【中村信次教授】これからの時代に求められるWell-being

PROFILE

副学長/教育・心理学部 教授

中村 信次

専門分野

認知科学、実験心理学

キーワード

運動知覚, 空間知覚, 自己運動知覚

企業での経験を経て大学教員となった中村信次先生の研究テーマや、教学担当副学長としてこれからの日本福祉大学への期待などについて伺いました。

企業の研究職から大学教員の道へ

原田学長 中村先生は日本福祉大学に来られる前はどのようなお仕事をされていたのですか。

中村先生 大学を卒業後、大学院に進学しました。その後、愛知県に本社のある自動車メーカーに就職し、研究部門に配属されました。それから約10年間、ドライバーの環境認知や人間特性に関する心理学の基礎研究を行っていました。

原田学長 前職でいろいろな実験や研究をされてきた中で、なぜ大学教員になられたのですか。

中村先生 もともと研究者志望だったので、大学に残りたいな、大学で研究と教育に携わっていきたいなと思っていました。前職でもいろいろな仕事をさせていただき、決して悪い環境ではなかったのですが、どうしても自分がやりたい研究がしたいという思いがあり、いろいろ探していたところ2002年に日本福祉大学の情報社会科学部(現:健康科学部)の教員としてご縁をいただきました。

中村信次先生

社会で応用される心理学

原田学長 中村先生が現在取り組んでいらっしゃる研究テーマについて教えていただけますか。

中村先生 あまり心理学らしくない領域なのですが、もともと実験心理学が盛んな研究室の出身ということもあり、知覚心理学をずっと研究をしています。前職の自動車メーカーに関連して言えば、ドライバーが自分の車の動きや障害物の動きをどうやって認識しているのかというような、運動知覚をテーマにした研究を30年以上続けています。少し専門的になってしまうのですが、視覚誘導性自己運動知覚というものがあります。原田先生もご経験があると思うのですが、自分が乗っている電車は停まっているのに、向かいの線路で電車が動き出すと自分の電車が反対側に動いて感じられる“アレ”のことです。この視覚誘導性自己運動知覚は、日常生活における自分自身の身体の動きの認識の基盤になる現象です。また、近年はバーチャルリアリティの技術もかなり進んできています。VRにおけるリアルな自己運動を表現するための基礎研究としても応用されています。

原田学長 たまに中村先生のデスクにヘッドマウントディスプレイが置いてあるのを見かけますね。

中村先生 その他にも、色の知覚や色の嗜好に関する色彩心理学についても研究を進めています。例えば、色覚特性を持った方への配慮をどのようにしていったらよいかなど、最近ではカラーユニバーサルデザインの認識も広まり、色彩心理学が社会で応用される場面も多くなってきています。

原田学長 そのような研究をされている先生のゼミではどのようなことをされるのですか。

中村先生 福祉大学の心理ですから臨床系に興味をもっている学生も多いのですが、私のゼミでは、日常生活の中で素朴に疑問に思ったことに基づいて、自分自身でやりたい研究テーマを見つけてもらうようにしています。その中で、色彩心理など、私の研究に近いテーマを選ぶ学生もいますが、全く関係ないテーマを持ってくる学生もいます。テーマは何であれ、人の意識を客観的に計測するというのが心理学の一番の基盤になっています。そのことは、卒業後も活用できるように、どんなテーマを選んだ学生にも強調しています。

ゼミ活動の様子

日本福祉大学の一番の強み

原田学長 これまで全学教育センター長として日本福祉大学スタンダードである4つの力(伝える力、見据える力、関わる力、共感する力)をまとめていただくなど、教学のお仕事をされるなかで感じられたことはありますか。

中村先生 日本福祉大学は非常に特色のある大学であると感じ続けています。それは学園創立者である鈴木修学先生の建学の精神が、教職員と学生にしっかりと受け継がれているからこそだと考えています。学生にとっては、うまく言語化できなかったり、うまく表現できないこともあるかと思いますが、修学先生の福祉にかける思いは学生にしっかりと受け継がれています。これこそが、他大学にはない日本福祉大学の一番大きな強みであると考えています。

原田学長 他大学でもいろいろなお仕事をされたり、外から日本福祉大学を見ていただく機会もあるかと思いますが、改めて日本福祉大学の教育の特徴について感じることがあればお聞かせください。

中村先生 私は先生と違って福祉が専門ではないので表現が正しいかどうか分からないですが、やはり本学の一番の強みは、学生が福祉の精神を持っているということだと感じています。困っている人がいたら放っておきはしない。何か人の役に立つことがしたい。そういった思いを多くの学生が共有していることは、誇ってよいことだと思っています。実際に人を助けることができる能力があるか否かは問題ではありません。まずはその思いを持つことがとても重要なのです。人の役に立ちたいという思いをもって日本福祉大学に来てもらえれば、実際に人の役に立つ方法は様々な機会に身につけることができるはずです。そのためのPBL(課題解決型学習)をどのように構築するのか、日本福祉大学の教育システムを考える上での大きなポイントになるかと思っています。

学生へのメッセージと日本福祉大学への期待

原田学長 そんな強みをもった学生に対してのメッセージをお願いできますか。

中村先生 私の持論ですが、大学はプールと同じだと思っています。泳ぎ方を教えてもらえますし、危なかったら監視員がちゃんと助けてくれる。でも社会に出たら海のような環境になり、一人で泳がないといけないわけです。ですからこの4年間でちゃんと泳げるという自信を持ってもらうのと、監視員のいるところであまり大きくない失敗経験をしてもらいたいなと思っています。実際の社会ではいろいろな方と出会います。相手の思いをどう汲み取るのか…。当然利害調整が必要なこともありますし、うまく行かないことも多いかと思います。学生時代に成功や失敗の経験を積んでもらい、自分の力で人が幸せになるんだということを実感してもらえたらいいなと思います。

原田学長 最後になりますが、今年で学園創立70周年ということもあり、次の時代に向けて考える節目の時期だと思っています。日本福祉大学のこれからについて、中村先生なりの期待や夢をお聞かせいただけますか。

中村先生 以前見たテレビ番組で某通信会社の方が「これからの時代は技術がwell-beingを目指すべきだ」と言っていました。私も強く同意します。これまでの技術開発では、同一のものを大量に生産することにより、できるだけ高品質の製品を安価に提供することが目指されてきました。しかし、これからは「個別最適化」が技術開発の主たる方向になるはずです。それが一番に反映しやすいのは福祉だと思うんですよね。福祉の世界では、人が製品に合わせるのではなく、特別なニーズを持った一人ひとりの人に最適化された製品を提供しなければならない。福祉業界はこれからのテクノロジーの重要な領域になることが予想されます。そういう意味では2025年に日本福祉大学が工学部を持つということの重みはかなりあると感じています。そのことも含め、最先端の福祉をこれからも発信していきたいと考えています。