あなたの体温を、伝えてほしい 36℃の言葉 2005年度 第3回高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集

学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
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入賞者発表
第1分野 人とのふれあい

審査員特別賞 「言葉がなくても」
広島女学院高等学校 二年 久保田 希

 「こんにちはぁ、ばあちゃん、希よ」
 祖母に会いに行けばいつも、こう言う。
 そして祖母からの返事はいつも、ない。
 私は祖母と言葉を使った会話をしたことがない。祖母は私の生まれる二年前に脳溢血で倒れ、失語症となった。幼い頃よく見た「ねぇ、こぉ」と訴えるように声を発する姿。母が私をからかっている時、その語気は強まり「やめんさい」という言葉に聞こえたりした。その音だけで祖父と口論をしていたこともあった。祖母の発するその音には、幾つもの色が、多彩な表情があった。私が話しかける。祖母から返ってくる「ねぇ、こぉ」の二つだけの音…。ばあちゃんはこうして欲しいんかなぁ? 怒ってるんかなぁ? うれしそうだなぁ…。幼いなりに、私は祖母を理解しようとした。
 祖母は衰えた。目は空ろになり、食事はやわらかい液状のものになり、よく眠るようになった。祖母はほとんど声を発しなくなった。私が話しかける。祖母から返ってくるのは眼差しだけになった。
 一年前の春のこと。「ばあちゃん、私ね、高校生になるんよ」。本当に嬉しくて、くるくる回り、踊りながら私は祖母に言った。いつものように返事はない。けれどそこに、深く温かい祖母の笑顔があった。「うん、私ね、高校生になるんよ」ともう一度。祖母の笑顔がまた何倍も深くなった。言葉より、声より、なによりも尊い「祖母の」返事だった。私たち、会話してる…。嬉しさに、せっかくの祖母の笑顔が涙でぼやけてしまった。
 私はいつからか祖母との会話をあきらめてきた。言葉がないからと。でも祖母はずっと返事をしていたのかもしれない。深い眼差しの奥から何かを伝え続けていたのだ。祖母の思いを確かめる方法はない。けれどあの時感じた「会話してる」という感覚。祖母の笑顔は私に「おめでとう」と語っていた。
 眼差しを見つめれば、祖母の言葉が聞こえてくる。私たちは今日も、会話をする。


講評
 細やかな気持ちのやりとりがごく自然に伝わる、読後感のとてもよい作品です。作者はもちろん他の家族も、失語症となったおばあちゃんときちんとコミュニケーションをとっていることが容易に想像でき、家族のあたたかさが伝わります。文章もよく整っており、おじいちゃん、おばあちゃんを取り上げた作品が多かった中で最も高い評価を受けました。
講 評


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