#1 スクールソーシャルワークから考えるヤングケアラー
子どもを真ん中に、
周りの大人が連携し支えれば、
子どもは育つ。
社会福祉学部 社会福祉学科
野尻紀恵 教授
野尻紀恵教授の研究分野は、スクールソーシャルワーク、教育福祉、 福祉教育・ボランティア学習。 長く高等学校の教諭、そして教育委員会のスクールソーシャルワーカーとして勤務した経験をベースに、ヤングケアラーの問題について実践・研究を続けています。
社会課題
日本の家族主義が、ヤングケアラーを生んでいる。
「ヤングケアラー」とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものことです。ヤングケアラーは、本当なら享受できたはずの、勉強に励む時間、部活に打ち込む時間、将来に思いを巡らせる時間、友人とのたわいもない時間といった「子どもとしての時間」と引換えに、家事や家族の世話をしています(政府広報オンラインより)。
2024年6 月、子ども・若者育成支援推進法が改正され、「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」として、国・地方公共団体等が各種支援に努めるべき対象にヤングケアラーが明記されました。
ヤングケアラーが生まれる背景には、日本社会に根深く受け継がれてきた家族主義(※)があります。長い間ずっと、家族の問題は家族で解決するような風潮がありました。しかし昨今は核家族化が進み、女性の社会進出やシングル家庭も増え、すべてのケアを家族だけで行うことは困難になっています。ヤングケアラーを支援するには、ケアの脱家族化をいかに推し進めるか、ケアの家族への依存をいかに少なくするか、そして助け合える地域づくりや居場所づくりが重要なポイントではないでしょうか。
※家族主義という言葉はさまざまな意味で使われますが、ここでは、「家族のことは家族で担うべきであり、子ども、高齢者、患者のケアも家族で行う」という考え方を指します。
INTERVIEW
子どもたちがイキイキする福祉教育の力。
先生が福祉の世界に関わるようになったのは、どういう経緯からですか。
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野尻
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大学の教育学部を卒業後、女子校に教諭として勤めました。その高校はさまざまな背景をもつ生徒たちを受け入れる学校で、そこで貧困家庭や児童養護施設から通っている子、ヤングケアラーの子、喫煙などの問題行動をおこす子など、いろんな生徒に出会いました。私は担任教諭として、日々悩みながら、生徒たちと向き合っていましたが、担任の愛情だけでは救えないケースもありました。そんなとき阪神・淡路大震災が起きて、被災地にあったその高校は地域の人たちの避難所になりました。
1995年1月17日のことですね。
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野尻
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ええ。それでもう3学期の授業はなくなったのですが、2月に登校日を設け、来れる人だけ来るように呼びかけたんです。ところが、予想もしなかったことに、交通機関がほぼ壊滅状態にあったにも関わらず、みんな歩いてきたんです。バスもなく、5時間くらい歩いてきた生徒もいました。以前は「こんな学校辞める」と言っていた子も来ました。ある子は「だって生きてるから学校来ないと」と言うのです。みんなにとって学校は、自分の生活のしんどさを聞いてくれる大切な場所であり、みんな学校でもやもやした気持ちを発散している。そんな思いを受け止めることが、私たち学校の役割なんだと強く思いました。
被災の経験で、改めて学校の価値を知ったと…。
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野尻
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はい。その後も、生徒たちは学校に来れるときは来て、ついでに避難所に立ち寄って、お年寄りの話し相手になったり、給水の手伝いをするようになりました。その子たちが「もっと困っている人を助けたい」と言い出し、「ボランティア部をつくろう」ということになり、私がその顧問になりました。ボランティア部に集まった子は家でひどい目に遭っていたり、不登校だったり、自分には何の取り柄もないと思っているような子も多かったんですが、みんな被災した人を助けることで褒められ、役立つことで、自信を取り戻していきました。人は誰でも誰かの役に立つ、ということを子どもから教えてもらい、福祉の面白さに目覚めた。それが私の原点で、それから社会福祉士の資格をとり、スクールソーシャルワーカーになりました。
子どもの根っこを育てるのが
スクールソーシャルワーク。
スクールソーシャルワークとは、簡単に言うと、どんな専門家ですか。
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野尻
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学校には、貧困や虐待など、さまざまな問題を抱えている子どもたちが一生懸命通ってきます。その子たちの心の問題の背景にあるのは、家族の環境、育ちの環境なんですね。そういう環境を変容させることができれば、子どもたちも変わります。自分らしい生活、自分の人生を生きていくことに目覚めることができます。そのための問題解決を子どもの横に寄り添いながら一緒に図っていくのが、スクールソーシャルワークという仕事です。
問題を抱えている子どもに対し、学校の先生とはまた違うアプローチをするわけですね。
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野尻
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ええ。子どもを樹木にたとえると、教師は、その子の幹を伸ばし、葉っぱを茂らせ、その子らしい花を咲かせるのが得意な専門家です。でも、子どもたちのなかには、そもそも芽が出てこない、根っこが弱い、という子もいます。その子たちが地面に根っこを張らせるように下支えするのは、やはり福祉の仕組みがないとできません。土に養分を与え、太い根っこを張れるようにするのが、スクールソーシャルワーカーの役割だと考えています。
ヤングケアラー本人を置き去りにしない支援を。
スクールソーシャルワークをするなかで、ヤングケアラーのお子さんたちとたくさん出会ってこられたのでしょうか。
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野尻
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ええ。ヤングケアラーの発見は第一に学校になります。私は大阪府でスクールソーシャルワーカーとして勤務していましたが、その当時、まだヤングケアラーという言葉は一般に知られていませんでしたが、学校の教員やスクールソーシャルワーカーはその言葉を使っていました。それだけヤングケアラーの問題は古くからあり、貧困で小さい頃から家族のケアをしている子どもはたくさんいました。どの子も家族が大事だから、大好きな親に褒めてもらいたいから、そして家のために自分が役立ちたいから、という思いで家族のお世話をしているのだと思います。また、それぞれの家庭は社会から孤立していて、誰も手を差し伸べない。だからヤングケアラーになっていくように感じます。その子たちに「誰かに助けてと言ってもいいんだよ」と伝えるのが支援の第一歩になると思います。
ヤングケアラーの支援はどのように行うべきだとお考えですか。
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野尻
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国はヤングケアラーに対する支援の手順として、①早期発見 ②相談援助 ③家事援助 ④介護とつなげる、という4つの段階で進める方針を示しています。このうち①、②まではうまくいくと思いますが、③、④まで支援を進めるのはなかなか難しいところがあります。というのも、ヤングケアラー本人は、親や家族が大切でその関係を大切にしています。子どもってそんなに単純なものではなく、どんな親でも大好きなんです。そこに無理に第三者が介入することによって、親子関係が壊れ、家族の絆が崩壊してしまうこともあり、実際にそういう事例を目の当たりにしたこともあります。やはり学校で本人に寄り添うソーシャルワーカーが必ず必要です。もし仮に、先生や地域の支援者が先走って支援しようとしたら、スクールソーシャルワーカーは子どもに「本当はあなたはどうしたいの?」と問いかけてバランスをとっていく。スピード感をもって支援しようとすればするほど、当事者が置き去りになってしまうので、そこは非常に気をつけなくてはいけないと考えています。
子どもの支援のために、家庭、学校、地域がつながる。
社会では、どのようにヤングケアラーを支援すべきでしょうか。
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野尻
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子どもが主体であり、子どもの権利を守ることが大切ですが、子どもは愛情を受ける主体でもあるので、そのバランスを考えながら、社会の中で育てていくにはどうすればいいか、というのが一番の課題です。子どもを真ん中にした連帯というのでしょうか。大事な子どもを、家族だけに、そして学校だけに任せておかないで、私たち地域社会みんなで支えていくという意識をもつことが大切だと思います。
こども家庭庁は「こどもまんなか社会」の実現をめざすと表現していますね。
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野尻
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そうですね。まさにその通りで、子どもを真ん中にした支援のコミュニティを多職種でそして地域住民の皆さんと共に創っていかないといけないと思います。これまで子育ては家庭に、子どもの教育・指導は学校にお任せしていた感がありましたが、子どもを真ん中に据えて、家庭、学校、地域の垣根を取り払って、地域のケアマネジャーやソーシャルワーカー等の専門職はもちろん、地域住民も含めて、支援する大人たちみんなで協力していくことが重要です。そういう体制ができれば、教育はもっと教育の力を、家庭はもっと家庭の力を発揮できようになるのではないでしょうか。そして、ヤングケアラーはもちろん、そのほかにも困っている子どもたちを支援していくこともできると思います。冒頭で、高校生たちが被災者のボランティアをして自信を取り戻していった話をしましたが、地域の人が子どもたちを褒めたり叱ったりする機会をつくると、子どもたちは家族関係がむずかくしても、そこで、人に認められる経験ができて、「あなたの存在が大切だよ」と思ってもらって、自分の存在意義に気づくことができます。そんな社会の力を育てていきたいですね。
NPO法人こどもソーシャルワークセンターのチャレンジ
滋賀県大津市の浜大津を中心としたエリアで活動する、NPO法人こどもソーシャルワークセンター。ソーシャルワーカーが行政や学校と連携し、支援を必要とする小・中・高校生の居場所づくりを中心にした活動を行っています。
しんどさを抱えるこども(小・中・高校生)たちの居場所づくり。
NPO法人こどもソーシャルワークセンターが設立当初から力を注いできたのは、家庭や学校で「しんどさを抱えるこどもたち(小・中・高校生)」の居場所づくりです。子どもの生活は家庭と学校がほぼすべてなので、そのどちらかが息苦しくなると、人生の大半がつらくなってしまいます。そうならないように、夜間と昼間の二つの居場所を用意。夜間は、保護者の夜間就労や病気などの事情で、家庭がしんどいこどもたちのための「トワイライトステイ」。学校が終わってから午後9時まで、夕食を共にして、近くの銭湯に出かけます。銭湯はこどもの清潔に目配りしたり、リラックスして心を開いて話す絶好の機会になっています。昼間は、不登校など学校になじめないこどものための「<ほっ>とルーム」。こどもたちが安全安心に過ごせる居場所を用意し、それぞれが自分らしさを取り戻せるよう支援しています。このほか近年は、同センターを利用したこどもたちが成長した後のフォローにも支援活動を広げています。
昼間は、不登校など学校になじめないこどものための「<ほっ>とルーム」。こどもたちが安全安心に過ごせる居場所を用意し、それぞれが自分らしさを取り戻せるよう支援しています。このほか近年は、同センターを利用したこどもたちが成長した後のフォローにも支援活動を広げています。
センターに通うこどもたちの約8割がヤングケアラー。
同センターを利用するこどもたちの多く(約8割)は、幼いきょうだいの面倒をみたり、家事を行っている、ヤングケアラーでもあります。そこで同センターでは滋賀県ヤングケアラー支援体制強化事業を受けて、ヤングケアラーの支援に力を注いでいます。支援にあたって心がけているのは、こどもたちのリアルな声に耳を傾けること。長期休暇に、高校生世代以上のヤングケアラーも交えて合宿を開いて本音を聞き出し、独自の支援活動につなげています。たとえば、「クラスの友だちみたいにお出かけしたい」という声から生まれた「体験活動」。月に一度、こどもたちを連れて、水族館やキャンプ、アニメイベントなどに出かけ、楽しい時間を共有しています。また、「毎日の食事づくりが大変」という声から「配食活動」も展開。各家庭に、家族の人数分のお弁当を届けて、こどもたちの家事の負担軽減に貢献しています。このほか、ユニークな取り組みが、ヤングケアラーのピアサポーター(同じ経験をもつ人)がパーソナリティを務めるラジオ番組「あなほりラジオ(※)」の配信です。これは、ヤングケアラー自身の言葉で語りかけることで、ヤングケアラーやその周辺の人と相互交流を図る、新しい形のオンライン事業です。
※「あなほりラジオ」(30分番組)月1回制作
YouTube、Spotifyで聴くことができます。
同センターではこれからも、こどもたちが求める支援を実践していくと同時に、それらの多彩な取り組みを「こどもソーシャルワークの新しいモデル事業」としてパッケージ化して発信し、全国へ広げていくことをめざしています。
- 社会福祉学部 社会福祉学科
- くらし・安全