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#18 回想法による認知症リハ・ケア・予防

認知症高齢者に、
回想法を活かした生活を。

健康科学部 リハビリテーション学科

来島 修志 助教

リハビリテーションにおける作業療法学を専門とする、来島修志助教。回想法に関する講演や研修を精力的に行っているほか、NPO法人シルバー総合研究所副理事長として、地域の認知症予防の普及推進やまちづくり支援に取り組んでいます。来島先生に、認知症ケアにおける回想法の効果や意義について話を聞きました。

社会課題

増え続ける、認知症高齢者。

 認知症は、脳の病気などさまざまな原因によって認知機能が低下する症候群です。記憶力や理解力、判断力が低下すると、日常生活にも支障が出てきます。超高齢社会の進展にともない、認知症患者数は増加しています。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計では、65歳以上の認知症患者数は2025年には約675万人と5.4人に1人程度が認知症になると予測されています。
 厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年)によれば、要介護者のなかで介護が必要となった主な原因は「認知症」が 23.6%で、もっとも多くなっています。このまま認知症高齢者が増えれば、社会的な負担も増加します。認知症が疑われたら早期に発見して治療するとともに、たとえ認知症になったとしても、住み慣れた地域で生活を続けていけるようにサポートしていくことが必要で、そのための体制づくりが急務の課題となっています。

INTERVIEW

認知症患者に対する作業療法とは。

はじめに、認知症という病気の特徴について簡単に教えていただけますか。

来島

認知症は、認知機能の低下によってさまざまな症状があらわれる症候群で、いろんな病気が原因になっています。代表的なのはアルツハイマー病で、半分以上を占めます。そのほか、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症があります。とくにアルツハイマー病は、発見が遅れやすく、進行が早いのが特徴です。また、認知症の治療については、軽度の認知機能障害を改善し、進行を遅らせるための薬物療法はありますが、根本的な治療法は開発途上です。

認知症にはどんな症状があるのでしょう。

来島

大きくわけると2つの症状があります。一つは、脳の神経細胞がこわれることで起こる「中核症状」です。たとえば、もの忘れ、言葉が出てこない、友人や家族がわからないといった症状です。二つ目は、中核症状によって二次的に引き起こされる「行動・心理症状(BPSD)」です。たとえば、気分の落ち込みや意欲低下から、幻覚、妄想、焦燥感、暴言・暴力、昼夜逆転、危険行為、徘徊まで、さまざまな精神症状や困った行動が生じます。認知症は根本的な治療が困難な病気なので、治療薬で進行を緩やかに遅らせながら、BPSDを改善・予防し、生活を支えていくことが必要となります。

認知症のケアにおける作業療法士の役割について教えてください。

来島

作業療法の「作業」はもともと、何らかの活動を患者さんに提供することによって、障害を改善したり、精神的な機能を向上・維持したり、生きがいをもって暮らせるように支援するところに大きな意味があります。認知症の患者さんに対しても、「これならわかる、自分にもできる、安心してできる!」と思えるような作業を提案することが作業療法士の役割だと思います。

認知症の患者さんに受け入れられるのは、どんな作業でしょう。

来島

認知症の患者さんは、状況がわからず不安でいっぱいいっぱいの状態です。自分の知らないところへ連れてこられて、知らない集団に押し込まれる感覚をもちます。また病識がない(自分が病気になっていることがわからない)ため、知らない人たちが寄ってたかって行動を束縛したり、不要なお節介をしたりすると感じて、時には被害妄想に陥ることもあります。そういう患者さんが安心して過ごせるように、本人の意志で主体的に取り組める作業が必要です。たとえば、昔なじみの手仕事や人が喜ぶような作品づくりなど、その人にとって意味のある作業や社会に役立つ作業を見つけて提供し、病院や施設の中でもオアシスのように感じられる作業環境をつくることが、作業療法士の大きな役割だと考えています。

思い出を語り合う「回想法」。

先生の専門分野である「回想法」について教えてください。

来島

回想法は一般的に、人生の経験やできごとに関する思い出を聴くことを通して行われる心理社会的アプローチ、と捉えられています。1960年代初めから、欧米を中心に実践や研究が展開されてきました。日本では1990年代から医療機関や高齢者施設等で行われるようになり、現在ではリハビリテーションやケアの現場で、また地域の認知症予防教室や博物館などにおいて、多くの職種によって実践されています。この回想法について、私自身はもう少し平易に解釈し、「思い出を語り合い聴き合うことを通じて今に活かすお手伝い」と言うようにしています。

回想法の具体的な方法を何か一つ、教えていただけますか。

来島

たとえば、「秋の味覚」の写真を見ていただいて、「ご存じですか」と問いかけます。そうすると、「これはアケビだ、栗だ、知ってる知ってる」「子どもの頃はおやつだったねえ」「あの頃はひもじい時代だった」と、次から次へと回想が広がっていったり、その当時の家族の思い出が語られたりして、回想が深まっていきます。広がる部分と深まる部分が両方あって、その人の人生を頭の中で再構築していくことができます。また、五感も豊かに刺激されます。たとえば、運動会の写真から、家族で食べたお弁当のたまご焼きの味や、校庭に咲いていたキンモクセイの香り、虫の声など、視覚のみならず味覚、嗅覚、聴覚でも感じ取ることができます。

回想法によって、自己肯定感が高まっていく。

回想法はどうして、認知症高齢者に効果的にはたらくのでしょうか。

来島

認知症の人は、最近のことは覚えられませんが、もっと昔の、特に子どもの頃の記憶は残っています。また、「手続き記憶」といわれる、体で覚えた動作や技能の記憶も残っています。回想法で、それらの記憶を呼び覚ますことによって、その人にとって「なじみのある作業」を行ってもらうことができます。先ほどお話ししたように、その人が主体的に取り組める作業を見つけられるわけですね。たとえば、料理を経験してきた人に「芋の皮をむく」「芋をつぶす」「ゴマをする」「銀杏の皮をむく」といった昔ながらの調理作業をお願いすると、「任せなさい!」と張り切って作業に取り組んでいただけます。

回想法は、見失っていた自分を取り戻すきっかけにもなりますか。

来島

認知症になると、見当識障害といって、現在の日時や、場所などの見当がつかなくなり、自分が今どこにいるのか、何をしているのかわからなくなることがあります。でも、子どもの頃の記憶を辿り自分の存在を確認することによって、本来の自分を取り戻すことができると思います。聴き手が、断片的な回想をじっくり聴き受け取ることによって、その人自身が人生を振り返り、これまで歩んできた人生の意味や価値を感じ取ることができるからです。また、聴き手が「そうなんですか!」と驚いたり、「教えてくださり、ありがとうございます」と感謝を伝えることによって、自己肯定感が高まっていきます。おそらくこのようなことが、大きな効果を生むのではないかと考えています。

認知症になっても朗らかに暮らしていくために。

回想法を行うと、認知症の人の生活はどのように変わっていきますか。

来島

人の暮らしは、自分がどう感じるかによって違ってきますよね。回想法によって自分を取り戻し、何か自分でできる作業を見つけたり、若い人に昔のことを聞かれて教えたりできれば、楽しく朗らかに暮らしていけるのではないかと思います。それは、「回想法を取り入れた新しい生活スタイル」と言ってもいいかもしれません。というか以前は囲炉裏端で、おじいちゃんやおばあちゃんが昔の話をして、子どもたちが楽しみに聞くという暮らしがありました。そのような環境をコミュニティの中で、うまく復活させていけば、回想法が治療法ではなく習慣として日常生活の中に溶け込んでいき、認知症になっても朗らかに暮らし続けられるのではないかと思っています。

回想法を普及させるには、どんな課題があるとお考えですか。

来島

やはり人材の育成が大切だと思います。私はもう20年近く回想法を取り入れた講義や演習、人材育成のための研修に携わってきました。回想法を学んだ人たちが、それぞれの病院や介護施設で回想法を継続して実践し広めていってくだされば、こんなにうれしいことはないですね。また、より多くの人に回想法の良さを理解していただくためには、地域での取り組みも必要だと考えています。

地域での取り組みとは、具体的にどのようなことでしょうか。

来島

回想法は認知症の人の心理社会的援助になるだけでなく、認知症予防や介護予防の手段として、健康な高齢者の方々にも役立てることができます。そこで、認知症の人への回想法と区別して「地域回想法」と名づけて、地域で暮らす一般の高齢者に、グループで回想法を楽しみながら、郷土や自分の人生を振り返っていただく活動を支援しています。具体的には、これまで愛知県北名古屋市、高浜市、名古屋市、岐阜県恵那市、青森県八戸市、兵庫県加東市、静岡県湖西市、鹿児島県南さつま市、京都府精華町などで、地域回想法を活用したまちづくりに取り組んできました。こうした活動を通じて回想法が定着し、地域ぐるみの世代間交流が広まっていくように、と願っています。

NPO法人シルバー総合研究所のチャレンジ

NPO法人シルバー総合研究所は、高齢者がいつまでも健康で長生きできる社会を支援するために、2004年に設立。「地域回想法」の普及・啓発事業をはじめ、認知症ケアや高齢者に関わるさまざまな課題に取り組んでいます。

年齢を重ねても認知症になっても
健やかに生きていける社会をめざして。

NPO法人シルバー総合研究所

埼玉県さいたま市桜区神田313-1 B105

https://silver-soken.com

認知症をもつ人を尊重し、支援する活動を推進。

シルバー総合研究所では、地域福祉の増進を図ることを目的に高齢者ケアに関する調査研究や人材研修を行うとともに、福祉のまちづくり、高齢者の人権擁護およびイベントの開催などに積極的に取り組んでいます。

現在取り組んでいる主なテーマは三つあります。一つは、「パーソン・センタード・ケアと認知症ケアマッピング(DCM)の普及・啓発」です。認知症をもつ人を尊重し、その人を中心に考える認知症ケアの理念であるパーソン・センタード・ケアと、認知症をもつ人をじっくり観察する評価方法である認知症ケアマッピングを、高齢者介護・医療現場に広めるための活動に力を注いでいます。二つ目は、「身体拘束廃止、高齢者虐待防止の普及・啓発」です。医療や介護の現場で、強制的に体の自由を奪ったり、嫌がらせをしたり、介護を放棄することは、人間としての尊厳を傷つける行為です。高齢者の体を縛ったり、言葉で行動を抑制したりする身体拘束の廃止をめざすと同時に、高齢者への虐待を防ぐための活動を行っています。

地域回想法を認知症予防・介護予防に役立てるために。

三つ目の活動テーマは、同法人の理事を務める来島修志助教(日本福祉大学)が長年にわたって関わってきた「地域回想法の普及・啓発」です。地域回想法とは、思い出話をすることで人生を振り返り、今を豊かにする回想法の手法を、高齢者の認知症予防や介護予防に役立てる活動です。具体的には、恵那市明智回想法センターの運営や北名古屋市回想法センターの運営協力、地域ボランティアの育成、回想法研修会の開催、自治体などへの講師派遣などを行っています。最近では、オンラインによる「回想ラヂオ」を通して、全国いくつかのデイサービスなどに毎月楽しい回想法を届けたり、「思い出歳時記回想法センター」というホームページを開設し、思い出すきっかけとなるような語りや回想法の体験談を持ち寄り、ともに回想し、語り合える場を提供したりしています。

NPOの活動以外にも、回想法を広く知ってもらい楽しんでもらうため、シルバーチャンネルのDVD「テレビ回想法〜懐かしい話」の制作協力、NHKアーカイブス回想法ライブラリーの監修、NHK Eテレ「あしたも晴れ!人生レシピ」への出演など、メディア露出の機会を増やし、精力的に活動を続けています。

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