三年半前、私が父の仕事の都合で中国・上海に住み始めた頃のことだ。初めての中国に初めての海外生活。知っている中国語は「ニーハオ」と「シェイシェイ」の二つだけだった。家族や友人と出かけている時、中国語で話しかけられたり道を尋ねられたことが何回かあったが、当時の私はいつも口籠もってしまっていた。 ある朝、学校に行く支度をして家を出た。近くにいた一人の警備員さんが私に向かって「ニーハオ」と元気に挨拶してくれた。私も唯一覚えていた中国語で「ニーハオ」と返事をした。次の日は違う警備員さんが立っていたが、その人も私に挨拶をしてくれた。その次の日も、またその次の日も、警備員さん達は必ず「ニーハオ」と言ってくれた。そんなことが当たり前になった頃、一人の警備員さんが私に話しかけてくれた。だが、中国語が聞き取れず、私は英語で謝ってその場を去ってしまい、せっかく話しかけてくれた警備員さんに対して悪いことをしてしまった。その日は何回もこの出来事が頭をよぎって離れなかった。そして数日後、いつも通り支度をし家を出ると、近くには以前話しかけてくれた警備員さんが立っていた。私は緊張して挨拶するか迷っていた。すると「オハヨウ」「キョウハサムイネ」と警備員さんが言った。カタコトの日本語だったが、それでも挨拶をしようと思っていてくれたことが嬉しかった。私も学校の授業で習ったばかりのカタコトの中国語で返事をした。 「言葉が分からないから」とか「言っても通じないから」という考えは必要ない。挨拶は、自分が少し勇気を出せば、言葉の壁を越えて一つのコミュニケーションツールとなる素敵な行為だと思う。たとえ自信がなかったとしても、「カタコトの挨拶」であったとしても、注目すべき点は「話しかける勇気」にある。
文章がよくまとまっていて、作者が警備員さんたちと接している光景が浮かんできます。そして、自分の体験に基づいたエッセイのため、説得力があります。国と国がいい関係を保つためには、まず個人と個人の地道な交流が大切であるということが、このエッセイからよく伝わってきました。作者の「話しかける勇気」を応援し、これからも中国の人たちと交流を続けてもらいたいという審査員の気持ちを込めて、優秀賞に選びました。また、字がとてもきれいで読みやすかったことも、好印象を持ちました。