私の家の冷蔵庫には小さなホワイトボードが貼ってある。去年の夏、毎日の予定を忘れないように、と父が買ったものだ。最初のうちは便利だからと細かい事まで書き、ホワイトボードを活用していた。「○月×日、外食」や「切れていた洗剤を買いに行く」など、それくらい覚えておけよと言いたくなるようなことまで書いていた。 だがそれは、初めのうちだけだった。次第にホワイトボードに書くことが減ってきた。父も母も私も書くことが面倒になり始めたのだろう。 そうして冬になった。私は本格的に受験生として勉強していた。もうホワイトボードに何かを書く暇もなかった。一方、両親は私の心配をする様子などはなく、「やれるだけのことをしろ」と言うだけで、正直冷たささえ感じた。さらに驚くべきことに、彼らは二人とも仕事の関係上、受験日の前日まで、およそ一週間も家を留守にすると言ったのだ。受験生の大事な時期になんてひどい親なんだと思った。 そして私は本当に一人になった。「一人の方が勉強がはかどる」と自分に言いきかせて精一杯勉強をした。今思えば寂しさをまぎらわせていたのかもしれない。毎日渡されていたお金で弁当や飲み物を買って過ごしていた。 ついに、高校受験当日となった。前日に両親が帰ってきたが二人とも呑気に寝ていた。私は声を掛けるのもバカらしいような気がしてそのまま、飲み物を飲むために冷蔵庫に向かった。するとホワイトボードには「頑張れ!あんたならいけると信じてるから!」と昨夜書かれたのであろう応援がびっしりと書かれていた。それを見た途端、涙が出そうになったが、それをこらえて準備を済まし、一言書き加え家を出た。 「信じてくれてありがとう。行ってきます」
ご家族の微笑ましい人間関係が伝わってくる良い作品です。描写が具体的なので、ホワイトボードを使った家族のやりとりや、ホワイトボードを読んでいる作者の様子が、目に浮かびます。そして、最後の「信じてくれてありがとう。行ってきます」の言葉が決まっていて、さわやかな読後感を与えてくれました。また、作者を信頼して受験の前日まで家を留守にし、受験当日も悠々と過ごすご両親の姿に、とても魅力を感じました。そんなほのぼのとした温かさを感じる“エッセイ”にふさわしい作品です。