4.障害者実験

4.1 予備実験

この研究を始めるにあたって,岐阜県大垣市にあるソフトピアジャパンの福祉メディアステーションに来られる障害を持つ方を対象に予備研究を行った.上肢障害を持つ方にポインティングデバイスを使用していただき,アンケートに答えてもらって,改善点などを挙げてもらった.しかしそこに来られる方は皆,普通のマウスを使うことができ,パソコン経験が長く,さまざまな工夫を施してマウスを使用できるように改良されており,わざわざ障害者用ポインティングデバイスを必要としないことが判明した.
また,名古屋昭和生涯学習センターの「障害者のためのパソコン教室」での経験では,キネックスが必要な対象者から通常のマウスで操作可能な対象者まで,広く分布していることが判明した.緊張のある人には手のどこかがスティックに引っ掛かればよいということであろうか,ジョイスティックが使いやすく,麻痺のある場合には一般的にトラックボールの評判が良いようである.トラックボールは障害者用のものがとても高価で,良いとわかっていてもなかなか購入できないが,一般用として市販されているトラックボールも使いやすく(たとえばケンジントンターボマウスシリーズとして発売されている一連のトラックボールは非常に評判が良い),多くの障害者に受け入れられることも判明した.これらの場合も,何とかマウスが使用できれば,工夫してマウスを使用したほうが操作性はよいようである.

4.2.方法

予備実験の結果をふまえて,本実験ではパソコン経験のない,またはパソコン経験の短い上肢障害者を対象とし2 名に被験者をお願いした.被験者は2名とも本学美浜キャンパスの学生で,HA (26 歳男性)およびKY (21 歳男性)である.HA は関節の曲がりと軽度の麻痺がある.KY は重度の緊張があり,普通のマウスをまったく使うことができない.



2 名の被験者には11ケ月間に渡って,週1 回1 時間,5 種類の障害者用ポインティングデバイスを順次使用してもらい,各回の実験の前後に3 種類のゲームでパフォーマンス測定をした.ポインティングデバイスそれぞれの評価アンケートと感想などをポインティングデバイスを選んだ直後と長期間使用後に聞き,改善点を見つけ,またそのポインティングデバイスがコンピュータを使用する中で効果的なものであるかを調べた.
準備段階として,腕の可動域を見て,ポインティングデバイスを操作しやすい場所に設置し,障害に合わせてカーソルの動く速度も調節した.客観測定のためのゲームは一度に3 回ずつ行った.その後,1 時間パソコンを使用(内容は被験者の興味に合わせて選んだ)してもらい,ポインティングデバイスに慣れてもらった.一種類のデバイスを数回続けて使用してもらい,この間の学習曲線を測定した.

4.3.結果

すべてのポインティングデバイス,すべてのゲームにわたり,HA のほうがKY より速く操作できた.この差は障害の種類,程度によるものである.HAの最終到達点は3 節の結果に示した若年健常者と大きな差はない.これに対しKY はポインティングデバイスの操作には全体的に健常若年者の約2.5 倍ほどの時間を必要とする. 約10 回のトライアルがあればポインティングデバイスに慣れることが判明した.ただし,これは3時間以上のPC 使用に相当する.また,1 トライアルは,例えばdouble click なら風船割りという動作が10 回あるので,やはり,100 回程度やってみないと慣れないと考えられる. 今回は被験者数が少なくデータを定量的に扱うのが困難であるので,5 デバイスの主観評価と客観測定の時定数および最終到達点の順位のみをとりだしてみた.その結果を表1 <次ページ →>に示す.2 名の主観評価をみると,順位が完全に逆転している.また,順序相関では時定数順位が到達点順位よりも主観評価順位とよく相関することがわかった.

 
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