「人に迷惑をかけたくないの」祖母の口から出たその言葉にショックを受けたことを、今でも覚えている。 その言葉を祖母が口にしたのは、私が小学校に入学する少し前のことだ。その年、祖母は階段で転んだことが原因で足に怪我を負い、さらに後遺症が残り、現在まで杖を使っている。 ある日、出掛け先で歩いていた祖母は「ちんたら歩くなよ」と見知らぬ若者に言われた。そのことがきっかけとなり、日に日に塞ぎこむようになってしまった。怪我をするまでは散歩が趣味だった祖母。しかし、私の知る祖母の姿はそこにはなかった。そんな祖母に耐えられなくなった私が「前みたいに一緒に散歩しようよ」と誘った時に言われたのが、あの言葉だった。 「迷惑なんて思ってないよ」今だったら言えるだろう言葉を、当時の私は言えなかった。その時は、祖母が自分のことをそんな風に感じていたことに、ただただ悲しくなり、大泣きをした。泣き止まない私に、祖母は「ごめんね、ごめんね」と呟き、優しく背中をさすってくれた。 最近、この話に続きがあることを祖母から聞いた。 「泣きながらね、あなたが言ったのよ。『もっと迷惑かけて、もっと迷惑かけて』って。それが何だか面白くて、笑っちゃったのよね」 自分では覚えてなかったが、その時の気持ちが分かる気がする。自分のことを迷惑と思ってほしくない気持ちと、辛い時に頼ってほしかった気持ちが混ざって出た言葉だったのだろう。 先日、祖母と浅草へ出かけた。駅には急な階段しかなく、祖母が登るためには背中を押しながら登るしか方法がなかった。 「ご迷惑おかけします」私にそう言う祖母の顔は、あの時と違い、晴ればれとしていた。
とても大切なことをテーマとして取り上げてエッセイにまとめた点を評価しました。今の社会では、子どもから大人まで「人に迷惑をかけないように」と教えられてきたのに、「人と人が深く関わり、助け合っていくためには、少しくらい迷惑をかけた方がいいのだ」という大人でも気が付かない意見が、しっかりと一つのストーリーとしてまとめられている点を評価しました。「最近、この話に続きがあることを…(中略)…笑っちゃったのよね」の部分が特に印象深く、こうしたエピソードが、この作品の魅力を高めています。