我が家に班長が回ってきた。地域の自治会の班長である。三組四班、十八世帯の班長で、主な仕事は回覧板を回すこと、年に数回の集会への出席、自治会費の集金、年末のもちつき大会のお世話係のようだ。 母は「あら、大変」と回覧板の表紙に印鑑が押せるように十八人分の名前一覧を作っていた。まずは、初めての回覧板回し。簡単に考えていたが、回覧板が十八世帯回って戻ってくる前に、次の回覧板を回さなくてはいけないことが続いた。そこで母は考えた。私達兄弟に「手伝ってくれないか」と相談がきた。当時、小学五年の私と中学一年の兄は、次の日から自治会班長補佐役となった。一回に三週間程かかる回覧板を各世帯ごとに数枚ずつ、クルクルとまとめて輪ゴムで止める。それを一軒ずつポストに入れてゆく。兄と二人で一日で回覧板が回るのだ。 でもそれだけでは回覧板の役目はしない。回覧板は隣と隣や向かい同士の家を繋ぐ架け橋。ポストに入れる前に「ピンポン」と呼鈴を押す。高齢者の家は居るとわかっていても、玄関に出てくるまでにとても時間がかかる。それをゆっくり待って、回覧板を手渡しする。何度か訪ねるうちに、私が来るのを待っていてくれて、お菓子を準備してくれていた。兄は私より身長が高かったので、重たい荷物を動かしたり、棚の上の物を取ってあげたりしていた。こうやって一年間に十回以上、十八軒の班の家を回っているうちに、留守がちな家、高齢者の家、幼い子どものいる家、孫がいて二世帯の家など私の班の様子がよくわかった。「これが本当の回覧板よ」と母が言った。 次の年、防災避難担当に父がなった。災害の時に三組四班の避難を誘導するのだ。私は父に引き継ぎをした。「あの家のおばあさんは一人だから一番に助けに行って」と。班長補佐役をして、私は私が暮らすまちが少し見えた気がした。自治会ってやはりすごい。次の班長は十年後。その時は私が班長になろう。
回覧板を回すだけでなく、同じ班の家を訪問して手渡しをしながらお話をして、お菓子をもらったり、お兄さんがお手伝いをしたりという展開を面白く感じました。回覧板を通して、作者のご家族が暮らすまちに「どんな人」が住んでいて、「どんな地域のつながりがあるのか」がよくわかり、共感を持って読むことができました。素直で、読みやすい点も、高い評価につながっています。特に、最後の「次の班長は十年後。その時は私が班長になろう」という作者の決意に感動を覚え、エッセイの読後感をさわやかなものにしています。