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「手のひらの温度」 |
広島県立福山誠之館高等学校 三年 小笠原 唯 |
桜が咲いた頃、家族と尾道に行った。桜は丁度見頃で、同じように花見に来たと思われる家族、友達同士など、たくさんの人が歩道を歩いていた。花の匂いが溢れ、とても心地良い日だった。
あるロープウエー乗り場の下で、私と妹は手洗いに向かった。二人で戻ろうと扉を開けると、そこには五十代ほどの女性と、三十代ほどの男性が立っていた。二人は手を繋いでいた。そして男性は私に「すみません」と声をかけた。返事をすると、「母を手伝ってくれませんか」と言った。そして、「目が見えないんです」とも。
私は戸惑いながらも引き受けることにした。女性の手を取り、ゆっくりと個室へ進む。きつく握られた手は少し震えていて、女性の不安や、今はこの少女に頼る他ないという気持ちが包まれているようだった。二人で入るには狭すぎる個室だった。余裕のない足場、トイレットペーパーの設置位置など、普段は気付かない使い難さに、私は今までなんて無頓着だったのだろうと思った。後から備え付けたような手すりは、女性の左手を支えていてくれたが、和式トイレはやはり、危険なのだろうと思った。
女性は右手で私と繋がったまま用を足した。水を流して個室を出ると、女性は両手で私の右手を取り、「どうもすみません」と言った。私が「いえ」と答え、手を洗うよね、と思い蛇口を開こうとすると、女性は重ねるように言った。「ありがとうございました」と。そのとき女性の手に震えはなかった。シワだらけで、かさついていて、まだ水に晒していないその手は、とても温かかった。そして私は、その温度に気付かない程緊張していた自分に気がついた。私の強張っていた手から力が抜けるのが分かったのだろう。女性はもう一度「ありがとう」と言った。そのとき私と女性の温度が混ざった。手のひらは温かかった。 |
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状況が目の前に映像として浮かぶ文章で、とても好感が持てました。自分や相手の緊張感を、五感のすべてで感じとっていることがうまく表現されています。作者はこの先この体験をどう活かしていくのだろう、という期待を抱かせてくれます。ただ「花の匂いが溢れ」や「水に晒す」といった表現が少し気になりました。細かい点ですが、最優秀賞に一歩及ばないという評価になりました。 |
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