#5 スマート農業
スマート技術の導入が
農業の未来に新しい道を拓く。
経済学部 経済学科
中野 諭 教授
中野 諭教授は、環境問題やエネルギーの問題を経済学の観点から捉えるところを出発点として、新しい技術が経済社会に与える影響について研究を進めてきました。その延長線上として、現在は、ICT(情報通信技術)などの技術の導入が農業をはじめ経済に与える影響の評価に取り組んでいます。中野先生に、スマート農業の可能性や課題について聞きました。
社会課題
日本の農業危機と、ICTの活用。
日本の農業は今、多くの課題を抱え、危機的な状況にあるといわれています。もっとも大きな問題は、農業従事者の高齢化と担い手不足です。高齢で農業をやめる人が増えているのに加え、農業で生計を立てることが難しいことから、子どもに継がせたくないと考える農家も多く、基幹的農業従事者(ふだん仕事として主に自営農業に従事している者)の数は、2015年の175.7万人から2022年の122.6万人へと、7年間で約53.1万人減少しています(※1)。国内の耕地面積も年々減少しており、2022年の耕地面積は432.5万haで、2018年の442.0万haから9.5万ha減少しました(※2)。さらに、2020年度の日本の食料自給率は37%で、先進国の中で最低水準となっています(※3)。
こうした問題を解決する手法として注目されているのが、ICTを活用したスマート技術です。2019年度より国のプロジェクトとして「スマート農業実証プロジェクト」が実施され、AI(人工知能)、ロボット、IoT(モノのインターネット)などの先端技術を活用したスマート農業を実証し、スマート農業の社会実装を加速させることを目的として、これまで全国217地区で実証が行われています(※4)。スマート技術の導入により、多くの人手を要していた農作業の省力化、自動化を推進し、データ活用を収益の向上に役立て、次世代型の農業を実現することが期待されています。
- 農林水産省 農業労働力に関する統計・基幹的農業従事者(個人経営体)
- 農林水産省 令和4年耕地面積(7月15日現在)
- 農林水産省 関東農政局 食料自給率
- 2019年度~2023年度の実績:農林水産技術会議ウェブページより
INTERVIEW
スマート社会とは。
そして、スマート農業とは。
まずは「スマート」という言葉の捉え方からお話しいただけますか。
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中野
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今、スマートシティをはじめ、スマートという言葉が一般的に使われるようになってきました。スマートというのは、ご存じのように、賢い、高性能といった意味ですが、それを発展させ、スマート社会とは、ICTを活用し、スマートなマネジメント(管理、運営)が活用されている社会だというふうに考えています。いろんな場面でICTを活用することで、マネジメントを徹底的に効率化していく、さらに、うまくマネジメントを回すことによって、さまざまな社会問題を解決したり、高い付加価値を生み出したりすることができるのではないかと考えています。
スマート農業の「スマート」も同じような概念と考えていいですか。
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中野
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そうですね。もう少し厳密にいうと、私たちの研究(※)では、農業に用いるスマート技術を「ICTを用いて、現場のマネジメントを徹底することによって、投入物の無駄を省き、従来よりも付加価値の高い生産物を生み出すための高度な管理技術」と定義し、スマート農業を「スマート技術を活用した農業」と定義しています。
※本インタビューは、早稲田大学社会科学総合学術院鷲津明由教授との共同研究の成果に基づく。
先生が、スマート農業に着目したのはどういうきっかけからですか。
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中野
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私たちの研究は、スマート社会が到来した場合、これまでの経済の構造はどのように変化するのかという関心から始まりました。社会のスマート化は、社会全体、組織全体から現場にいたるまでマネジメントのスマート化がカギであると考え、最初のケーススタディとして対象に選んだのが、飲食サービス業です。飲食サービス業のセントラルキッチンの先には農業がリンクしているわけですが、飲食サービス業の分析をしていたのとほぼ同じ時期に、ビニールハウスの中でセンサーを使って水や肥料の管理を行う水耕栽培を視察する機会を得ました。その経済評価を行うことになったのですが、水や肥料を管理することによって肥料やエネルギーの節約と収量の増加が実現すれば、スマート技術の活用によって生産性が向上したと評価できます。この経験が、スマート農業の研究に携わるきっかけでした。
日本の農業が抱えるさまざまな問題。
現在の研究内容について教えていただけますか。
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中野
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農業の現場ニーズにマッチしたスマート農業のあり方を考えるために、スマート技術の導入が農業に与える影響について定量的(ものごとを数値や数量に着目してとらえる)に評価しています。具体的には、スマート農業の実情調査を行い、分析をしています。この調査で、スマートトラクタや先進散布機器、生産管理システムなどのスマート技術を積極的に導入している農家さん(農業法人)に尋ねたことを基にして、どういう工夫をすれば、スマート技術を導入していない農家に応用できるのかを考えたり、農家さんが何か課題を持っていれば、その改善策を考えたりするような取り組みを進めています。また、それぞれの農家さんの経営課題を教えていただき、経営管理指標と農業のICT環境の関係性なども分析しています。
調査を進めるなかで、日本の農業の問題点について気づいたことはありますか。
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中野
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やはり農業の担い手不足と高齢化の問題が大きいと思います。自営農業を仕事にしている人の減少は止まらず、その平均年齢も上昇を続けています。この課題を解決するための一つの方法として、スマート技術の活用があるのだと思います。逆に、スマート技術で省力化を進めなければ、今後、労働力不足は補えないのではないでしょうか。その一方で、若い人はスマート技術に抵抗感がないので、「農業って、こんなICTを使ってやっているんだよ」ということを若い人に伝え、農業が身近で魅力的な仕事だと感じてもらうことも大切かなと思います。
データを活用している農家はまだ25%程度。
日本の農地にスマート技術を導入する上でどんな課題がありますか。
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中野
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どの農地にも、自動化された農業機械が向くかというと、そういうわけではありません。広く平坦な土地を持つ大規模な農業法人であれば、最新の自動化された農業機械を導入すればいいと思います。実際に、大規模農業の現場では、スマート技術を導入しているところが増えつつあります。ただ、ご存じのように、日本には狭く傾斜のある土地に農地があるケースが大半なので、そこに無理やりスマート技術のロジックを押し付けても、結局活かされないと思います。
狭小な農地では、どんなスマート化が可能でしょうか。
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中野
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農地の管理や農業経営を支援する情報を集めるために、センサーやカメラを設置するのも一つだと思います。管理に必要なデータを見える化するだけでも、より効率的な運営ができるようになります。農業機械などのハードの導入は最低限にして、まずは見える化のレベルを上げていくことが望ましいのではないでしょうか。最初はデータを集めるところからスタートし、データを集めて目視で確認する、さらにICT技術で分析するところまで、レベルアップできればいいですね。そういう実体験を積んでいただくことが大切だと思います。
現在、データの見える化に取り組んでいる農家はどのくらいありますか。
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中野
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農水省の調査によれば、2023年2月時点では、データを収集・活用している農業経営体は全体の25%程度に過ぎません(※)。まだまだですね。やはり農家さんにとって、いきなりICT技術と言われてもすぐに消化できないという問題があります。そういう新技術に強い人材の育成が必要ですし、小規模な農家さんですと「うちはそんな高いシステムを導入できない」という意見も聞かれます。そこで、スマート農業のハードルを下げるために、人材の育成や補助金の給付、投資減税などの政策が進められているところです。ただ、小規模な農家にスマート技術に関して高度な知識を持つ人材がはたして必要なのかという疑問もあります。
スマート農業普及のカギは
「技術の標準化とパッケージ化」。
小規模な農家も含めて、スマート農業を普及するにはどうすればいいでしょうか。
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中野
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これさえ導入すれば、作業の省力化が図れて、同時に必要な生産管理データも収集できる。そんなスマート技術がパッケージ化された製品を提供することができれば、農家さんのノウハウや情報リテラシー(情報を適切に判断して決定を下す能力)の不足に対応できるのではないかと考えています。そして、「このパッケージ製品を実際に導入すると、収入が上がりますよ」という実例を提供していけば、スマート技術の導入に前向きな農家さんを増やすことができるのではないでしょうか。
スマート技術のパッケージ化とは、具体的にどんなものですか。
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中野
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たとえば農業機械の事例でいいますと、高性能なスマートコンバインは、収穫と同時に、収量・食味・水分量などを測定し、ほ場ごとの収量・食味等のばらつきを把握できます。これを導入することで、翌年の施肥設計などに役立て、ほ場改善に活かすことができます。このようなスマート技術であれば、情報の収集や分析が収穫作業に一体化されているので、農家さんが意識してデータの収集や分析を行う必要がありません。こうした製品開発においては、どういったスマート技術が農業の現場に役立つのか、十分な検討が必要ですが、あまりにも個別にカスタマイズしていくのは導入コストや情報リテラシーの観点から難しいと思いますので、技術の標準化とパッケージ化の両方が必要になると考えています。
最後に、日本の農業の可能性について、ご意見をお聞かせください。
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中野
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人手不足の課題を解決し、農業を発展させるには、スマート技術は必要不可欠です。一方で、これからの農業で新たな付加価値を生み出すには、農業だけでは守備範囲が狭すぎるようにも思います。実際、スマート農業を導入している農業法人さんの中には、農業を一つのプラットフォームと考え、そこからいかに事業を広げていくかを模索しているところも多く、農業の6次産業化(※)をめざしていらっしゃるところもあります。そうした次世代型農業の可能性に注目しながら、まずはスマート農業の実例データの収集と分析に注力していきたいですね。そして、今ある農業を新しい時代の農業に転換していく上で、スマート技術ができることを見つけて、積極的に提言していきたいと考えています。
※農業の6次産業化とは、農林漁業者(1次産業)が食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組み、生産物の価値をさらに高め、それにより収入を向上させていく取り組みです。
ココトモファームのチャレンジ
愛知県犬山市で農福連携によるお米の生産・加工・販売を行っている、株式会社ココトモファーム。同社のスマート農業の取り組みを紹介します。
農業の6次産業化を進める「ココトモファーム」。
「ココトモファーム」は、「ココでトモだちになろう」をテーマに、障がいがある人もない人も一緒に働ける農商工福連携のプラットフォームです。ココトモファームの出発点は、障害のある人に農業という活躍場所を提供し、社会参画をサポートしていこうとする「農福連携」の取り組みでした。しかし、実際に農業を始めてみると、労力の割に収益性が低く、農業で働きたいというニーズも少ないことから、担い手の不足する農業と障害者雇用をつなげることができませんでした。
そこで、農業だけでなく、収穫した米を低温貯蔵により保存して自家製粉した「米粉のバウムクーヘン」生産をスタート。さらにお店を開設し、バウムクーヘンの販売も手がけることで、農業・工業・商業・福祉を連携させた6次産業の事業モデルを確立。農業から生産、販売まで働く場所を広げることにより、多様性のある雇用の創出と地域の活性化に貢献しています。
なお、ココトモファームは2022年、農山漁村活性化の優良事例である「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」第9回(※)にも選定されています。
※農林水産省主催の「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」は、農山漁村の有するポテンシャルを引き出すことにより地域の活性化や所得向上に取り組んでいる優良事例を選定し、全国へ発信する活動です。
スマート農業による米づくり。
ココトモファームの農業部門では、農地中間管理事業を活用して引き受けた農地6haと、遊休農地を復元した0.4haを含む8.3haで水稲を栽培 しています(2021年度・約30tを生産)。ここではスマート技術を積極的に導入し、ドローンによる農薬散布や田植え作業の効率化を推進。田植えでは、あらかじめ決めたルートに従い、GPS(衛星利用測位システム)搭載の田植え機を動かすことにより、大幅な省力化と植え付けの高精度化を実現しています。また、収穫した米の食味データ、収穫後の乾燥機のデータ管理などにも力を注ぎ、今まで職人に頼っていた経験をICTによって標準化し、お米の品質向上に役立てています。
こうしたスマート農業の推進は、障害のある人の多様な働き方にもつながっています。たとえば、体力のいる作業を苦手とする身体障害者が、ドローンの操作など作業管理分野で活躍したり、発達障害のある人がこだわりを活かしたデータ分析を担当するなど、個々の得意分野を生かした働き方を実現。ココトモファームがめざす「誰ひとり取り残さない居場所を創る」未来を、スマート農業が後押ししています。
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