爽やかな青葉風にのってトランペットやフルートの音色が、今日も放課後の校庭に響いている。この情景に私は、胸が熱くなる言葉が思い出される。あの日も教室から先輩の練習の音が高々と耳に入っていた。 吹奏楽部の定期演奏会を間近に控え一年生の私は、仲間とプログラムの製本をしていた。「面倒くさいね」「早く終わらせよう」と無表情で淡々と作業をしていた。そんな私の心を見抜いたのか顧問の先生は「このプログラムは、演奏会に来ていただいたお客様の、一人ひとりの手に渡るのよ。その方々の笑顔を思い浮かべてごらんなさい。早く作業すること以上に、手にとって見ていただく方のことを思って作るのが大切よ」とおっしゃった。この言葉に頭をガーンと殴られたような強い衝撃を受け、ハッとした。その瞬間、私たちの演奏を楽しみにしてプログラムを見てくださる方の、にこやかな目が浮かんだ。すると、今まで嫌々やっていた作業が不思議と楽しくなり、リズムまで出てきてあっという間に終了してしまった。とかく、単純作業というのは、時に大事な気持ちを忘れがちである。しかし、その向こうに大切な人があるからこそ、その人の為に思いを込めることが大切であると、先生が諭してくださったのだった。私の胸の中には、三年経った今でもその先生からの言葉が色あせないで残っている。 先日、学校の案内冊子を製本する作業が私の委員会に任された。だんだん作業が雑になっていく後輩に、「読みやすい資料にするために、読む人のことを思いながらやろうよ」と言うと、後輩は、目を丸くしたかと思うと、少し恥ずかしそうに「読む人の事、考えてもいませんでした。そういう考えって素敵ですね」と言ってくれた。先生からの言葉は、私から、後輩へと伝わっていき、沢山の人の生き方を変えてくれた。天高く晴れる八月、今日も私は顔も知らない誰かの笑顔を想像している。
よくまとまっているので、一気に読むことができ、印象にも残る作品でした。顧問の先生から言われて衝撃を受けた「早く作業すること以上に、手にとって見ていただく方のことを思って作るのが大切よ」という言葉を、今度は作者が後輩たちに伝え、この気持ちがずっと受け継がれていくことの素晴らしさが、よく伝わってきます。そして、「今日も私は顔も知らない誰かの笑顔を想像している」という締めの一文が効いていて、読後感の良い作品に仕上がっています。