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#14 熱中症対策(炭酸泉の活用)

温浴効果のある「炭酸泉」で
暑さに強い体をつくる。

スポーツ科学部 スポーツ科学科

西村直記 教授

西村直記教授の研究分野は、温熱生理学、スポーツ生理学、宇宙医学。なかでも長年にわたり生理学の研究に携わり、体温調節や熱中症予防に関して造詣を深めてきました。今回は、熱中症予防と炭酸泉を中心に話を聞きました。

社会課題

熱中症による救急搬送が増加。

 地球温暖化などの影響から、夏の暑さは年ごとに厳しさを増し、最高気温が40℃を超える日も増えています。こうした気候変動を背景にして、熱中症の増加が大きな問題になっています。

 総務省消防庁報告データによると、全国で5月から9月の期間に熱中症で救急搬送された人は数多く、とくに非常に暑い夏となった2018年が95,137人、次いで2019年が71,317人、2022年が71,029人と多くなっています(データ:救急搬送人員の年次推移:平成28年〜令和4年)。年齢別では、高齢者(満 65 歳以上)がもっとも多く、次いで成人(満 18 歳 以上満 65 歳未満)、少年(満7歳以上満 18 歳未満)、乳幼児(生後 28 日以上満7歳未満)の順となっています。熱中症の発生場所としては住居が最も多く、とくに家庭で発生する高齢者の熱中症が増えており、高齢者の熱中症に対する対策の必要性が高まってきています。

 また、熱中症の発生時期は夏本番の7月、8月にピークを迎えますが、6月頃から急増加します。これは、まだ体が暑さに慣れていない時期に熱中症にかかりやすいことを示しており、「暑さに慣れること」が熱中症予防に有効ではないかという研究が進められています。

INTERVIEW

体温調節に欠かせない「汗」。

最初に、先生の研究領域について教えてください。

西村

私の主な研究分野は、生理学です。前任の医科大学で生理学講座に20年くらい所属していて、生理学の実験や研究に携わってきました。とくに専門としてきたのは、体温調節や熱中症予防です。本学に着任してからは、今まで行ってきた研究を実際の現場にフィードバックするような実験に取り組んでいます。その一つとして、温泉をテーマに掲げています。

なるほど。では、体温調節について、もう少し詳しく教えてくださいますか。

西村

実は人間は、生物のなかでも、かなり体温調節の上手な生き物なんです。その最大の根拠は「汗をかく」ということですね。なぜ汗をかくと体温調節できるのか。それは、汗が蒸発して気化熱が発生するからです。ほどほどに汗をかいて、うちわなどであおぐと、汗が蒸発して涼しくなります。体温調節には、この「あおぐ」という行為がとても大切です。その意味では、サウナで汗をかいても体温調節につながりません。滴り落ちるほどかいた汗は蒸発しないからです。逆に、大量の汗をかくと、血液の中にある水分が外に出てしまい、血液が固まりやすくなるので注意が必要です。

暑さに弱いと、熱中症になりやすい。

体温調節と熱中症はどのような関係にありますか。

西村

平常であれば、人間の体は体温が上がっても、汗をかいて熱を外へ逃がす仕組みとなっています。その調整機能がうまく働かなくなると、熱中症になります。体の中に熱がたまって体温が上昇し、めまい、けいれん、頭痛などのさまざまな症状を起こします。熱中症は、症状の度合いによって、「熱失神」「熱痙攣」「熱疲労」「熱射病」に分けられます。

近年、熱中症が増えているのはどうしてでしょう。

西村

背景として地球全体の温暖化は原因の一つだと思います。その上で、現代人は暑さ寒さへの適応能力が弱くなっていると考えています。私たちはもともと暑いときに汗をかいて、寒いときには震える生き物なんですよ。それが、一年中、エアコンで室温が25〜28度ぐらいにコントロールされた部屋で過ごすようになって、汗もかかなければ震えることもない。そうなると、身体機能として重要な汗腺が徐々に退化し、暑さ寒さへの適応能力が低下する。そこへ、急激な暑さがやってくると、耐えられなくなるわけですね。ですから熱中症による救急搬送を見ても、夏本番の7月、8月にピークを迎えますが、6月頃から急増加する、というわけです。メディアでは、夏になると熱中症について報道されますが、その前から熱中症予防を呼びかける必要があります。

では、熱中症対策には、どんなことが必要でしょう。

西村

4月くらいから、暑さに強い体をつくって備えることです。専門用語で、体が暑さに慣れることを「暑熱順化」といいます。 暑熱順化が進むと、「皮膚の血流量が増えやすい」「汗で排出される塩分が少ない」「体温が上がりにくい」「水分補給で体液量が回復しやすい」などの効果が得られ、暑さへの耐性が高まります。

炭酸泉が、暑さに強い体をつくる。

暑熱順化を促すには、どうすればいいですか。

西村

たとえば、1日10分、15分でいいので、太陽の光を浴びながら散歩したり、エレベータではなく階段を使うなど、汗ばむ程度の運動をすると効果的です。筋肉を動かすと体の中に多くの熱がつくられ、体温が上がります。体温が上がると汗をかきやすくなり、暑熱順化が進みます。そのほかに効果的なのは、入浴です。日本人は熱い風呂が好きなので、ざっと入ってざっと上がってしまう。また、シャワーですます人も増えていますが、暑熱順化を促すなら、ぬるめのお湯にじっくりつかることをおすすめします。ぬるめのお湯に10〜20分つかる習慣を続けると、発汗機能が向上し、暑熱順化が進みます。さらに、入浴をもう少し効率良くするなら、炭酸泉がおすすめです。

炭酸泉とは、どういうお湯ですか。

西村

炭酸泉は、炭酸ガス(二酸化炭素)が溶け込んだお湯のことです。特徴は、34℃くらいのぬるま湯でも血管拡張効果が得られ、血行が促進されて汗が出やすくなることです。もう一つは、炭酸泉の方が普通のお湯よりも温かく感じるんですね。おそらく炭酸ガスが皮膚の温度受容器という温度センサーに働きかけるのではないかと言われています。唐辛子を食べると暑くなるのと同じようなメカニズムが炭酸泉にあって、そのメカニズムを介して、血管が拡張されたり、温かく感じたりするのではないかという仮説に基づく研究を今、進めているところです。炭酸泉は38℃でも、40℃くらいの温かさに感じられるので高齢者に優しい。心臓に負担をかけることなく、暑熱順化できます。

炭酸泉のルーツはどこにありますか。

西村

ドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国では、古くから天然の高濃度炭酸泉が多く湧き出していて、一般的に広く温泉治療に使われてきました。ドイツでは「クアハウス」といって、炭酸水のプールに水着で入って一日、過ごしたりします。そこで体調を整え、生活習慣病改善や美容効果を得ることができるわけですね。日本では天然の高濃度炭酸泉に出会うことは珍しく、全国でも少ししかありません。たとえば、大分県の長湯温泉や島根県の頓原(とんばら)温泉などは、鉱泉水に大量の炭酸ガスを含む日本有数の天然炭酸泉として知られています。

高濃度人工炭酸泉でパラアスリートを支援したい。

天然の高濃度炭酸泉が少ない日本で、炭酸入浴するにはどうすればいいですか。

西村

日本では人工炭酸泉の研究が進められ、お湯に炭酸ガスを溶け込ませる「炭酸入浴剤」や、人工的に「高濃度炭酸泉を作り出す装置」が開発されています。この高濃度人工炭酸泉は医療や看護の現場でも使われていて、血行を促進することによって、冷え性や褥瘡(じょくそう:床ずれ)などの改善効果が得られるそうです。ただし、重症の心臓病患者は禁忌なので、注意が必要です。

医療分野のほかにも利用されているところはありますか。

西村

実は、人工炭酸泉はオリンピックでも使われています。2012年のロンドン・オリンピックで、日本代表選手を支援する施設「マルチサポートハウス」のお風呂に使われました。体感的に疲労回復にとてもいい、という評価が得られ、2016年のリオ・オリンピックにも使われました。こうしたことを背景に、今、私たちは高濃度炭酸泉を用いて、パラアスリートを暑熱障害から守る研究に取り組んでいます。というのも、頚髄・脊髄損傷を伴うパラアスリートは、損傷部位での発汗障害がみられることから、健常者と比較して熱中症にかかるリスクが高いんです。そこで、パラアスリートを対象とした高濃度炭酸泉への入浴実験を行い、その有効性を明らかにすべく研究を進めています。これからも人工炭酸泉に関わる研究を続け、その優れた効能を多くの人々に伝えていきたいと考えています。

花王(株)のチャレンジ

花王(株)は早くから炭酸泉の効能に着目し、薬用入浴剤の開発に取り組んできました。長く培ってきた炭酸技術などについてご紹介します。

炭酸技術を用いて
健康に役立つ入浴習慣を提案。

花王(株)

東京都中央区日本橋茅場町一丁目14番10号

https://www.kao.com/jp/

炭酸泉の血行促進効果に着目。

花王は、洗剤やサニタリー製品、化粧品をはじめとするビューティケア製品、健康をサポートする機能性食品など幅広い分野にわたって事業を展開し、人々の快適で豊かな暮らしを支えています。

その幅広い事業分野の一つに、入浴剤があります。湯ぶねにつかるのは日本の伝統的な習慣ですが、花王が入浴剤の開発に着手した約40年前は、体の汚れを落とす清浄効果や体を温める温浴効果が中心でした。そこに、花王は健康づくりという視点を持ち込み、炭酸泉の効能に着目。目に見えない炭酸ガスにより、血行が促進され疲労回復に効果があることを確認し、温浴効果を高める炭酸ガス発生タイプの入浴剤という新しい発想の商品を開発しました。

炭酸泉は、泡に効果があるように思われがちですが、実は炭酸ガスがお湯に溶け込んでから血行促進効果を発揮します。そのため花王では、湯ぶねの底に沈む錠剤タイプを採用し、湯面に浮き上がらないような工夫を凝らしています。また、炭酸ガスがお湯に溶けてから、炭酸濃度を少しでも高く維持できるように改良を重ね、より良い商品開発につなげています。

身体的な疲労も、精神的な疲労にも。

炭酸泉は血行を促進することで、肩こり、腰痛、冷え症などを和らげ、疲労回復に効果があります。その上で花王がめざすのは、身体的な疲労だけでなく、精神的な疲労にも役立つような入浴です。たとえば、泡の感触や音、視覚的な楽しさ、香りなどが、入浴中のリラックス効果を高めるのではないか、という仮説を立てて日夜、研究に取り組んでいます。

こうした研究の根底にあるのは、常に生活者の価値観に寄り添う姿勢です。近年のお風呂の活用方法は、単に清浄や温まりのために入るだけでなく、美容やくつろぎ効果を求めて入ったり、リモートワークの途中で気分転換のために入ったり、思考の整理をしたり、スマートフォンで動画を楽しむために入ったり…と、時代とともに変化し、多様化しています。そうした生活者の多様なニーズを捉え、それぞれのシーンにふさわしいお風呂時間の提案をめざしています。体も心もリフレッシュできる心地いい入浴を提供するために、花王はこれからも炭酸技術の研鑽を続けていこうとしています。

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