JAM SESSION
STAGE 1

日本社会の変化と大学
<松尾>
こうした違いというのは, 実は, 日本という国の経済や文化の変化ということとも関係があります.
まず敗戦後の日本産業の特徴というのは, 一口でいえば 「改良型産業」 ですよ. つまり金になるシーズ (種) をいろんな国からいただいてそれをもとに画一製品を大量生産する, そして性能をどんどん高めていく. そのかわり全く横並びで, 政策的にもそう指導していく. それによって日本は一挙にここまで生活向上, 国土の復興ができたわけで, これは決して間違ってはいなかった.
ところがもはや改良型産業による経済が完全にいきづまってきた. また東西冷戦が崩壊してから政治経済, 産業構造, ありとあらゆるものの枠組み, つまりパラダイムが大きく転換してしまった. そういう中で日本の産業が今までの改良型, 横並び産業ではとても生き残っていけない, ということで, いわゆる個性とか特徴とか基礎的なところでの貢献とかそういうことを目指す方向に変わってきたわけです.
大学もまったく同じなんです. 大学というのも社会の動向を無視してはありえない. 敗戦後の新制大学は全部横並びできました. カリキュラムも何もかもほとんど同じ. それからとても厳しい規制を設けて, 単位数まで規定された. 大学側も世の中が要求する, あまりレベルに差のない品質の人材を大量に供給するという形で応えてきたわけです. だから大学に独創的な人材を育成する意図も環境もなかったわけですよね. ところが今や大学は従来とは違う人材をどう供給していくのか, ということを厳しく問われる時代になってきたわけです.
そういう時期の大学の長としては, 例えば, 私が職責上座長をするインターンシップの会議では, 産業界からは 「大学側でも一団となって, 何単位, 何週間, とか決めてもらわないと対応できない」 といわれましたが, 私としてはそんなことをする気は全く無いわけです.

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情報はどこかで集約するけれども, ある大学はインターンシップをカリキュラムにとりいれて単位を認め, 期間も半年や一年とするかもしれないし, ある大学は希望者に対し無報酬でいってらっしゃい, とするかもしれない. それは各大学がきめることでしょう?だから私としては調整役は果たしているけれども, 何か名大がリーダーシップをとって, 横並びにこの地域はこうしましょう, とまとめていくつもりは毛頭無いわけです.

<佐々木>
 私どもの大学も, 知多半島という地域というものが見えやすいところにあるので, ローカルな研究や教育活動を, 多面的に, 例えば 「知多ソフィアコンソーシアム」 のような場等を通じて行なっています. その中では 「グローカル」 という言葉を使う方もいらっしゃって, つまり美浜や半田という具体的な地名のあるローカルな活動が逆にグローバルなコミュニケーションの材料となるという考え方です. 特に私は景観のデザインをやっていますから, 景観一般というものを議論してもある程度のところまでいくといきづまってしまい, 結局は 「この街のここをどうしていくんだ」 というところを考えないといけない. しかしひとつひとつの固有名詞と付き合う仕事の一方で, やはり全体としての物事の決まりかたのシステム自体も考えないといけません. これは福祉の場面でも同様で, 「あそこのおばあちゃんは…だから…しましょう」 という個別的なケアの大切さと, 一方でどうやってマクロな社会の枠組みや経済的なモデルをつくるのかという議論がありますね. そういうモデルの作り方というのは今までの日本社会がやっていた全体の便益が平均的にあがっていくことを目指したモデルの作り方の延長線上で組み立てられるものなのか, あるいは別の理論をもってこなければならないのか, ということは個人的にも課題となっています.

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