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#32 子どもの算数嫌い

算数・数学は
世の中を正しく
見るためのツールである。

教育・心理学部 学校教育学科

板垣賢二 教授

板垣賢二教授の研究分野は、教科教育学、初等中等教育学(算数・数学)。小学校の教員として培ってきた経験をベースに、算数の楽しい授業のつくり方について研究を深め、教員をめざす学生たちを指導しています。

社会課題

学校が「算数嫌い」をつくっている。

 子どもは本来、算数が好きです。実際、小学1年生に対するアンケートでは約8割の子どもが「算数が好き」と答えています(※)。

 ところが、上の学年に進級するにつれ、子どもたちはどんどん算数が嫌いになっていきます。とくに、算数がわからなくなる鬼門と言われるのが、低学年では「分数」、高学年では「割合」の単元です。割合の授業で、子どもたちは「比べる量÷もとにする量=割合」という公式を教えられ、文章題を解いていきます。そのとき、割合が実社会でどのように役立つ考え方であるかという社会との接点を教えられることは少なく、公式にあてはめて答えを出す方法だけを教えられます。たとえば、「く(比べる量)・も(もとにする量)・わ(割合)の図」を使って問題を解くことを学ぶと、子どもたちはその図を用いて機械的に答えを出すようになります。しかし、それでは、現実の社会と算数のつながりを理解することはできません。

 近年、こうした授業の進め方が、子どもの算数嫌いを加速していることに危機感を覚えた数学者たちが、現実社会と算数をつなげるような新しい教育を提言し、教科書の改善が進められています。

※「小学生の計算力の実態と算数に対する意識」2013年 ベネッセ教育総合研究所調査

INTERVIEW

算数の面白さを子どもたちに伝えたい。

最初に、先生が算数・数学の授業を研究テーマにした経緯を教えてください。

板垣

学生時代はもともと数学は好きではなかったんです。大学の教育学部を卒業後、大学院を経て、小学校の教員になったのですが、ひょんなことから「算数サークル」に顔を出すようになりました。そこで知った、現実の生活や行動から算数や数学を創る授業の面白さや楽しさを子どもたちにも感じてほしいと強く思うようになったのが、最初のきっかけです。その後、数学教育協議会という研究会に出会い、実践していくようになりました。

算数と数学の違いはどのように考えたらいいでしょうか。

板垣

基本的には、文字による代数を使うのが数学と言われます。たとえば、小学校のかけ算・わり算が、中学以降は、方程式や微分・積分として代数的に計算されるようになったり、図形は、文字を使って証明する分野になります。特に自然現象や社会現象など現実とのつながりをより重要視するのが算数だと考えています。また、数を負の数や虚数へと拡張するように、数学自体を数学の研究対象にするようになるのも数学の特徴です。

現実と算数をつなぐと、世の中を見る目が変わる。

子どもたちが算数嫌いになるのは、どうしてでしょうか。

板垣

自分たちが暮らしている生活と算数のつながりをあまり教えないことが大きな原因だと考えています。たとえば「4×3」というかけ算は、身の回りにいっぱいあります。「3台の車のタイヤの数」も「4本セットの鉛筆の3人分」もそうですね。4個のお饅頭が入れてある皿を3皿並べると、「4×3」になります。こうしたことを小学2年生に教えてからスーパーマーケットに行くと、子どもたちがスーパーの棚を見る目が変わります。今までは単に商品が並んでいましたが、同じ数ずつがきちんと揃えて売ってあることに気づく。陳列された商品にかけ算を見つけることができる。少し大げさにいうと、世の中を見る目が変わるんです。

面白いですね。

板垣

そうなんです。かけ算は世の中に満ちあふれているわけです。私たちはいつも言葉で考えますよね。言語は思考をつくり、抽象化して一般化する働きがあるのですが、同じように算数を言語としてとらえることができれば、人は思考の強力なツールを手に入れることができます。先にかけ算の例をお話ししましたが、わり算なら、「ケンカしないようにみんなにジュースを配る」という行動から見つけることができます。小数や分数は、「1L升でちょうどにならない半端なジュースの量の測定の仕方」を考えれば、自然と理解することができます。さらに、割合なら、「消しゴムを使ってノートの長さを測る」という行動から「1を決めて数をつくる」という考え方を見つけていくことができます。

数学は庶民に教えたくない学問だった。

そもそも算数や数学を、人類はどうやって手に入れたのでしょうか。

板垣

古代文明の頃から人類は数学を発展させてきました。それこそ紀元前3世紀頃、「原論」を著した数学者ユークリッドの時代からずっと数学はあって、非常にシンプルに世の中を表現できるツールとして、言語と同じように数学の概念は発展していきました。しかし、当時の数学は権力者、一部の特権階級・支配階級のものだったんです。たとえば18世紀最大の数学者オイラーは、絶対主義王権がスポンサーであり、その研究成果が庶民に普及することはありませんでした。

それはどうしてですか。

板垣

数学が世の中を理解したり、客観的に見ることができる力をもっていることを、権力側の人たちはよく知っていたのだと思います。権力者からすれば、数学を嫌いな人、苦手な人が多いほど、だまそうと思ったらすごく都合がいい。だから、庶民には教えたくなかったのだと思います。しかし、産業革命以降、徒弟制度(職人)ではない労働者が現れ、多くの人々に一定の技術や知識が求められるようになった。また、経済の仕組みを数量的に表したり計算することで社会の仕組みを明らかにするようになっていったんですね。人々がどれだけ生産してそれがどのように誰によって消費されているのかが見えるようになった。数学は社会システムの本質を明らかにし、世界は神秘の力ではなく科学的な法則によって動いているという民主主義社会の思想的基盤になったんです。そして、民主主義の発展とともに、「すべての人々に数学を」というスローガンが叫ばれるようになり、世界の義務教育には必ず数学が位置づけられるようになりました。日本でも戦後、数学者の遠山啓らが「すべての子どもたちにわかって質の高い算数・数学教育を」と国民的教養としての数学の普及を提唱しました。

算数・数学を学んで政治、経済に強くなろう。

民主主義の根幹にあるはずの算数・数学ですが、現在はその趣旨が発揮されていないように感じられます。

板垣

残念ながらその通りです。算数・数学は「人と競争するための道具」「頭の良し悪しを測るツール」にされてしまっているように思います。それでは、子どもたちは楽しくないですよね。保護者もテストが返ってくると、点数を見て褒めたり叱ったりしまいがちですが、この勉強をして何が面白かったかと聞くようにしてほしいと思います。近年は、こうした算数・数学教育に危機感を覚えた数学者たちが授業の改善を提言し、少しずつ改良に向かっています。競争させるための問題ではなく、算数・数学の良さをシンプルに味わうような教材をつくれば、今の教科書の教材量を3分の2くらいにできるのではないかと思います。

算数の良さを味わうために、どんな教材があればいいでしょうか。

板垣

例えばこんな紙芝居を作りました。ある靴職人が、留守(0人)のカブトムシの家を訪ねたり、足のない(0本)ヘビの家を訪ねて靴を作ろうとする話です。紙芝居を読みながら子ども達と「0のかけ算」を見つけていきます。高学年では、動く電車のおもちゃの動きを5秒だけ調べ、23秒後にどれだけ移動するか予想するゲームを通して、平均や比例の考えを見つけ出します。ピタリとあてたときは大喜びです。このように、やり方を暗記するのではなく、算数に実験や物語を持ち込んで算数数学を再創生していきます。

なるほど、すごく楽しそうな授業ですね。

板垣

そうですね。子どもたちには楽しみながら算数・数学を学び、大人になったとき、社会や経済を客観的な数字で理解できる力を身につけてほしいと考えています。実際、教員時代に、6年生に算数のまとめとして「国政選挙の選挙広報」を読ませたことがあります。すると、候補者によって、客観的な数字を明らかにして政策を書いている人、威勢の良い言葉をただ並べている人がいて、算数的に見ると明らかな違いがあることがわかりました。そうやって数字に強くなることが、民主主義の成熟につながるのではないかと考えています。また、別の例を示すと、福島原発事故の後、テレビ番組で、事故後、人が浴びた放射線量を、レントゲン撮影で浴びる量と比較した図表を示す専門家がいました。そこには、数秒間と、そこにいる限り浴び続ける線量の違いは示されておらず、内包量(かけ算)の知識がなければ、危うくだまされてしまう内容でした。算数・数学の概念を学ぶことで、間違った報道にだまされない力、政治や経済など社会の動きを正しく理解できる力を身につけてほしいと願っています。

数学教育協議会のチャレンジ

数学教育協議会は、算数・数学教育に関心をもつ教師、学者、学生、保護者などが集まって、自主的に研究・実践活動をしている会です。「楽しい授業」をスローガンに掲げ、地道な活動を通じて算数・数学の面白さを発信しています。

授業を楽しくすることで、
算数・数学はもっと面白くなる。

数学教育協議会

東京都杉並区西荻北4-3-14-101

https://sanssouci.sakura.ne.jp/ami_hp/index.html

「数」と「量」を結びつけながら学ぶ
「水道方式」の提唱。

 数学教育協議会(以下、数教協)の発足は1951年。当時の断片的な教材を用いた学習方法や、それによる学力低下に危機感を覚えた数学者・数学教育者たちが、系統的に学べる数学教育をめざして設立しました。そして、その研究過程で生まれたのが、水源地から水が自然に流れるように体系的に算数を学ぶ「水道方式」という指導方法です。とくに画期的だったのは、それまでの教科書で使っていたおはじきや数え棒ではなく、教具に「タイル」を用いて「数」を学ぶ方法でした。たとえば、一の位のタイルが10個集まったら、10のタイル1本に変身して十の位へ進むように、数を「量」と結びつけることで、抽象的な数を体感しながら学習できるように工夫しました。その水道方式はたちまち、学校の現場で認められ、全国の教科書に採用されるようになりました。

 現在、数教協は北海道から沖縄まで全国11地区に支部を開設。会員メンバーは、小・中・高校・支援学校(学級)の教員を中心に、数学者、学生、保護者などへと広がっています。

教員たちが集まって、学び合う機会を創出。

 数教協の事業内容は大きく分けて、集会と出版があります。集会では、小・中・高校、特別支援学校(学級)の教員たちがそれぞれ顔を合わせる機会を数多く設けています。たとえば、小さなエリア単位のサークル活動から、県・地区ごとの講座や集会、全国規模の研究大会まで、多様な集いのスタイルを用意。教員たちは指導方法の課題を共有すると同時に、授業に役立つ教具やパズルに触れ、現場の教育にフィードバックしています。もう一つの出版事業では、1955年2月の創刊以来、数学教育の先駆的な専門誌として関係者に愛読されている月刊誌『数学教室』を発行。2024年4月より季刊誌に変更し、1冊の内容を充実させながら編集を続けています。

 こうした幅広い事業を通して、数教協がめざすのは「楽しい授業」です。計算ができたり、問題が解けるようになったりするというよりも、算数・数学そのものを子どもたちが楽しんで、理解するための工夫を提案。授業で用いる教具やゲームの開発にも力を入れ、「算数・数学を学ぶ楽しさ、教える楽しさ」を広めるために活動を展開しています。ただ現実には、教科書では問題を解くことが重視され、体験に基づいて算数・数学の面白さを伝える余裕をなかなか見出せないのも事実です。そうした厳しい現状を見据えつつ、数教協では楽しい授業を積極的に提案し、学校や社会を刺激していこうとしています。

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