「土崎の町」
秋田県立秋田北高等学校 2年
吉田 薫
私たちの心の中に咲く、一輪の花。それは私の住む町、土崎の象徴でもある「はまなすの花」です。
土崎では昔、空襲がありました。終戦の、ほんの一日前。石油タンクについた炎は、さながら地獄の風景だったと、小学校の時に聞きました。土崎の道を歩いていると、傷を負いながら逃げようとする人々が、私と同じ道を進んでいたのかもしれないという、恐しい考えが浮かんで来ることがあります。
土崎には伝統的なお祭りがあります。「ジョヤサ」のかけ声と共に曳山を引っぱり、各町内が、土崎全体が熱くなる行事です。夏になると聞こえる笛や太鼓の音、音頭の声や油のにおい。血が騒ぐような心地良い快感に、私は毎年、まるで甘い蜜を吸う蝶のように酔いしれながら、涙が出そうになるほど胸をドキドキさせるのです。
戦争のあったこの地で、私は今、祭りの音に鼓動を高ならせ、毎日に翻弄されながらも生という糸を紡いでいます。もしかすると、私の立っているこの場所で、血まみれの子どもが静かに息を引き取ったかもしれないし、水が飲みたいと泣いていたかもしれない。爆弾が落ちてきたかもしれない。その場所に立ち、私は今、生きています。こんなに切なく、そして喜ばしいことはないのでしょう。
土崎という、私の住む町は、過去の暗い歴史と現在の明るい雰囲気、そして未来への希望と、三つを兼ね備えています。光があれば影がある、だからこんなにも美しい町ができたのだと、私は思っています。
今年もまた、土崎の熱い夏が始まります。私たちが良い町を続けていくために必要なのは、自分たちの町の歴史を知り、そしてそれを受け入れた上で、伝統や人々に引継がれる思いを、次の世代に生きる私たちがまた次の世代の人たちに伝えていく事です。私たちには新たな歴史を築く役目があります。良い町とは、自分たちの手で作り出すものなのです。
他に無い独自の視点を評価しました。まちには光の面もあれば影の面もあり、その中から歴史を感じ取ろうという作者の気持ちがよく考えて書かれています。書き出しに出てきた「はまなすの花」がその後の文章に出てこないなど、表現としては物足りない点もあります。構成をもう少し工夫すれば、もっと良い作品に仕上がると思います。
|
▲UP
|
Copyright (c)2007 Nihon Fukushi University. All rights reserved. 本ホームページからの転載を禁じます。