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♯50 災害時の潜在看護職

潜在看護職の力を
災害時の地域共助に。

看護学部 看護学科

新美 綾子 教授

新美綾子教授の専門分野は基礎看護学。とくに災害看護に深く関わり、知多半島での大規模災害に備えて、潜在看護職の力を活用する仕組みづくりに注力し、着実に成果を広げています。その独創的な取り組みの着想から現在にいたるまでの活動について、話を聞きました。

社会課題

大規模災害時における
「公助」の限界と「共助」の重要性。

 災害への備えには、「自助・共助・公助」の3つがあります。 「自助」は、自分自身や家族の身の安全を守ること。「共助」は、地域やコミュニティといった周囲の人たちが協力して助け合うこと。そして「公助」は、市町村や消防、県、警察、自衛隊といった公的機関による救助・援助です。大規模な災害時には、これら3つがすべて必要になります。しかし、東日本大震災において、広域にわたる大規模災害では、行政が直ちに駆けつけて救助や支援を行う「公助」には限界があることが示されました。行政自身が被災して機能が麻痺するとともに、消防の人員や救急車の数に限りがあるため、多くの負傷者に対応できなくなったのです。こうしたことから、大きな地震や水害などが起きた直後の厳しい状況下では、自ら守る「自助」と、近隣で助け合う「共助」が必要だと指摘されています。とくに、地域コミュニティやNPOなどによる「共助」が防災、減災とその後の復興までを支える大きな力となることが広く認識されています。
 日本では今後、数十年の間に東海・東南海・南海地震(この3連動が南海トラフ巨大地震)が発生する可能性が高まっています。ひとたび南海トラフ巨大地震が発生すると、静岡県から宮崎県にかけての広い地域で強い揺れが発生し、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸で10mを超える大津波が襲来すると想定されています。こうした大規模災害に備えて、日頃から「自助」「共助」に関心を持ち、十分な準備をしていくことが求められています。

INTERVIEW

医療資源の少ない東海市の実態。

最初に、先生の経歴について簡単に教えてください。

新美

日本福祉大学に赴任する前、長年にわたり半田常滑看護専門学校で指導していました。そこでは実習先として近隣に災害拠点病院(※)があり、心肺蘇生や災害時の看護について実習する機会が多くありました。また病院外の災害訓練にも積極的に参加していましたね。特に、中部国際空港が毎年実施している航空機事故消火救難・救急医療活動総合訓練では、看護学生たちが災害時のトリアージ(多数の傷病者が同時に発生した場合、傷病者の緊急度や重症度に応じて治療優先順位を決めること)を受ける負傷者役を演じて事故現場を再現していますが、中部国際空港が開港した2005年時点では負傷者役の演技でトリアージ・応急処置などの判断をする訓練はまだ少なく、画期的な訓練だったので、学生の演技指導などを一生懸命やったのを覚えています。そうした経験があったので、こちらに赴任してからも引き続き「災害看護」について研究を深めていくことになりました。

災害看護に関する研究や取り組みについてもう少し詳しく教えていただけますか。

新美

災害看護に対してどういう研究を進めていこうかと考えていたときに、本学東海キャンパスのある東海市の保健師の方から相談を受けたことが大きな転機になりました。東海市では、近い将来、南海トラフ巨大地震とそれによる津波被害が想定されていて、万一の場合、現場救助とともに避難所や応急救護所の立ち上げなどを各地区で行わなくてはなりません。しかし、東海市は名古屋市に隣接していることから、診療所の先生方は自宅が名古屋にあり、診療のために通勤している方が多くいらしゃいます。ですから、夜間や休日に災害が起きた場合、臨時応急救護所などで活動できる医師が少なくなると想定されていました。また当時、東海市には出産できる病院が一つもなかったので、もし大規模災害のとき出産することになったらどうなるのかという問題もありました。そういった相談を受け、いろいろ検討するなかで、潜在看護職の力を活用して地域の共助機能を強化することを思いついたのです。

※災害拠点病院とは、災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関。 各都道府県の二次医療圏ごとに、原則1か所以上整備されています。

なぜ潜在看護職の力が必要か。

潜在看護職とは、具体的にどんな人々のことですか。

新美

簡単に言うと、地域の中で生活している看護職ですね。もう少し具体的に言うと、保健師、助産師、看護師、准看護師のいずれかの免許を持っていて、今は看護職として働いていない人。ただし、病院などでパートとして働いている人は含めて、潜在看護職と定義しています。そういう方々が、万一災害が起きたとき、まずは自分と家族の安全を確保することを優先し、それができた上で、避難所などで被災した人々を援助していただく、というイメージです。実際、看護職の免許を持ちながら、子育てや介護などの理由で仕事についていない方は大勢いらっしゃいます。その方たちの力を借りることで、地域の災害対策はもっと強化できると考えました。

どうして今は看護職として働いていない人に、とくに着目されたのですか。

新美

一つは、発災直後から住民の身近にいて支援できることがあります。病院などに勤めている看護職は、災害時には病院に参集する義務がありますが、潜在看護職であれば地域住民の一人として発災直後からの支援が可能です。これは、東日本大震災で救助に携わった方から聞いたお話ですが、地震の後、津波の被害を受けなかった基幹病院では、負傷した患者さんの受け入れ準備をして待っていたそうです。でも、しばらくしても誰も来ない。地震直後に津波に襲われ、みんな病院まで行けなかったのです。そこで病院で指揮をとっていた人は、院内の看護師たちに各地域の避難所の様子を見てきてほしい、と送り出したそうなんです。その話を聞いて、やはり大規模な災害時には、「公助」だけに頼るのではなく、まず各地域の避難所で支援を行うこと、すなわち、地域の人たちが協力して助け合う「共助」がとても重要だと思いました。そして、共助の中心になるのは、人々の健康を守る知識や技術をもち、なおかつ住民と共に行動できる潜在看護師ではないかと考えたのです。

自信があれば行動につながる。

潜在看護職の力を借りるために、具体的にどのような取り組みを進めましたか。

新美

潜在看護職の多くは臨床現場から長く離れているので、「私、何もできないから」っておっしゃるんですね。また、看護職を退職した方の場合、「若い人と同じように動くのは難しいから」と躊躇されます。でも、高齢の潜在看護職であっても、避難してきた人の中で気になる方を見てくださっていたり、本人とお話をしてくださることで健康状態を知ることができ、それを伝えてくださるだけでも大きな力になります。そこでまずは、医療現場を離れて自信をなくしている潜在看護職の方々を対象に研修プログラムを作成し、災害時の看護について勉強してもらうことにしました。この研修は現在も継続して行っているものです。たとえば、東日本大震災で支援した方々を招いて、避難所の衛生環境の整備などについて教えていただいたり、救命のスペシャリストから応急処置やトリアージの方法などについて教えていただいています。また、東海市では、助産師の方を講師に招いて、避難所で出産が始まったらどんなふうにサポートするか、ということも学んでもらいました。

地区ごとに災害時の課題を話し合い
研修の目的は、どんなところにありますか。

新美

先ほどお話ししたように、現場を離れていた方に自信をもってもらうことが第一だと思います。いろんな方からお話を聞いて、実際に技術を学ぶなかで、災害のことを理解し、避難所ではどういうことが必要で、自分は何ができるのかというということを知っていただきます。自分ができることがわかれば自信につながり、自信ができれば、行動につながります。また、この「行動につなげる」というところが、とても重要だと考え、研修では地区別のワークショップにも力を入れています。これは、避難所のエリアごとに受講者を集めて、災害時のシミュレーションなどをするものですが、このワークショップの狙いは受講者同士、顔見知りになっていただくところにあります。というのも、看護職の免許をもっていても一人ではなかなか動けないものですが、顔見知りの仲間が二人以上いれば、避難所で「よし、やろう」ということになります。潜在看護職のネットワークをつくることで、現場でリーダーシップを発揮していただけると考えています。

防災ゲームを通した災害対応

自治体と連携し、研修とネットワークづくりを継続していく。

東海市で始まった取り組みは現在、どのように広がっているのでしょうか。

新美

まず東海市で潜在看護職に呼びかけて実際に研修を始めて、それから知多市、知多郡美浜町へとエリアを拡大していきました。現在は知多半島から東三河地域、富山県の一部まで事業を拡大。さらに研修のオンデマンド化を進め、全国から受講していただけるシステムもつくっています。

ものすごい広がりですね。

新美

そうですね。災害時に協力してくださる潜在看護職の方がたくさんいらっしゃることを心強く感じています。また、知多半島では看護職だけでなく、歯科衛生士、管理栄養士、臨床心理士などの潜在者にも参加を呼びかけ、多職種へと広げています。自治体も賛同してくださって、東海市、知多市、半田市では、登録した潜在専門職者に市長から委嘱状を交付する体制を確立しています。こうした後押しがあることで、潜在専門職の方々には高いモチベーションをもって災害時の支援に取り組んでいただけるのではないかと思います。また、登録した潜在専門職者には、平時においても防災訓練などの参加していただき、自主防災組織の方とも顔見知りになっていただくようお願いしています。そのように地域の方々とつながっておけば、避難所運営組織が立ち上がったときもスムーズに組織に加わり、大きな力になってくださると期待しています。これからも、潜在専門職の研修とネットワークづくりを継続し、災害に強いまちづくりに貢献していきたいと思います。

段ボールやサランラップを用いた骨折の応急処置

知多市のチャレンジ

知多市健康推進課では、「知多市災害時健康活動サポーター」を組織。サポーターの研修を通して人と人のつながりを広げながら、万一の大災害に備える準備を進めています。

人と人のつながりを深め、
大規模災害に備える。

知多市健康推進課(保健センター内)

愛知県知多市新知字永井2番地の1

https://www.city.chita.lg.jp/docs/2020031100041/

日本福祉大学よりサポーターベストの寄贈を受けました。
避難所で暮らす人々の健康を守るために。

 もしも南海トラフ地震が起きた場合、地震や津波によって甚大な被害が予想される知多半島。その危機感を背景に始まったのが、「知多市災害時健康活動サポーター(以下、サポーターと記載)」の取り組みです。そもそものきっかけは2019年、日本福祉大学と共催で行われた「潜在看護職を活用した新たな地域包括ケアと災害にも強い地域ネットワークを築く調査・研究事業」でした。この事業の一環として「看護職のための災害対応研修会」が開かれ、知多市在住の受講者に災害時のボランティアへの参加を募ったところ、24名が賛同。ここから、サポーターの組織づくりが始まりました。サポーターは当初、潜在看護職(助産師、保健師、看護師、准看護師)が対象でしたが、現在は歯科衛生士、栄養士、介護職、保育士、臨床心理士も含め、総勢50名の組織に成長しています(2024年3月現在)。

サポーターの役割は、避難者の健康支援や環境衛生などのサポートをすること。例えば、看護職であれば、体調不良者の応急手当や感染症予防など、歯科衛生士では義歯管理方法や口腔衛生指導など、栄養士では食事の質の確保や栄養相談など、それぞれの専門性を活かしたボランティア活動が期待されています。

防災を通して、地域のつながりを深めていく。

 知多市では、登録したサポーターを対象に、年2回、防災に関する研修会を行っています。研修では市の防災危機管理課や避難所を担当する福祉課からの説明、日本福祉大学看護学部教授の新美綾子氏はじめ、保健所や病院などから専門家を招いての講演会、最近では、ボランティアセンターを担当する社会福祉協議会から市内ボランティアの動きなどを学んだり、様々な視点から学習を深めています。その他、新美綾子氏をファシリテーターとしたグループワークを開催し、地区ごとにグループをつくり、交流を深めています。こうした研修を通じて、地域のサポーター同士が顔見知りになり、いざというときの連携強化につなげています。また健康推進課では、研修の企画運営をひとつのきっかけとして庁内外の様々な関係課機関との連携も広がっています。

 その他、毎年各地区で行われる防災訓練にその地区のサポーターに参加を呼びかけ、地域活動の根幹である自治会の役員や防災担当者にサポーターを紹介し、避難所の運営時にスムーズに協力できる関係づくりを目指しています。近年は、地域の自治会や子ども会などの活動が低迷し、地域住民のつながりも薄れつつあります。しかし、防災を通して、人と人のつながりが深まれば、共助の力をより一層強めることができます。災害に強いまちづくりをめざして、知多市では今後も地域住民の連携強化に力を入れていく方針です。潜在看護職等の力を活用して地域の共助機能を強化する新美先生のアイデアは、市の防災、そして地域づくりの大切な活動へと成長しています。

  • 看護学部 看護学科
  • くらし・安全
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