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♯51 労働人口減少社会でのAI活用

最適化AIを活用し
働きやすい環境を整える。

健康科学部 福祉工学科

串田淳一 教授

串田淳一教授の研究分野は、ソフトコンピューティング 。とくに「最適化アルゴリズム」「知的システム 」をキーワードとして、人工知能を用いて社会のさまざまな問題を解決するための方法を研究しています。労働人口が減少するなかで、医療や介護の現場でどのようにAI活用が進められているか、話を聞きました。

社会課題

医療・介護現場における
深刻な人手不足。

 少子高齢化が進展し、労働力人口(15 歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口)は年々減少しています。総務省統計局の調べによると、労働力人口は、2022 年平均 で 6902 万人で、前年に比べ5万人の減少(2年ぶりの減少)となりました。 こうした状況下で、医療・介護現場においては人手不足が深刻化しており、労働環境の悪化による離職率の上昇や経営状態の悪化などが危惧されています。
 そこで注目されるのがAI(人工知能)の技術です。業務の効率化や人手不足の解消を目的として、医療・介護現場ではさまざまな形でAIの導入が進められています。たとえば、患者や利用者を効率良く送迎できるプランニングや、個々の利用者に合わせた介護計画(ケアプラン)の作成などにAIが活用されています。また、AIロボットを開発し、建物内で決められたモノを運搬したり、高齢者とのコミュニケーションを図ったりするサービスが次々と実用化されています。AIがどこまで医療・介護現場の慢性的な人材不足の解消に役立つのかは、まだ未知数の部分が多く残されています。しかし、新しい技術を導入することにより、少しでも現場スタッフの負担の軽減につながることが期待されています。

INTERVIEW

最適な意思決定を導く、最適化AI。

最初に、AIの定義について教えていただけますか。

串田

AIはさまざまな技術の複合体の総称です。ですから、AI自体の厳密な定義というとむずかしいのですが、わかりやすく説明すると、「人間の知的な活動(運転をしたり、ゲームをしたり、対話をしたり、楽器を弾いたりといった脳の活動)を、コンピュータが代わりに行うのがAIである」といえると思います。すなわち、人間の代わりにAIが問題を解いてくれたり、人が苦手なことを代行してくれるというわけですね。

そのAIを用いて、先生の研究室では、どのような研究を進めておられますか。

串田

私たち人工知能研究室では、主に人工知能技術の「機械学習」の福祉分野への応用と、「最適化手法」を用いた問題解決について研究しています。このうち、機械学習はコンピュータが膨大なデータを学習し、取り込んだデータから情報を分析してルールやパターンを発見する手法で、音声認識や画像認識・生成などに活かされています。当研究室では、AIの画像認識を使って、介護施設における入居者の行動パターンを分析できないか、といった研究や、学習データを蓄積しながら、仮想空間で介護ロボットのシミュレーションを行う研究などを進めています。

もう一つの「最適化手法」とは、どのような手法ですか。

串田

最適化手法は特定のルールがある中で、数学的な手法やアルゴリズム(※)を用いて、成果を最大化する「最適解」を発見するための手法です。たとえば、配送計画において、拠点から出発して各ポイントをどの順番で訪問すると効率が良く、何台の車が必要かを導き出すこともできます。今回は、こちらの最適化手法に絞って、医療・介護分野でどのような活用が期待できるかお話ししたいと思います。

※アルゴリズムとは、コンピュータで計算を行うときの「手順や計算方法」のこと。

たとえば、勤務表の最適化を考える。

では、医療・介護分野での最適化手法の応用事例について教えていただけますか。

串田

私たちの研究室では今、病院や介護福祉施設で使われるスタッフの勤務表づくりをAIの最適化手法を使って実現できないかという研究を進めています。病院や介護福祉施設では患者や利用者に24時間サービスを提供するため、日勤、夜勤、準夜勤と、3交代制でスタッフの勤務を回しているところが多くあります。日勤、夜勤、準夜勤の人数は施設ごとに決められていますし、スタッフが月々何日働いて何日休むのかということも決まっています。さらに、「夜勤は必ず新人とベテランを組み合わせる」「6日間連続勤務は禁止」「休みはできるだけ連休にする」「相性の悪い勤務者のペアは避ける」など、施設によって多くの制約条件もあります。とくに近年は人手不足もあり、勤務表づくりは難しくなっていますが、スタッフの健康やモチベーションを維持するためにも、勤務表の最適化は非常に重要です。

AIを活用することで、むずかしい制約も満たすことができるということでしょうか。

串田

あくまで本当に最適な解を出す保証はなく、スタッフ全員が満足できるものはなかなかつくれないのが現状です。個人個人の休日の希望を優先すると、必要な人数が足りなくなるなど、こちらを良くすると、あちらが悪くなるみたいなことが起きるんです。ただ、問題を適切にモデル化した上で、AIにより勤務表をつくってみると、現在の勤務表が理想的な状態からどれだけずれているか、ということが明らかになります。たとえば、あと一人増員すると、これぐらい勤務状況を改善できます、といったことがわかります。それにより、以前よりも無理のない勤務パターンで働いてもらえるようになると思います。

福祉と情報の両方に精通した人材の必要性。

近年はAIが勤務シフトを自動作成するツールなども商品化されているようですね。

串田

そうですね。ただ、こういったツールを現場で即座に活用するのはまだ難しい状況かもしれません。勤務表をつくる側と、勤務表を使う現場サイドで、制約条件の優先順位や種類をアレンジしたりする必要があるからです。というのも、実際に勤務表を実用化する場合は、固定的なシフトパターン以外の柔軟な勤務形態や希望も取り入れる必要があったり、急な病欠や緊急の増員要請など、突発的な変更にも対応が必要です。そういう現場のニーズに応えるには、実際の運用時に現場からのフィードバックを定期的に取得し、システムを微調整していくことが重要です。

なるほど、AIに全部任せるのではなく、現場の声を吸い上げることが必要なんですね。

串田

そうです。現場に、勤務シフトに精通したリーダーがいて、その人が細かい制約条件の優先順位などを伝えることができればいいですね。また、その人が、AIが導き出した勤務表の最良解を解釈し、ほかのスタッフに伝えていくことも重要です。専門用語で「パレート解」と言うのですが、多目的最適化問題においては、理想的な解が一つ出るのではなく、優劣がつかない複数の解が出てきます。その中から、現場のリーダーが意思決定し、スタッフのみんなに妥協すべきところは妥協してもらって、納得して使ってもらう。そういう橋渡しをする人が、どうしても必要です。ただ、医療・介護の現場では情報技術に不慣れな方が多く働いているため、情報技術を十分に理解した人材は少ないのかと思います。そういう意味では、医療・介護と情報を両方理解できる、こういう現場で活躍できる情報のスペシャリストを育てていくことが、今後すごく重要になると思います。当大学でも、学部の垣根を超えて共同研究に取り組むなど、横断的な視点で人材を育てていかなくてはならないと思います。

最適なシフト管理が、人手不足の改善に貢献。

AIによる勤務シフトを実用化することによって、現場ではどんなメリットが生まれるでしょう。

串田

AIを活用することで、ベテランの人でなくても、適切な勤務シフトを作成できるようになれば理想的ですし、そこをめざしていきたいと思います。また、AIの勤務表を見ることで、ただ人が足りないから募集する、というのではなく、この部分に人が足りないので補充しよう、という課題もきちんと見えてきます。もう一つ、大きなメリットはスタッフの間に生じがちな不公平感が生まれないことです。上司が勤務シフトをつくる際、スタッフの組み合わせ方を一つ間違えると、不満を抱える人が出てしまいますよね。現場では、声の大きい人間がどうしても強くなりますから、立場の弱い人が不満を抱えるようになりがちです。でも、AIが導き出した勤務表であれば、立場の強い・弱いに関係なく、平等な解が生まれます。そこでは不公平さはなくなりますし、不満がたまって早期離職を誘発するようなことも減っていくと思います。

早期離職が減れば、それだけ人手不足の解消に役立ちそうですね。

串田

そうですね。とくに医療・介護の現場では女性が多く働いていますが、女性の場合、結婚、妊娠・出産、子育て、親の介護といった大きなライフイベントがあります。そうなると、ある期間は「昼間のこの時間帯だけ働きたい」「週に3日だけ働きたい」など、個人個人の細かい制約条件がさらに増えてきます。AIの最適化手法がより進んでいくと、そうした個人のニーズも加味した上で最良解を出せるようになると思うのです。そうなれば、「家庭や生活を守りながら働くのは無理だから辞めるしかない」という人を引き止めることができて、より働きやすい環境をつくることができるようになるのではないかと期待しています。さらに将来的に、一つの施設ではなく、複数の施設で人材を一元管理し、全員の勤務シフトを運用することができれば、より広い範囲で必要な人材を必要な施設に適切に配置できるようになると思います。そこまで進むことができたら、医療・介護分野の人材不足の解消に大きく貢献できるのではないでしょうか。

(株) bright vie (ブライト・ヴィー)のチャレンジ

介護向けシステムの開発・サポートを手がける(株)ブライト・ヴィー。介護に携わる人々の思いに寄り添い、「働き続けたい介護現場をつくる」ことを使命として、日々活動を続けています。

ICTを活用した
スタッフ定着の仕組みで、
働き続けたい
介護現場づくりに貢献。

株式会社bright vie(ブライト・ヴィー)

愛知県名古屋市中区栄三丁目13番20号 栄センタービル7階

https://brightvie.me/

介護現場で求められるICTに特化。

  (株)ブライト・ヴィーは愛知県名古屋市に本社を構え、全国の介護事業所(医療機関も含め)に、ICTサービスを提供しています。
同社が展開する主な事業は、二つあります。一つは、介護記録に欠かせない、利用者の体温・血圧などの測定データや睡眠・排泄などの見守りデータを一元化するプラットフォームを提供する「ケアデータコネクト」です。これらのデータは多様なメーカーの装置で測定されるため、記録を一つにまとめることができません。同社のケアデータコネクトはその難題をクリアするもので、同じ画面で多様なメーカーから集まるデータを横断的に確認でき、業務の効率化に大きく貢献しています。

もう一つは、介護事業に特化したポータルシステム「ケアズ・コネクト」です。これは、勤怠管理やお知らせといった基本的な情報管理をベースに、スタッフが楽しんで働けるような仕掛けを散りばめたICTサービス。介護現場で働くスタッフは、パソコンやタブレット、スマートフォンなどの端末からケアズ・コネクトにアクセスし、スタッフ間でコミュニーションを図ったり、仕事へのモチベーションを高めることができます。なお、操作環境は、幅広い年齢層が働く介護現場のニーズに応え、「親しみやすさ、シンプルさ、わかりやすさ」を第一に設計。その完成度が高く評価され、「2022年度グッドデザイン賞」も受賞しました。

働き続けたい介護現場に必要なことは何か。

 ケアズ・コネクトが生まれる背景にあったのは、介護現場の離職者の多さでした。実際に聞き取り調査をすると、辞める原因は給与などの待遇よりも、人間関係や法人の方針に共感できないといった心情的な要因が中心でした。逆に、チームワークの良い施設では人材の定着率が高く、前向きで明るい雰囲気があふれていることもわかりました。そこで、スタッフが定着するようなエッセンスを盛り込んだツールをつくれないか、と試行錯誤して開発されたのが、ケアズ・コネクトです。

 たとえば、スタッフが毎日の業務を振り返り、「楽しい」「いつもどおり」「イライラ」といった気分を、表情別のスタンプで送信。それをチームリーダーが必ずチェックし、個々の悩みの解決支援につなげる仕組みを導入しています。また、業務に前向きに取り組むたびにポイントが貯まる「ポイント制度」を導入し、モチベーションの向上につなげる仕掛けも好評を得ています。

 こうしたICT開発において同社が大切にしているのは、介護現場に徹底的に寄り添うこと。現場のスタッフが本当に求めているものは何かを考え、現場の人たちと一緒に介護業界のICTの進化に挑戦しています。

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