#27 医療ソーシャルワーカーの支援
すべての医療ソーシャルワーカー(MSW)が
共に育ち、いきいきと活躍できる未来へ。
社会福祉学部 社会福祉学科
保正 友子 教授
保正友子教授は、医療ソーシャルワーカー(MSW)として勤務した経験をベースに、MSWの成長過程の研究に取り組んでいます。保正先生に、MSWという専門職の存在意義や教育の課題、成長の可能性などについて話を聞きました。
社会課題
超高齢社会において欠かせない
医療ソーシャルワーカー(MSW)という専門職。
MSWは、資格の名称ではなく、医療機関などで患者や家族の相談にのり、問題解決に向けて援助を行い、患者の生活復帰、社会復帰を支援する社会福祉の専門職です。ベースとなる国家資格は、社会福祉士になります。
MSWの人数はここ数年、増加していますが、看護師やリハビリテーションスタッフなどに比べると、社会的には、まだ十分に認知されていないのが実情です。その一方で、超高齢社会を迎え、入院期間の短縮と早期退院が求められるなか、患者が地域に戻ってふつうのくらしがおくれるまでの道筋を支援するMSWの存在意義は年々、高まっているといえるでしょう。
地域包括ケアシステム(要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい生活を最後まで続けることができるように地域内でサポートする体制のこと)の構築が急がれるなかにあって、ますます重要な役割を担っていくMSW。すべてのMSWの存在意義が評価され、いきいきと活躍できるような環境整備が求められています。
INTERVIEW
先人が開拓したMSWの道を広げていく、というミッション。
最初に、MSWの業務内容について簡単に教えていただけますか。
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保正
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MSWは、病院や施設で患者さんやご家族の相談にのり、社会福祉の立場から問題にアプローチして援助する専門家です。病気やケガで入院すると、収入や治療費、仕事や介護など、さまざまな課題が生まれますよね。MSWはそれらの課題の優先順位をたて、社会資源の情報を集めながら、患者さん、ご家族の課題が解決するよう支援していきます。そのように常に患者さんとご家族に寄り添う仕事ですから、MSWという仕事は、生きることの喜びや苦しみを学ぶことができ、とても奥が深く、やりがいがあると思います。
先生が、MSWの成長過程という研究に取り組むようになったのは、どういう経緯からですか。
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保正
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私自身、6年間ほどですが、総合病院や老人保健施設でMSWとして働いた経験があります。当時、あまりうまくいかないことも多く、どうすれば先輩たちのように援助業務ができるようになるのか考えたりしました。その後、短期大学の教員となり、博士課程に進むために研究テーマを検討することになり、当時のことを思い返して、MSWの成長プロセスを研究することにしました。MSWは看護師や薬剤師などと違い、まだまだ十分なシステム化がなされていない部分があります。でも、私たちの前には、MSWという道をつくった先人たちがいますから、それに続く私たちはその細い道を広げて、整備して、誰もが通れる道にして次の世代へ渡すというミッションがあります。そう考えて、今日まで研究を続けています。
戸惑いや混乱を抱えている、MSWたち。
MSWの働く環境についてどのような問題点を感じていらっしゃいますか。
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保正
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MSWの教育システムが十分に整っていない病院がまだまだあるように感じています。そういうところで働く中堅スタッフは「自分たちも仕事しないといけないし、若い人も育てなくはいけない、どうすればいいだろうか」というところで戸惑っていると思います。
卒後教育が十分に整備されていない、ということですね。
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保正
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そうですね。看護師であれば、クリニカルラダーといってラダー(はしご)を上るよう着実に看護実践能力をステップアップしていく教育の仕組みがあります。MSWの場合、まだそうした統一された教育システムがすべての病院や施設で実践されていません。もちろん、病院や施設によっては、優れた教育を実践していると思いますが、そのノウハウが全国のMSWに共有されていないように思います。
求められる、言語化の能力や業務マネジメント能力。
若いMSWは、どんな能力を習得していくべきでしょうか。
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保正
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MSWは、患者さんとご家族の生活全体のケアに関わります。そこでさまざまな相談を受けて、多職種連携のなかで潤滑油的なまとめ役になったり、患者さんやご家族の意向を多職種に伝える橋渡しをすることもあります。とくに病院内では、MSWは唯一の社会福祉職であり、社会福祉・社会保障関連の情報の中枢として機能します。そうした専門業務で求められるのは、第一にコミュニケーションのスキルだと思います。私たちはよく「言語化」と言いますが、自分が伝えたいことを、患者さんやご家族、あるいは多職種の人に、わかりやすく説明する能力が必要です。もう一つ、重要なのは自分から積極的に動いていく行動力ではないでしょうか。MSWはデスクに座ってする仕事ではありません。地域のいろんなところへネットワークをつくりにいくとか、アクティブな力が要求されると思います。
中堅のMSWについては、どうでしょうか。
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保正
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中堅からベテランになると、新人のときとは違う能力が求められるようになります。それは、指導や教育も含めた業務マネジメントの能力です。私はMSWの業務マネジメントを、「スムーズで効果的な相談援助業務を実施するために、多様な資源を活用し、そこで働くメンバーにとっての場をつくり育てていき、メンバーが活き活き動いていけるような営み」と定義しています。大学教育ではこうした業務について系統的に学ぶ機会は少なく、中堅以上の人たちは、迷いながら試行錯誤してマネジメントに携わっている、という話をよく聞きます。
専門的自己を確立したMSWを育てていくために。
「MSWの業務マネジメント」は、先生の研究テーマの一つですね。
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保正
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はい。最初に行ったのは、千葉県医療ソーシャルワーカー協会でコンサルタントとしてマネジメント・ルーブリック(マネジメント能力の達成度を表測定する評価方法)作成に関わったことでした。その成果を日本医療ソーシャルワーカー協会全国大会で紹介したところ、多くの共感が寄せられ、全国の中堅以降のMSWが評価指標を求めていると実感しました。またこの間、多くのベテランの優れた業務マネジメントを知りましたので、全国のMSWで共有できればいいと思い、一冊の本にまとめました(※)。
なるほど。これまでは、ベテランMSWがどんな実践をしているか、あまり共有されてこなかったわけですね。
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保正
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そうなんです。調査してみると、素晴らしいマネジメント実践がいろいろあり、組織の中で埋もれさせるのは本当にもったいなくて。そんな宝の山をみんなで共有しようと考えました。さらに、この本の出版を契機に、「みんなで育て上手なソーシャルワーカーになろうプロジェクト」を立ち上げ、全国の人に呼びかけ、業務マネジメントについてのサロンなどを行っています。2023年度から始まったばかりのプロジェクトですが、MSWが組織や立場を超えて育ち合う、“共育”の場づくりになればと考えています。
では最後に、これからMSWをめざす人にアドバイスなどがあれば、教えてください。
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保正
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まだMSWになっていない方々にまず考えてほしいのは、専門的な自己へのアプローチです。MSWになったら、「自分はこうなりたい」「こういうことがしたい」ということを、大学や養成校時代にしっかり考え、専門的な自己をある程度確立しておくことがすごく大事だと思います。専門的な自己というのは、福祉マインドといってもいいかもしれません。そういうマインドをもっている人は、たとえ卒業後、違う分野に就職しても、いずれMSWの世界に戻ってきたりします。また、そのマインドは、MSWとして働き始めた後も必要不可欠です。専門的な自己を確立していれば、もっと知識や技術を身につけ、ネットワークを広げて、自己を育てていこうとするモチベーションにつながります。MSWの成長に終わりはなく、一生学び続ける仕事です。経験を積むほど視野が広がり、思考が深まり、さまざまな相談援助業務を通じて、地域社会のなかで大きな存在感を発揮していくことができるのではないでしょうか。
江南厚生病院のチャレンジ
江南厚生病院は、病床数630床。高度で専門的な急性期医療を提供し、尾張北部を中心とした地域の中核病院として機能しています。また、地域連携部の患者支援室の中に5つの部署を配置し、その中で医療ソーシャルワーカー(MSW)がさまざまな相談援助活動や組織マネジメントを行っています。
院内と地域を結ぶ医療ソーシャルワーカーに求められる「発信力」。
江南厚生病院では、患者相談支援センターに12名の医療ソーシャルワーカーが在籍し、患者さんやご家族の個別相談、院内におけるチーム医療、地域の関係機関とのネットワーク創りを通して患者さんの医療を受ける中で生じる不安を解決できるように業務を行っています。相談業務では、相談場面で話をされる言葉だけにとらわれるのではなく、背景にある隠された課題に気づき、患者さん本人と共有したうえで、適切な社会資源につないだり、退院後の適切な療養先を紹介するなど、患者さん、ご家族と一緒に解決をめざす伴走型支援をしています。また外来看護師と協力し、通院患者さんの支援にも力を注いでいます。たとえば、高齢で一人暮らしの方の場合、連絡できる家族の情報や、最終的にどんな治療やケアを望んでいるかを確認するなどして、万一の緊急入院にもスムーズに対応できるよう備えています。
院内の人材教育から、地域ぐるみの教育まで幅広く展開。
同院では、医療ソーシャルワーカーが辞めることなく、キャリアを積み上げていけるように、人材育成制度のブラッシュアップにも常に取り組んでいます。たとえば、新入職員が不安なく働けるように、先輩職員が生活面・精神面でのサポートを行うメンター制度を導入。職員の定着率の向上につなげています。今後の課題は、管理者および中堅職員の教育。管理する側のマネジメント能力を伸ばすことで、若手のモチベーションも高めていけるように、若手とベテランの教育を両輪として充実させていけるとよいと考えています。
また、こうした院内教育と並んで、地域の医療ソーシャルワーカー全体で成長していくための活動も推進しています。それが、12年前から地域で働くMSWで開催している「スーパービジョン研究会」です。スーパービジョンは、MSWが成長をするうえで、指導を受ける関係ではなく、自ら「気づき」の機会を得る成長の機会となります。研究会では、各病院で行ったスーパービジョンを報告し合うことで、組織の壁を超えて学びを深めています。これからも地域ぐるみで共に育ち合う体制づくりを進め、より質の高いソーシャルワークをめざすことで、援助する患者さんやご家族にとってよりよい環境が整うことを目指したいと思います。
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