#24 DV(ドメスティック・バイオレンス)
DV被害者を支援する人たちへ
必要な知見をわかりやすく発信していく。
社会福祉学部 社会福祉学科
増井香名子 准教授
増井香名子准教授は、社会福祉士としてDV被害者の支援に携わっていた経験をきっかけに研究者の道へ。DV被害者への面接ツールなどを開発し、DV被害者支援に携わる人たちへ適切な方法論や知識を伝えています。増井先生に、DV被害者支援に関して話を聞きました。
社会課題
DVは許されない行為であることを社会全体で認識する必要性。
DVは、ドメスティック・バイオレンスの略。明確な定義はありませんが、日本では「配偶者や恋人など親密な関係にある、またはあった者に対して用いる暴力」という意味で使用されることが多いです。配偶者からの暴力を防止し、被害者の保護等を図ることを目的として制定された「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」は、「DV防止法」と呼ばれることもあります(男女共同参画局より)。
配偶者間の暴力の被害者の多くは女性で、近年ではコロナ禍の生活不安やストレス、在宅時間の増加などにより、DV相談件数は増加。全国の配偶者暴力相談支援センターと内閣府のDV相談プラスに寄せられた相談件数を合わせると、2020年度の相談件数は19万30件で、前年度比で約1.6倍に増加しています。DVの暴力には、殴ったり蹴ったりするなど「直接何らかの有形力を行使するもの」のほか、「心ない言動などにより相手の心を傷つける」「嫌がっているのに性的行為を強要する」「中絶を強要する」「避妊に協力しない」といったものまでいろいろあります。いずれもDVは犯罪ともなる許されない行為です。DVへの理解を社会に広め、その根絶に向けた取り組みが求められています。
INTERVIEW
DV(配偶者や交際相手への暴力)はなぜ生まれるのか。
まず初めに、DVの概念から教えていただけますか。
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増井
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そうですね。DVとは、一方が、もう片方のパートナーに対して強圧的に支配したり、暴力を振るうことによって、その人の自己感覚を奪ったり、安全を脅かすものです。人間関係において、どうしても相手に対して支配的もしくは強圧的な関係を築くことを学習してしまった人たちがいます。そういう人が加害者になり、特定の親密な関係にある人に対して支配的・強圧的な行動を行うことがDVにつながります。対象を選択しているので、外ではいい人が、家庭の中ではDVを行っている、ということもよくあります。
DVはなぜ起こるのでしょうか。
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増井
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長い歴史の中でいえば、文化が容認してきた部分があると思います。とくに夫が妻に対して行うことに対しては、警察も介入しなかった時代が長くありました。骨折するような暴力が外で行われれば、それは明らかに犯罪行為になりますが、家の中だと犯罪行為にならない時代が長く続いてきました。一発頬を叩くという行為があったとして現在でも、家の中と外では全然扱われ方が違いますよね。長年、女性は男性の所有物的な存在だった、というところがあるのかもしれません。
DV被害者支援の現場で感じた難しさ。
先生がDVについて研究するようになったのはどういう経緯からですか。
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増井
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私は、地方公共団体で社会福祉職として働いていたのですが、人事異動でDV被害者支援に携わることになり、困った経験をすることが多くありました。たとえば、被害者の方がなぜそういう選択をするのかわからない、どんな言葉をかけてどんなふうに支援すればいいかわからない、と悩むことが多かったんです。このままではいけない、ちょっと勉強し直そうと考え、働きながら大学院へ進むことにしました。そうやって学ぶうちに、この分野で研究を続けることや、その知見を発信することという自分の役目があるのではないかと考えるようになり、研究者になりました。
DV研究の中でも、DV被害者支援の研究に取り組むように決めたのはどうしてですか。
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増井
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一人の研究者ができることは限られているので、私は自分が支援者として困った経験をベースに研究テーマを定めました。また、日本ではDV被害者支援の研究がかなり立ち遅れていることも、この研究をするようになった理由の一つです。私が研究を始めた頃、DV被害者を支援する現場では、支援するための方法が整理されず混沌としていました。ですから、支援者が正しい知識や方法を知ることによって、少しでもより良い支援をしていくことができるようにしたいと考えたのです。
DV被害者支援とは、具体的にどのように行われるものですか。
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増井
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主に二つの側面があります。一つは、被害者が「相手と離れたい」と思ったり、「離別したい」と思ったときなどに、社会資源を使って、安全をどう確保するか、どこでどんなふうに暮らしていくか、ということを支援していきます。そのための施設の一つとして、シェルターや母子生活支援施設などがあります。もう一つの側面は、心理的な支援です。一方的に「DVだから別れない、離れなさい」と言うことが支援ではありません。被害を受けた人はそれぞれ「暴力さえなければ」「別れたくない」「どうしていいかわからない」などいろいろな思いをもっておられます。被害を受けた方が、自分に何が起きているのかを理解して、本当の意味で自分の人生を決めていくことができるように支えていくことがとても重要です。
支援者の引き出しを増やすために。
被害者を心理的にサポートするには、面接が重要になりますね。
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増井
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そうなんです。暴力や虐待を受けてトラウマを抱えた被害者に心を開いてもらうのは、とても難しいものです。しかも、支援者や相談員となって間もない人にとって、DV被害者の面接にあたるのはなかなか困難なことだと思います。そこで、なんとかDV被害に理解のある対応ができないかと思い、試行錯誤の末につくったのが、被害者の面接に用いるツール「あなたへのメッセージ 大切なあなたのために 絵と図でみる・知るDV」です。このツールの目的は、支援者がDV被害をどのように理解し、どんな価値観や知識、技術を持って支援を実践できるか、という引き出しを用意するもの。支援する方にとって、理解や言葉の引き出しが増えるようにと考えてあります。
DV被害者への面接で難しいのは、とくにどんなところでしょうか。
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増井
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たとえば、DV被害者の人はよく「たいしたことないんです、しょうがないんです、私が悪いんです」とおっしゃるんですね。支援には、受容と共感が大事と言われていますが、「たいしたことないんですね、あなたが悪いんですね」と共感したら、これはダメですよね。支援する側が暴力のメカニズムや被害者心理を理解していないと、非常に混乱してしまいます。「あなたは悪くない」と伝えつつ、「暴力にはいろんな種類があると言われていますが、あなたはどうですか。これらをいっぱい受けているから、私が悪いと思ってしまうのではありませんか」と一歩ずつ話を進めて、被害者が自分の状況を客観的に考えられるようにしていくことが重要です。また、被害者の方はよく「(DV加害者は)優しいときもあるんです」とおっしゃいます。それは、暴力の後に優しくなる、というDVのサイクルがあるからで、支援者はその支配のメカニズムを理解し、被害者に説明できることが必要になります。
被害者支援に必要な専門知識を増やす、ということでしょうか。
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増井
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そうですね。支配のメカニズムや被害者心理を理解するメガネと伝えるという引き出しをもつというイメージです。この面接ツールを使えば、被害者が経験している世界が理解しやすくなり、心理的に支援していくための支援者のメガネと引き出しをもつことになると考えます。また、被害者の方々にとっては、気づきや正当な認知を促す役割も果たしています。正当な感覚を奪っていくのが暴力とか支配の強圧的なコントロールなので、そこで失われそうになっている自己感覚を取り戻していっていただけるように働きかけます。私が初めて面接ツールをつくったとき、自分の現場で使ってみて「ああ、使えるな」と実感しました。その後、同僚たちが使用するようになり、新任職員の研修で使い方を説明し、所属として使用するようになりました。さらに地域の市町村の職員さんにもロールプレイ研修などを実施したりして広げていきました。改良を重ね、印刷物にしたのは2023年のことで、全国の配偶者暴力相談支援センターや児童相談所に配布しました。
DV家庭の子どもたちへ支援を広げる。
児童相談所にも面接ツールを配布しているんですね。
はい。児童虐待にはいろんなタイプがありますが、DVが背景にあるケースが多くあります。DV加害者はパートナーだけでなく、子どもに対しても暴力や強圧的な支配を行うことがあります。今私が本格的に取り組んでいるテーマも、児童虐待とDVの交差するケースの支援や介入のあり方についてです。
どんな研究をなさっているのですか。
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増井
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日本ではまだあまり研究されていない分野なので、今は海外の知見を調べて児童福祉機関やDV被害者支援機関に勤務する専門職及び職員の皆さんに紹介しています。そのなかで出会ったのが、米国、オーストラリア、イギリスなどで広く取り入れられている「Safe&Togetherモデル」です。これは簡単にいうと、DV加害者の行動や行動の選択が子どもや家族機能にどのように影響を与えているかを理解するためのツールです。また、日本ではまだ、DVの被害者である母親が「子どもを守れていない」と責められることが多くあります。でも、そうではなくて、DV被害者である母親は子どもの日常生活を維持するためにさまざまな努力をしてきたわけで、困難な状況のなかにおいてみられる強さ(ストレングス)が様々な研究から明らかになっています。その強さをちゃんと見ていくことが大切だという当たり前のことを「Safe&Togetherモデル」は教えてくれます。従来の研究は被害者の脆弱な側面を示すものが大半でしたが、被害者はある意味、強いといえると思います。DV被害者を支援する際は、そうした「強さ」に焦点をあて、被害者と協力していくことも重要だと考えています。
(一財)大阪府男女共同参画推進財団のチャレンジ
一般財団法人 大阪府男女共同参画推進財団(愛称:ドーン財団)は1994年、大阪府立女性総合センター(ドーンセンター:現・大阪府立男女共同参画・青少年センター)の開設とともにつくられた財団です。その後、2010年、大阪府から自立し、現在は大阪府にとどまらない幅広いエリアで、ジェンダー平等をめざす財団として活動しています。
女性を支援すると同時に、
女性の問題を広く社会に発信し、
男女平等の社会づくりをめざす。
一般財団法人
大阪府男女共同参画推進財団
大阪府大阪市北区天満1丁目5-2 トリシマオフィスワンビル 803号室
さまざまな困難を抱える女性を支援するために。
大阪府男女共同参画推進財団の事業の柱は、三つあります。一つは、「受けとめ・寄り添う」ため、内閣府や大阪府、その他の自治体から委託を受けて行っている、男女共同参画推進に関わる相談事業です。たとえば、性犯罪・性暴力に関する相談、不妊相談、健康や経済面など、女性を中心とした日常的な悩みの相談に応えています。東日本大震災においては、被災した自治体と協働し、内閣府「被災地における女性の悩み・暴力相談事業」を約10年間にわたり担当。災害時、より困難な状況に追い込まれる女性の相談に応え、多くの被災者たちを支えてきました。近年の取り組みとしては、大阪府の委託を受け、ドーンセンター内に「女性のためのコミュニティスペース」を開設。ここでは支援スタッフが常駐し、予約なしで困難や課題を抱える女性の相談に応えています。たとえば、自立のために再就職を希望する女性には、就職活動の情報を提供したり、地元企業の協力を得て、就活用スーツ、靴、鞄などの提供も行っています。
二つめは「支え・応援する」ため同財団の自主事業として、シングルマザーのセミナーや応援フェスタなどを開催し、女性の自立を支援しています。三つめは次世代の育成に関わる分野で、女子高校生のためのサマースクール(エンパワーメントプログラム)や、男女共同参画に関する講義・授業を行っています。
DV被害に関しても先駆的な取り組みを推進。
同財団では、DVの問題に関しても、その言葉がまだない頃から積極的な取り組みを進めてきました。1995年、北京で開催された第4回世界女性会議で「女性に対する暴力」が取り上げられると、その問題をいち早く日本に持ち帰り、海外からも積極的に情報を収集し、啓発事業を行ってきました。
現在も、相談事業ではDVの問題を抱える女性の相談が多く寄せられています。たとえば、「就職したい」「経済的に困っている」といった悩みの背景に、配偶者やパートナーからの暴力の問題が潜んでいることもあります。DVという言葉は認知されてきましたが、その実態やDVから抜け出す方法についてはまだ知られていないことも多くあります。同財団では今後も、行政や民間支援団体との連携を深めながら、相談支援員の育成や研修・イベントの運営などを通して、DV被害者を支援するための環境づくりに力を注いでいく考えです。同時に、相談事業に寄せられたことから見えてきた課題を社会に発信していくことも、同財団の大きな役割です。女性に対する暴力やその他、男女共同参画に関わる問題を広く知っていただき、社会全体で一緒に考え、解決していけるような未来をめざして活動を進めています。
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