#20 開発途上国の教育支援
国際的に評価される
日本型教育をカンボジアで展開。
国際学部 国際学科
佐藤慎一 教授
教育工学、ソフトウェアを研究分野とする、佐藤慎一教授。日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)やJICA草の根技術協力事業に関わり、カンボジアの教員養成校において日本型教育を取り入れた教育開発に取り組んでいます。佐藤先生に、カンボジアでの取り組みや展望について話を聞きました。
社会課題
周辺国に比べ遅れている、カンボジアの教育。
カンボジアは1990年代まで20年以上に及ぶ内戦が続いていました。とくに1975年から1979年までの約4年間、ポル・ポト率いるクメール・ルージュの過激な共産化によって大量虐殺が行われ、多くの教員や医師、学生などの知識人の命が奪われました。このことは今日も、カンボジアの教育に暗い影を落としています。たとえば、当時に比べ学校の数は格段に増えていますが、学校の設備はまだ整っていないところが多く、教員の不足や教育の質にも問題があると言われています。また、都市部と農村部の貧富の差が大きく、貧しい農村地域では、電気や水道のインフラ設備が整っていない地域もあります。 さらに、家庭の経済的事情で学校に通えなかったり、中退してしまう子どもの割合が多いことも深刻な課題です。これら多くの課題を抱えていることから、カンボジアの教育水準は、アジアのなかでも非常に低いのが現状です。
日本の「EDU-Portニッポン」のカンボジア支援やJICAから委託されている草の根技術協力事業では、こうしたカンボジアの教育環境の改善に役立つように、小学校の教育養成校と連携した教育支援活動を展開しています。
INTERVIEW
「教育工学」とはどんな学問領域か。
最初に、先生の専門分野である教育工学は、どんな学問領域か教えてください
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佐藤
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そうですね。教育工学会では「教育工学は人文社会系と理工系、ならびに人間に関する学問分野を融合した学際的な学問」であると説明していて、それが基本になると思います。もう少し身近な感覚で説明しますと、一般に教育というと先生の経験や勘などいろいろな要素が入っていて暗黙知的なものも多いなかで、可能なものについては体系化・形式知化していこうというのが、教育工学の学問領域になると思います。たとえば、カリスマ先生の教え方はどこがいいのか、どこに改善の課題があるのか、といったところを目に見えるように体系化し、共有していくことをめざしています。
そのなかで先生が得意としているのは、どんな分野ですか。
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佐藤
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私はもともと機械工学、ソフトウェアを専門にしてきましたので、教育のツールとして、ICT (情報通信技術)を応用して教育効果を高める研究に取り組んでいます。たとえば、コンピュータを道具として使っていくにあたって、どういう使い方がいいのかを追求するのもその一つですね。最近は国際的な活動に携わるようになり、海外との連携の中でのソフトウェア活用についても試行錯誤を重ねています。
日本型教育の良さをカンボジアへ。
国際的な活動についてもう少し詳しく教えていただけますか。
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佐藤
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私がメインで関わっているのは、カンボジアでのフィールドワークです。カンボジアには小学校の教員養成校が全国で二十数校ありますが、私たちはシェムリアップ州の教員養成校(2年制)と連携し、そこで日本型教育の展開を試みています。この活動は国の「EDU-Portニッポン」のプロジェクトで、文部科学省が推進する官民協働の日本型教育海外展開事業です。本学では、国際福祉開発学部の元学部長、影戸誠先生(現・客員教授)が中心となって、2017年からこの事業に参画し、「日本開発のデジタル教材活用と対話的な学び」をテーマとした応援プロジェクトを産官学連携で進めています。
日本型教育とは、どのような教育でしょうか。
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佐藤
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日本では放課後の掃除やクラブ活動も含めて教育と捉え、知・徳・体のバランスのとれた力を育む良さがあります。そういう日本の良い実践を諸外国と共有して展開していこうとしています。また、日本型の教育が優れていることを示す指標としては、国際学力調査で常に上位を保っていることが挙げられます。たとえば算数の基礎教育のレベルの高さは、国際的にも誇ってもいいのではないかと思います。その一方で、日本の教育は一人ひとりの個性や問題解決能力などを養う部分は弱いと言われています。その課題に対処していく上でも、こうした海外での活動を通して新しい発見を得て、これからの時代に求められる人材育成のプログラムにつなげていけるのではないかと考えています。カンボジアに教育を提供するだけでなく、私たち自身もそこから多くのことを学ぼうという姿勢です。
現地の学生と一緒につくる、という姿勢が大切。
シェムリアップ州では具体的にどんな取り組みをしていますか。
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佐藤
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日本の大学の教育学部とは違って、教員養成校で学ぶ学生たちは2年間という短い期間ですべてを学び、卒業するとほぼ100%、小学校の教員になります。その学生たちにより良い基礎教育の方法を学んでいただき、初等教育の質の向上に貢献していこうと考えています。これまでの主な活動としては、本学の学生や付属高校の生徒などが協力してつくった英語と算数の教材をもとに、教員養成校の学生や卒業生である若手小学校教員がクメール語に翻訳するという流れでデジタル教材を開発しています。カンボジアの小学校では英語教育が義務化されたのですが、英語の教育方法が確立されていません。そうした部分を基礎からお手伝いすることによって、発話を意識した英語学習や対話的な学びを実践できるようになったと思います。
日本型教育を展開する上で大切にしているのはどんなことですか。
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佐藤
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私たちから押しつけるようなことはしない。「こんな素晴らしいコンテンツがあるので、ぜひ使いましょう」みたいなスタイルは取らないように心がけています。クメール語に翻訳する過程で、向こうの学生や若手教員にもいろいろ考えてもらい、「自分たちも教材づくりに参加した」というオーナーシップをもってもらうのが私たちの戦略です。将来的には、教員養成校の学生たちがさらに「もっとこういう教材をつくりたい」という段階になったら、そういったコンテンツもネット上に集めて支援していきたいと考えています。
日本福祉大学の学生たちもフィールドワークに参加していますか。
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佐藤
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はい。コロナ禍でここ数年はカンボジアへ行くことはできなかったのですが、やっと再開し、将来教員をめざしている学生たちが中心になり、現地の教員養成校を訪ねて交流できるようになりました。実は、カンボジアの教育水準はアジアの中で非常に低く、教員養成校の学生たちの学力も決して高いとは言えません。こうした中でも学生たちは現地でそうしたデータだけからは見えないものを感じ取り、刺激を受けていました。教育養成校の学生たちはみんな、新しい知識や技術を学ぶことにとても一生懸命なんですね。また、教員養成校の卒業生が勤務する小学校を訪ねると、若い先生たちは、クラスルームマネジメントについてそれぞれの方法論をもって熱心に取り組んでいますし、子どもたちも非常に積極的に学んでいます。そういう様子を間近に見て、日本の教育現場以上の熱量があることを実感していました。
日本とカンボジアの協働学習を継続していきたい。
これからの展開で、計画していることはありますか。
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佐藤
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ICT教育ツールという面では、現在、コンピュータとプロジェクターというシンプルなセットを中心に展開していますが、今後、スマホを使った個別学習にも取り組む予定です。というのも、カンボジアの多くの学校で授業が午前中のみである等、勉強時間が圧倒的に足りません。そこを補うために、スマホで復習できればいいなと。カンボジアもスマホの普及率は100%以上となっており、うまく教育端末として活用できたらと思います。
教育支援のエリアを広げる計画もありますか。
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佐藤
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はい。カンボジアでは、2年制の教員養成校を4年制にしていこうという動きがあって、首都プノンペンや西部にあるバッタンバン州の教員養成校が4年制になりました。今、私たちはそれらの学校と連携を取り始めているところで、将来的には、このプロジェクトをカンボジアでより広域に展開していけたらと構想しています。また、シェムリアップ州には日本語学校がありますので、そうした学校に役立つコンテンツも提供できないかと考えています。そのほか、ちょっと別のベクトルになりますが、お金の計算などの簡単なものに始まり、ビジネスに役立つコンテンツも提供していければと思います。
将来展開のアイデアがいっぱいあるんですね。
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佐藤
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そうですね。やりたいことがいろいろあります。その一つとして、本学の学生と現地の学生の交流にも積極的に取り組んでいきたいと思います。本学では毎年8月に、ワールドユースミーティング(※)というイベントを開催していて、カンボジアの教育養成校を卒業して先生として活躍している方を招いて発表してもらったりしています。こうしたイベントやフィールドワークで実際に顔を合わせて交流するとともに、日常的にもカンボジアの学生とオンラインでつながりをもちながら、お互いに対話を深める協働学習を継続していきたいと考えています。
※ワールドユースミーティングとは、国内外の高校生や大学生がチームを組み英語でプレゼンテーションを披露する場であり、国際福祉開発学部の学部行事の中でも学年を超えて取り組む大きな活動です。
*国際福祉開発学部は2024年4月より国際学部に名称変更しました。
株式会社 内田洋行のチャレンジ
オフィスや学校教育の環境整備を通して、人の可能性を拡げる「働く場」「学ぶ場」づくりを支援している内田洋行。産官学の連携による「EDU-Portニッポン」プロジェクトに参加し、日本型教育の海外展開に貢献しています。
ICTと空間の両面から、教育環境を整備。
内田洋行は「EDU-Portニッポン」プロジェクトの立ち上げ当初から参加し、フィリピン、カンボジアでさまざまな支援活動の実績を上げています。カンボジアでは、教育工学会や日本福祉大学と連携し、シェムリアップ州の教員養成校に、ICTと空間の両面から学ぶ場づくりを支援しています。
ICT教育においては、プロジェクターやパソコン、プリンターを提供するとともに、小学生向けのデジタル教材(英語・算数)づくりをサポート。学生たちが一人一台端末環境のもと、デジタル教材を用いて日本型の教育方法を学べるよう支援しています。また、学生たちはパソコンの操作技術を身につけることによって、将来、小学校教員になったときも、パソコンを使って自在に教材をつくることができる能力を養っています。
学習空間においては、学生同士が対面しながら学べるように、自在にレイアウトを変更できるアクティブ・ラーニング用の家具を提供。教員と学生が双方向に学び合える環境づくりを支援しています。
コーポレートビジョンである「知の協創」の実践。
同社がカンボジアで行っている「学ぶ場」づくりの基本にあるのは、コーポレートビジョン「情報の価値化と知の協創をデザインする」にも示されている「知の協創」という考え方です。これまでカンボジアの教員養成校では、先生が一方的に話し、学生が耳を傾ける聴講形式でした。しかし、より主体的で創造的な学びを引き出すには、一方方向ではなく、教員と学生が双方向に学び合う、更には学習者同士が協働して対話していける環境が必要です。同社が提供するICTのツールやアクティブ・ラーニング用家具は、聴講型から新しいものを創造できる対話型の学びの転換に大きく貢献しています。
同社では今後も「EDU-Portニッポン」プロジェクトやJICA(独立行政法人国際協力機構)のODA(政府開発援助)事業を通じて、海外での教育環境の整備に力を注いでいく方針です。さらに、そうした海外事業を通じて得られた発見や刺激を日本に持ち帰り、日本の「学ぶ場改革」にも力を注いでいこうとしています。今、日本は、先行きが不透明で将来の予測ができないVUCA(ブーカ)の時代と言われています。こうした時代に生きる子どもたちに必要な学習環境とは何かを追求し、ICTやAIの進化した未来社会で活躍する人材の育成に役立つ「学ぶ場」づくりをめざしていこうとしています。
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