを届けるための仕組みを開発する必要性があると考えました。
近年の研究内容について少し教えていただけますか。
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渡辺
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3Dプリンターなどで製作可能な支援機器を掲載したコラボレーション型支援機器データベースの開発に取り組みました。利用者と支援機器との適合に重要な寸法や、個別性に応じた支援機器の機能を満たすために重要な寸法をパラメータ(変更可能な変数)として、利用者のニーズや身体状態に応じて修正できる編集機能を実装しています。このコラボレーション型支援機器データベースのウェブサイトは、国内外を問わず支援技術サービスに貢献できることから、今後も継続して研究していきたいと考えています。同時に地域には3Dプリンターを使った支援機器の製作改造ができる人材が必要なので、その人材育成や地域づくりための研修プログラムの実践と開発にも力を入れています。
遠隔地での支援だからこそ、現地を知る大切さ。
遠隔地での支援の課題はどんなところにあるとお考えですか。
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渡辺
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私たちはバングラデシュでも支援を進めていますが、以前設置していた3Dプリンターは、湿気と埃で3Dプリンターが壊れていました。そこで、湿気や埃対策を施した上で新しい3Dプリンターを用意し、今また一からスタートしようしています。この事例で学んだことは、遠隔地での支援を進めるには、現地の気候や暮らし、文化や社会の仕組みなどを知ることがとても重要だということでした。つまり、遠隔だからこそ、実際に現地に出向き、その地域の人々と大いにコミュニケーションをとりながらいろいろ学び、生活を理解することが必要だと考えています。
最後に、今後の目標などをお聞かせください。
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渡辺
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リモートアクセス技術を活用した支援技術サービスを、多くの人々と協力しながら実現していきたいと思います。
ラピセラ(株)のチャレンジ
ラピセラ社は、3Dプリンターをはじめとしたデジタル技術で、義肢装具の設計・製造を支援する日本でのパイオニア企業です。
義肢装具の職人技を、3Dデジタル技術で。
日本での義肢装具づくりはこれまで、長年受け継がれてきた義肢装具士の職人技術によって、装具の設計から製造まですべて手づくりで行われてきました。ラピセラ社はその技術を評価し、3Dデジタル技術で義肢装具の設計・製造を支援するパイオニア企業です。
基本的には、義肢装具士から個別に依頼を受け、利用者の身体や要望にもっともフィットする装具を高精度な3Dプリンターをはじめとするデジタル技術を駆使して製作しています。とくに治療用インソールについては、3Dプリンターでつくるインソール製作クラウドサービス「eLabo(エラボ)」を開発。義肢装具士が専用アプリケーションで形、厚さ、硬さなどを設定し、クラウドにデータを保存すると、そのデータに基づいて3Dプリンターで製作するビジネスモデルを展開しています。eLaboで製作されたインソールは、ラティス構造(格子構造)の素材を用いることにより、従来の製法では不可能だった通気性や水洗いできる利便性を実現。医学的に必要な高度な機能性と、利用者の快適性を両立した新しいインソールとして、ユーザーから高い評価を得ています。
3Dデジタル技術の良さを、全国へ広げるために。
義肢装具の製作を大きく進化させる3Dデジタル技術ですが、海外に比べ、日本ではまだほとんど普及していないのが現実です。その理由として考えられるのが、日本での義肢装具づくりの歴史です。既製品が数多く流通している海外と違い、日本では経験豊かな義肢装具士が利用者の人体の型からすべてカスタマイズしてつくるため、なかなか3Dプリンターが受け入れにくいという土壌があります。また、従来の3Dプリンティングの完成度は、義肢装具士にとって細かな点で不満が残るものでした。ラピセラ社ではその不満を解消するために、義肢装具士でもある社長が、義肢装具士の要望を理解した上でソフトウェアエンジニアと綿密にディスカッションして、eLaboを開発。一人ひとりの身体や障害に最適化された治療用インソールの設計を実現しています。
障害の内容は個別性が高く、求められる装具はどれ一つとして同じものはありません。その個別性にきめ細かく対応するのが、ラピセラ社の商品づくりであり、その目線の先にはいつも「誰一人取り残さない」という医療福祉の理念があります。
ラピセラ社の今後の目標は、3Dデジタル技術の良さを普及していくこと。全国の義肢装具士に、3Dプリンターで何ができるのかを正しく理解してもらうために、学会での展示会や整形外科の医師や義肢装具士を対象にした説明会などに力を入れています。医学的な機能と利用者の要望を高次元で満たす義肢装具をめざして、ラピセラ社の挑戦はこれからまだまだ続きます。
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