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#19 生活保護バッシング

間違った情報やイメージが
生活保護バッシングを助長している。

社会福祉学部 社会福祉学科

山田壮志郎 教授

山田 壮志郎教授は日本福祉大学の出身。大学院生の頃からホームレス問題に興味を持ち、NPO法人ささしまサポートセンターの支援活動に携わってきました。その経験を踏まえ、貧困や生活保護、ホームレスなどに焦点をあてて、研究活動を続けています。山田先生に、生活保護バッシングの問題と解決法について話を聞きました。

社会課題

注目される「いのちのとりで裁判」の行方。

 2023年9月の生活保護の申請件数が2023年12月6日に公表されました。それによると、全国で生活保護の申請件数2万1000件余りで、2022年9月と比べて1.3%増えており、増加傾向にあります。その一方で、生活保護の支給額に関しては、国は2013年4月から3年間かけて、当時の物価の下落などを反映する形で最大10%引き下げました。
 この生活保護費の大幅な引き下げは、憲法25条が定める生存権の保障に違反しているのではないかと、全国29都道府県、1,000名を超える受給者たちが違憲訴訟を提起し、国・自治体を相手に裁判で闘っています。これらの裁判は「いのちのとりで裁判」とも呼ばれており、これまでの判決では、1審の地方裁判所の一部で支給額の引き下げが取り消されています。また、名古屋地裁は2020年、「国の判断が違法だったとは言えない」として訴えを退けていましたが、2023年11月、名古屋高裁は支給額の引き下げを取り消すとともに、国に賠償を命じる判決を下しました。これは一連の裁判で初めて国家賠償を認める画期的な判決でした。なお、この判決を不服として、国と自治体は12月13日、最高裁判所に上告しています。生活保護費の引き下げは、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」の保障に違反していないかどうか、これからも裁判の行方を注視していく必要があります。

INTERVIEW

「生活保護を受けるのは恥ずかしい」という意識。

最初に、先生が生活保護バッシングに興味を持たれた経緯や研究内容について教えていただけますか。

山田

興味を持ったのは大学院生の頃にさかのぼります。当時私は、NPO法人ささしまサポートセンターの支援活動に携わり、ホームレスの人がアパートに移れるような支援を行っていました。そうした方々は生活保護を受けてアパートで生活していくのですが、多くの人が生活保護の受給に肩身の狭い思いをしているように感じました。背景には社会全体の生活保護に対するネガティブな見方があり、それを変えるにはどうすればいいんだろう、という問題意識から生活保護バッシングに興味をもち、現在は生活保護に対して人々がどんな意識や考え方を持っているのか、インターネット調査などで調べて分析しています。

生活保護を受けている人は増加傾向にありますか。

山田

生活保護を受給している人は90年代後半から増え始め、2008年のリーマンショックの後、ぐんと増えていきました。それからは少し減り、ここ1、2年はまた増えています。ただ、コロナ禍で生活に困窮する人がすごく増えましたから、生活保護の申請件数も増えるだろうと思われましたが、実際はあまり増えなかったんですね。そういう人々は生活保護以外の制度を利用され、生活保護はあまり利用されませんでした。その背景には、最初に申し上げたように「生活保護を受けると肩身が狭い」「生活保護を受けるのは恥ずかしい、みっともない」「生活保護だけは受けたくない」というネガティブなイメージが国民の感情としてあるからだと考えています。

一部の報道が、生活保護への偏見を広げている。

生活保護に対するネガティブなイメージはどこから生まれるのでしょう。

山田

さまざまな要因があると思いますが、一部のマスコミ報道がネガティブなイメージを助長しているところもあると思います。たとえば、2012年、ある芸人さんのお母さんが生活保護を受けていることがセンセーショナルに報道され、生活保護に対する非難が一気に広がったことがありました。このケースは法律的・制度的には不正受給ではなかったんです。でも道義的な責任を感じて、芸人さんは自分の収入が増え始めたときからの受給分を返還することになりました。メディアでは比較的誇張された情報が喜ばれますから、このとき、生活保護に関して不正確な情報や法律に基づかない批判なども繰り返し報道され、生活保護たたきが広く行われました。

生活保護バッシングが多くの人々に受け入れられた、ということですね。

山田

そうですね。研究を始めた頃は、こうした報道に共感するのは生活に苦しんでいる人たちで、そういう人がさらに下の人をバッシングするのではないかと仮説を立てていました。でも実際に意識調査をしてみると、そうではありませんでした。生活保護に否定的な見解を持っているのは高所得者層に多く、驚かされました。

なぜ高所得者は生活保護に否定的なのでしょうか。

山田

おそらく所得の高い人は「自分たちは頑張って働いて今の地位を築いた」という自負心を持っている。そういう人からすると生活保護を受けている人は「自己責任で貧困に陥っている」ように見えてしまうんですね。それは、貧困に対する自己責任論でもあり、「怠けている人は放っておいていい」という考え方につながっています。ですから、所得の高い人は、富の再分配政策(国民の暮らしを守るために、税や社会保険などで所得を再分配する仕組み)にも不満を持っているのかなと感じています。税金を投入してまで保護する必要があるのかどうかと。そこで、生活保護をめぐってよく出てくるのが「税金を払っていないのに、税金で食べている」みたいな言い方です。生活保護を受けている人も消費税などは払っているわけですが、そこはさておき自分たちが納めた税金が使われているところに不満が生まれるようです。

生活保護の原点は、憲法の生存権。

そもそも生活保護は、どんな法律から生まれた制度なのでしょうか。

山田

日本では、憲法第二十五条で国民の生存権があり、国家には生活保障の義務があると規定されています。具体的には、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」 と明記されています。それを具体化するために、最低限度の生活費を下回る収入しかない人にお金を給付して、最低生活を保障するのが生活保護になります。

最低限度の生活水準とは、どんなレベルだと考えればいいですか。

山田

最低限度というと、生きていくためのギリギリの生活費と捉えられがちですが、憲法が保障しているのは、健康で文化的な最低限度の生活であり、尊厳を持って暮らせるような生活水準でなくてはならないと思います。そのことは、社会課題のコラムで取り上げたように、裁判でも争われています。また、そのほか、在日外国人の生活保護受給が叩かれることもありますが、健康で文化的な最低限度の生活はどんな人にも保障されなければならないと考えています。

生活保護はすべての人に門戸が開かれた支援策であると。

山田

ええ。そう思います。少し話は変わりますが、テレビで障害を持ちながら頑張っている人がニュースになることがよくありますよね。それを見た障害者はどんなふうに感じるでしょうか。自分もそこまで頑張らなきゃだめなのかなって思うんじゃないかと、複雑な思いで報道を観ています。頑張ることはもちろん素晴らしいし、立派なことです。でも、そこまで頑張らないといけない社会はどうかなと思います。障害者の人も貧困の人も、そこまで頑張らなくても最低限の生活が保障される。そこは無条件で認められていいのではないでしょうか。そういった社会の寛容さも大切だと思います。

身近に知り合えば、バッシングは減っていくはず。

生活保護バッシングを解消するにはどうすればいいとお考えですか。

山田

前提として、生活保護に否定的な人も、別に悪意を持っているわけではないと思います。ただ、生活保護を受けている人と接点がなく、想像力が働かない。というのも、生活保護を受けている人はそうは言っても少数です。身近に年金を受け取っている高齢の人はいますが、生活保護を受けている人はあまりいません。そこで、教育の場できちんと貧困や生活保護の問題を教えていくことも一つの方法です。なかなか学校現場でそこまで踏み込むのはむずかしいかもしれませんが、やはりきちんと貧困の問題を理解できる教育プログラムがあるといいですね。

教育のほかに、意識を変えていく方法はあるでしょうか。

山田

実際に、生活保護を受けている人の話を聞いたり、つながったりする場があればいいと思います。テレビの中に出てくる生活保護受給者って、顔にモザイクがかかっていたり、声も変えてあったりして、なんだかイメージが悪いんですよね。でも、実際に生活保護を受けている人と話すと、みんな普通の人です。私が関わっている「ささしまサポートセンター」では、ホームレスを抜け出した人と交流会や地域イベントを行っていて、生活保護を受けている人と地域の人が普通に触れ合っています。そういう交流を通じて、生活保護への理解を深めていくことも大切ではないでしょうか。

NPO法人POSSEのチャレンジ

POSSE(ポッセ)は、2006年設立。若者の労働や貧困問題を中心に活動を始め、現在は東京都と宮城県仙台市に拠点を置いて、幅広い年代の労働や貧困問題に対応。全国から寄せられる多様な相談に応え、支援を行っています。

労働や生活問題を社会に発信し、
誰もが安心して生きられる社会をめざす。

NPO法人POSSE

東京都世田谷区北沢4丁目17−15 ローゼンハイム下北沢201号室

https://www.npoposse.jp/

個々の問題解決から、再発防止策まで。

POSSEが対応している相談は、労働相談から生活相談まで多岐にわたります。労働問題では、賃金未払いや長時間労働、上司からのパワハラ、有給休暇が取得できない、など…。生活問題では、生活保護の申請や受給に関わる困りごとが多く、電話やメール、LINEによる相談が日々、寄せられています。こうした問題については、相談者が遠方に住んでいるのであれば適切な支援団体を紹介し、事務所のある東京や仙台周辺であればPOSSEのスタッフが直接、解決支援に向けて支援しています。

たとえば、「生活保護を申請できないと行政から言われた」「体調が悪いのに働くことを要求された」「ケースワーカーからひどい扱いを受けた」など…。生活保護に関する相談の場合、当事者の希望をしっかり確認した上で、スタッフが福祉事務所に同行。一人ではなかなか行政に対峙するのは難しくても、支援者が当事者と一緒に交渉することで解決策が見つかることもよくあります。さらにPOSSEでは、個々の問題解決にとどまらず、再発防止にも力を注いでいます。たとえば、妊娠中の女性が生活保護を申請しようとしたところ、窓口で子どもを堕ろすように言われたケースがありました。このときは証拠を集めて記者会見を開き、是正を要求。広く社会に向けて問題提議することにより、行政から謝罪と再発防止策の提示を受けることができました。

社会に発信し、根本的な問題解決をめざす。

POSSEでは、問題の再発防止に取り組むと同時に、個々の問題が起きている背景にまで切り込むことこそ重要だと考えています。そのため、労働問題や貧困問題について状況調査を行い、その結果を学会発表や論文の寄稿、雑誌『POSSE』や一般の書籍などを通じて積極的に発信。労働問題については、相談の現場から見えてきた問題を協議するためのセミナーやシンポジウムの開催、労働法の実践的な知識を広める教育活動にも力を注いでいます。このように、相談から教育(啓発)、調査、政策提言までの一連の活動が、POSEEの根幹となっています。

雇用問題総合誌『POSSE』

現在、POSSE仙台支部ではNPO法人フードバンク仙台と連携し、貧困の是正や食品ロスの削減、農作物の地産地消などを目標に、農地の運営など新しい取り組みに力を注いでいます。そして、企業に対して労働条件・労働環境の改善と、国に対して生存権の保障を求めるとともに、ゆくゆくは国家や企業にすべてを頼ることなく生活できる自立的な生活圏を広げていくことも構想しています。これからもPOSSEでは、多方面にわたる活動を積極的に進め、誰もが安心して生活できて、働ける社会の創造をめざしていく方針です。

学生を主な対象とした労働法教育
  • 社会福祉学部 社会福祉学科
  • くらし・安全
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